第8話 とある理科部員の恋文【問題編】②
自分を取り戻すのに忙しいヒサヨシと膨れたままの先輩を放置して、俺は受け取った紙をゆっくり観察する。
大きさは葉書くらい。それがパウチ加工されている。病院の診察券とかでよくある、紙を薄いプラスチックで挟んだアレだ。手紙にしては妙だし、何よりおかしいのが。
「白紙のラブレターとは興味深いね。裏も白紙かい?」
やっと落ち着きを取り戻した先輩が俺の手元をのぞき込んでくる。その言葉に裏返してみるが同じく白紙だ。
「表も裏も、何も書いてないじゃん」
「そうなんだよ」
どうやらヒサヨシも落ち着きを取り戻したらしい。俺の言葉にうなずく。
「どういうこと?」
「だから、それを聞きたくて来たの」
「なるほど」
どちらの面も何度見ようと白紙には変わりない。何の変哲もない白い紙。透かしでも入っていないかと蛍光灯にかざしてみるけど、何もない。
「う〜ん。白紙のラブレター。暗号とか?」
首をひねったものの手元の紙から手に入る情報は少ない。
「いや、ラブレターから離れようよ。それ、そのまま渡されたんだよ。そんなオープンなラブレターある?」
「えっ? このまま? 封筒に入っていたんじゃないの?」
驚く俺にヒサヨシがうなずく。
う~ん、これはラブレターの線はないかも。と、隣から盛大なため息が聞こえてきた。
「モナミ、気にするべきはそこではないよ。まぁ、封筒がなかったというのも情報の一つではあるがね」
「どういうことです?」
俺の言葉に先輩はマグカップのココアを一口。そして。
「はい! 俺の灰色の脳細胞の心配はいいですから、教えてください」
ふふふっ、遮ってやったぜ。って、えっ、うわっ、しまった。
先回りして先輩の決めゼリフを封じることには成功したものの、そこには物凄い顔の先輩がいた。苦虫を噛み潰したような顔って多分これのことだ。って、今はそんなことどうでもいい。
「すみませんでした!」
膝に頭がつく勢いで先輩に頭を下げる。こういうのはさっさと謝るに限るからね。
そんな俺の頭に一際大きなため息が降ってくる。
「モナミ、顔をあげたまえ。紫村君が驚いているよ」
「えっ?」
慌てて体を起こすと困惑したヒサヨシとばっちり目が合う。
「あっ、えっと、これは」
「モナミ、言い訳は後だ。聞くべきは、この紙を誰にもらったか、だ」
「えっ? 下駄箱にあったんじゃないんですか?」
てっきり下駄箱に入っていたものと思い込んでいた俺は、先輩の言葉に声をあげた。だって、ラブレターだよ。下駄箱でしょ。
その言葉に先輩より先にヒサヨシが答えた。
「えぇっと、近藤、ツッコミどころ満載だけど、とりあえず下駄箱ではないよ」
「えっ? じゃあ、どこ? 机の中とか?」
他にラブレターを置きそうな場所ってどこだろ? と考える俺に隣と前の二方向からため息が襲いかかってきた。
「モナミ、依頼人の話は聞きたまえ」
「俺の話、聞いてた? 渡されたの。直接」
なるほど、直接ね。手渡しってことか……って、えっ?
「手渡し? じゃあ、差出人はわかってるってこと?」
「差出人と渡した人間が同じかはわからないけどね。渡してきたのは同じ理科部の灰島ちゃんだよ」
「はっ? 灰島さん? あの? ヒサヨシ、お前やっぱり!」
灰島さんといえば学園の有名人だ。地元の名士の一人娘で、顎下でパツンと切り揃えられた黒髪と涼やかな切れ長の目。日本人形のような和風美人にして、成績もつねにトップ。
同じ二年生とは思えない落ち着きと溢れ出る気品。そのクールビューティーさから、ついた呼び名は氷姫。まさに雲の上の存在だ。
謎の紙とはいえ、まさかその灰島さんから一般人のヒサヨシが何かもらうなんて。
「一般人とは失礼だな。紫村君も十分に学園の有名人だろうに。紫村君、確認だがこれを直に渡されたんだね?」
「嘘だろ。本当に氷姫から渡されたの? この紙だけを?」
氷姫からの手紙にしてはずいぶんとシンプルだ。いや、手紙なんてもらったことないけどさ。でも彼女なら、もっと豪華な紙とか。少なくとも封筒くらいは入れて渡してきそうな気がする。
「そうなんだよ。渡されたのはこれだけ。お嬢様の氷姫にしては妙だよな」
「なるほど」
ヒサヨシの言葉に先輩が俺の手元にある紙をしげしげと眺める。
「それに渡されたときに変なことを言われたんだよ」
「変なこと?」
「私の名前知ってる? 理科部ならわかるでしょ? だってさ」
「理科部じゃなくても灰島さんの名前なら誰だって知ってる……って、あっ! わかった!」
「えっ、近藤、何かわかったの?」
「おや、今日は私の灰色の脳細胞の出番はないかな」
ヒサヨシと先輩の驚いた目が俺に注がれる。その目に俺は自信満々でうなずく。
ふっふっふっ、俺だってやるときはやるのさ!
