第7話 とある理科部員の恋文【問題編】①

とある理科部員の恋文【問題編】①

 とある地方都市にある中高一貫銀杏いちょう学園。

 歴史があるといえば聞こえはいいが、ようはボロい旧校舎の二階の隅。家庭科準備室で俺と先輩は今日も読書に勤しんでいた。


 ――なぜ家庭科準備室で読書?

 えっ? いきなりどうしたの? ってか知ってるでしょ。


 ――この話から読む人もいるかもしれないでしょ。読者に優しくは基本だよ。

 ちょっと! いきなり現実の世界の話を持ち込まないで!

 はいはい、わかりましたよ。読書の理由は、俺らがミステリ研究会の会員だからです。場所が家庭科準備室なのは会員が少なくて普通の教室をもらえないから。それに顧問が家庭科の先生だからです。


 ――少ないって言うか二人だけね。人気ひとけのない旧校舎の家庭科準備室で可愛い女の子と二人きり。何かいかがわしいことでもしてるんじゃ。

 できるかっ! 旧校舎といっても他の文化部の部室もあるの! 結構人もいるんだよ!

 何より、先輩が許すわけないでしょ!


人気ひとけがなくて、私が許したらするのかい? 恐ろしいなぁ」

「だから、しませんってば! って、えっ? 俺、口に出してました?」

「まぁ、時には勇気も必要だけれどね」

「えっ? 先輩、それは」

「さぁ、モナミ、お茶の用意だ。お客様がいらしたようだよ」


 ガラガラ。

 先輩の言葉を待っていたかのように家庭科準備室のドアが開く。そのタイミングの良さにびっくりしながら入口を見ると見慣れた顔が立っていた。


「近藤いる?」

「あれ? ヒサヨシじゃん。どうしたの? 砂糖か重曹でも切らした?」

 

 やってきたのは理科部の紫村しむらヒサヨシ。最近、理科部では新規の部員獲得のためにカルメ焼きとかべっこう飴とかお菓子系の実験を良くやっているらしく、ちょこちょこ調味料を借りにくるのだ。


「ううん。今日は別件」

「別件?」

「うん。ジュンジから水崎ちゃんの話を聞いてさ」


 その言葉に俺はヒサヨシをキッと睨みつける。

 ジュンジというのは俺の友人で天文部員。水崎さんというのは一つ下の学年の同じく天文部員。少し前から二人は付き合いだしたのだけど、そのキューピッドをしたのがアガサ先輩だったのだ。

 詳しくは「とある天文部員の苦悩」の回をご覧ください。


「モナミ、さすがにキューピッドという例えは古くないかい?」

「さりげなく宣伝を挟んでくるところがあざといよね」

「うるさい! まさか、ヒサヨシ! お前もか!」


 俺とジュンジ、ヒサヨシの三人は中等部からの腐れ縁。文系のヒサヨシとは高等部に上がってクラスは別れたものの、今でもちょくちょく遊ぶ仲だ。

 

 えっ? 文系なのになんで理科部なのかって?


「そこ関係ある? 文系の奴も結構いるよ。活動内容もお菓子作りとかもするし。理系じゃなくても全然オッケー」

「おい! 地の文に勝手に答えないでよ!」

「え〜、ケチ〜」


 俺の言葉にヒサヨシがわざとらしく頬を膨らませて上目遣いで睨んでくる。


「キショいわ!」

「酷っ!」

 

 俺やジュンジと違ってヒサヨシはモテる。色白ですらりとした体躯。栗色の大きな目はどこか物憂げ。その中性的で儚げな見た目は、男の俺でも、黙っていれば綺麗だな、と思う。

 しかも本人も自分の容姿の良さを十分に自覚しているからタチが悪い。

 

 後輩からはその容姿から王子と呼ばれ、先輩にはあざとさ満載で、放っておけない、と人気。先輩どころか、最近は先生や学食のお姉さま方にまで可愛がられる始末。要は年下から年上まで広~くモテモテなわけだ。

 とはいえ、僕はみんなのアイドル、なんてふざけたことをいつも言っていて、浮いた話は聞いたことがなかったのだけど。


「違うって。ちょっと変なものもらってさ」


 そう言うとヒサヨシがポケットから葉書くらいの大きさの紙を取り出す。それはまさか!