「灰島さんの名前に理科部。この二つが示すことはただ一つ! あぶり出しだ!」
ドヤ顔で答える俺を見るヒサヨシと先輩の目がなぜか急に残念そうなものに変わる。
「えっ、ほら、灰島さんの灰で火、理科部で化学反応だから」
「え~、今回って昭和しばりなの?」
「おい! 今回とか言うな! 物語に現実を持ち込むんじゃない!」
「自分だってさっき他の回の宣伝してたくせに」
「うるさい! それにあぶり出しは昭和じゃない!」
「いや、昭和でしょ!」
あぶり出しが昭和かどうかをヒサヨシと言い合う俺に先輩が呆れた顔でツッコミをいれてくる。
「モナミ、あぶり出しが昭和かどうかは、今必要かね? それより君の灰色の脳細胞はどうしたんだい。さっき君が言ったんだよ。このカードには何が施されているかな?」
そう言ってローテーブルに置かれた紙を指し示す。プラスチックの表面に蛍光灯の明かりが反射している。
「えっ? だからパウチ加工……あっ」
何を今更、と答えかけて先輩の言いたかったことに気がつく。あぶり出しが答えなわけない。だって。
「ねぇ、これって炙ったら文字が出る前に燃えるんじゃない?」
俺より先に口を開いたヒサヨシの言葉に渋々うなずく。実際に燃えるかどうかは別にしても、焦げるくらいはするだろう。あぶり出しが答えならパウチ加工は余計でしかない。
俯く俺の肩をヒサヨシがポンポンと慰めるように叩く。そんな俺たちを眺めながら、先輩はココアを一口飲むと徐ろに口を開いた。
「紫村君、その紙を一晩冷凍庫に入れておいてご覧」
「冷凍庫?」
「えっ? 冷凍庫?」
ぽかんとした顔で聞き返す俺とヒサヨシを見て、先輩が満足そうに笑う。けど、それ以上の説明をしてくれる気はないらしい。
「この紙をそのまま冷凍庫に一晩いれる……んですか?」
確認するように言ってみたものの、先輩は素知らぬ顔でココアを飲んでいる。
「何それ? それで何かわかるの?」
「さぁ?」
「さぁって、おい」
ヒサヨシが、大丈夫かよ、と言いたげな顔をする。でも先輩が説明してくれない以上、俺も答えようがない。
困った顔で隣の先輩を見るけど、もちろん何も言ってはくれない。
「まぁ、それがアガサ先輩のお告げってことね」
先輩から理由を聞き出すのを諦めたらしいヒサヨシが、そう言ってローテーブルの紙を取り上げる。
お告げとはよく言ったものだ。確かにこれじゃある意味お告げだ。
「ごめん。ちゃんと説明できなくて」
「いいや。俺じゃお手上げだったわけだし、とりあえずやってみるよ。ありがと」
きちんとした説明ができないことを詫びる俺に、ひらひらと手を振るとヒサヨシはそのまま家庭科準備室を出て行った。
「先輩、もうちょっと説明を」
「さて、そろそろ下校時間だ。私もそろそろ失礼するよ」
俺の抗議を遮って、先輩もさっさと家庭科準備室を出て行ってしまう。
時計を見れば確かに下校時間が迫っている。先輩への文句は明日にして、俺は急いで片付けをするべくローテーブルのマグカップに手を伸ばした。
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