 

「ラブレターか! なんだ、結局は自慢か!」

「古っ! ラブレターって、いつの時代よ」


 俺の言葉にヒサヨシが吹き出す。失礼な。こういったことに古いとか新しいとかはない。

 

「なんだと! 告白といえば靴箱にラブレターは定番だろ!」

「「……」」


 あれ? なんか変なこと言った?

 なぜかヒサヨシだけじゃなくて先輩まで俺のことを生暖かい目で見ている気がするんだけど。


「まぁ、古風でいいんじゃないか。モナミらしいよ」

「近藤、悪かった。君はそのままでいてね」

「なんだか馬鹿にされてる気がするんですが!」

「さて、紫村君のご相談は何かな? 私で力になれるようなことだといいが」


 俺の嘆きを華麗にスルーして先輩がヒサヨシに声をかける。


「とりあえず、その紙がどうしたんだよ。誰かからもらったの?」


 言いたいことは山ほどあるけど、ここはグッと抑えてヒサヨシに話の続きを促す。確かにこのままじゃ埒が明かないからね。


「まぁ、見てよ」

 

 そう言うとヒサヨシがその紙を差し出す。


「拝見していいのかな?」

「俺も見て大丈夫?」

「構わないよ。ところで噂のアガサ会長は?」

「へっ?」


 紙を受け取ろうとした俺の手が止まる。思わず隣に座る先輩を見る。おや、と言いたげに眉をあげた先輩と目が合う。


「ジュンジから聞いたんだけど。ミステリ研究会の会長でアガサなんて偶然にも程があるでしょ」

「ふふっ、アガサの名前が定着しつつあるのかな。これは面白い」


 ここで一応説明を。隣にいるのはもちろんアガサなんてベタな名前ではなく、三年生の阿川先輩です。

 じゃあ、なんでアガサなのかって言うと、ジュンジのただの勘違いを先輩が否定しなかったから。憧れのミステリ作家の名前で呼ばれて、まんざらでもなかったみたいなんだよね。だから、ここで訂正したら機嫌悪くなりそう。


 ちなみに俺はヘイスティングスとか呼ばせてないからね。そこまで図太い神経は持ち合わせていません。


 さて説明はここまでにして、俺はヒサヨシの言葉に首を撚る。先輩ならさっきから隣にいる。って、少し前に同じようなことを思った気がするんだけど。


「とりあえずこの紙受け取ってくんない?」

「えっ? あっ、うん」

「で? 今日は休み? 三年生なんでしょ?」


 慌てて紙を受け取りながら、どういうことかと先輩の顔をもう一度見る。


「えっ? なんですか。その顔!」


 そこには明らかに仏頂面の先輩がいた。いや、一見するといつもどおりの先輩なんだけど。目が明らかに怒っている。というか、拗ねてる? ん? なんで?


「あっ! そういうことか!」

「うるさい! モナミ! 笑うな!」


 不機嫌の理由に気が付いた俺が思わず吹き出したのを見て、先輩がますます不機嫌になっていく。艷やかな栗色の髪からのぞく耳が赤く染まっていて、ちょっと、いや、かなり可愛い。


「えっと、どうした? 近藤」


 俺と先輩のやり取りを見ていたヒサヨシが恐る恐る聞いてくる。そんなヒサヨシに俺が笑いながら応える。


「ヒサヨシ、こちらがアガサ先輩です」

「えっ? こちらって?」


 隣を指し示す俺にヒサヨシが目を丸くする。


「少し小柄で、すこ〜し幼い顔立ちですが、れっきとした先輩です。彼女が我がミステリ研究会の会長だよ。先輩、良かったですね。若く見られたようですよ」

「モナミ! 失礼だぞ! 私は不愉快だ!」


 どうやらヒサヨシは先輩を一年生だと思ったらしい。俺の説明に自分の勘違いを悟ったヒサヨシは言葉を失っているし、先輩の顔は真っ赤だ。


 普段は飄々としている二人の珍しい顔が見られて、俺は思わずにやにやしてしまった。

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