第2話 中庭の桜を見下ろして②

 ――黄昏ているところ悪いけど、旧校舎の家庭科準備室で何してるの?

 ちょっと! 人の回想にいきなり入ってこないでよ! ってか、誰?


 ――まさかサボり?

 俺の質問はスルーなの? サボりではありません。今は放課後。そして俺はミステリ研究会の会員として活動している真っ最中です!


 ――桜を見て妄想するのが?

 妄想じゃなくて回想! っていうか、活動は本を読んでいる方だから! 好きな推理小説を各々読んで、面白ければ時々話す。それがミステリ研究会の活動なの! あっ、先に言っておくけど、別に課題本を決めて論争をかわす、みたいなことはしてないからね。そこまでガチな研究会じゃないから。


 ――各々って?

 俺の目の前にもう一人いるでしょ! 当たり前のこと聞かないでよ。彼女がミステリ研究会の会長で、俺がヒラ会員なの。


 ――もしかして妄想の名探偵? 生きていたの?

 だから、妄想じゃなくて回想ね! ってか、縁起でもないこと言わないでよ。普通に生きてます。えっ? 過去形で話すから紛らわしかったって? そりゃ、すみませんでしたね。


 ――なぜ二人きり? 付き合ってるの?

 質問多くない? ってか、デリカシーって言葉知らないの?

 会員が俺と先輩の二人きりだからだよ! 悪かったな。ラブラブな話じゃなくて!


「この令和の世にラブラブは死語じゃないかな?」

「ふぇっ?」


 向かいに座る先輩から唐突に告げられた言葉に俺から変な声がでる。


「更に言うなら私は名探偵ではなく、ただの推理小説が好きな高校生に過ぎないよ」

「嘘でしょ! 俺、口に出してました?」


 まさか探偵の助手になりたいなんて恥ずかしい妄想、声に出して言っていたの? 慌てる俺を華麗にスルーして先輩は俺の膝の上に目やる。

 

「そんなことより、その本はいつまで君の膝の上にあるのかな? 私の覚え違いでなければ先月も同じ本を持っていたと記憶してるのだが」


 全然、そんなこと、ではないのだけど、膝の上の本に注がれる榛色の目に俺は息をのむ。彼女こそ俺の見つけた名探偵、阿川先輩だ。

 今年の二月まで阿川先輩はこの家庭科準備室で一人きり、読書にいそしんでいた。静かに本を読める場所を探してさまよっていた俺がそれを偶然見つけたのだ。


 本を読むなら図書室に行けって? 普通はそう思うよね。でもそうはいかないのだ。

 俺らの通う銀杏いちょう学園はこの田舎町ではそれなりの進学校。ゆえに図書室は本を読むと言うより自習室に近かった。蔵書も少ないし、パーテーションで区切られた自習スペースはいつも満員。何より固い椅子と常に響くペンの音は、お世辞にも快適な読書時間を提供するものではなかった。


 その点、家庭科準備室には古いながらも応接セットがあり、ゆったりと座れる革張りのソファとローテーブルが置いてあった。コンロもあるし、冷蔵庫と電子レンジもある。ちなみにクーラーはないけど、旧校舎はレンガ造りなせいか真夏でも十分に涼しい。冬は達磨ストーブをだすのでこちらも問題なし。この場所を見つけた時には、どうしてもっと早く気が付かなかったのかと地団太を踏んだものだ。


「旧校舎は一部の文化部の部室棟として使われているだけだからね。足を踏み入れることのないまま卒業する生徒の方が大半だろうよ」

「あの、だから俺、口に出しています?」


 ページをめくる本から顔を上げないまま、当たり前のように声を掛けてくる先輩に俺が返す。


「ところで私の質問はどこにいったのかな? 読書はスピードではないが、仮にもミステリ研究会なんだろう? 一冊に一ヶ月以上かけるのはさすがにどうかと思うよ」

「えぇ~っと、先輩、新しいココア淹れましょうか?」


 呆れ顔の先輩の言葉から逃げるように俺はソファから立ち上がる。


「まぁ、研究会と言っても名ばかりのものだしね。野暮は言わないでおくよ」


 呆れ顔から苦笑いに変わった先輩がマグカップを差し出す。受け取った俺はそのままコンロへと向かった。

 

 先輩と出会った俺はこの居心地の良い家庭科準備室を確実に確保すべく、ミステリ研究会を立ち上げたのだ。始めは嫌そうだった先輩も家庭科準備室が使えなくなるリスクを再三主張し続けたことで、最終的には折れてくれた。そのままの流れで家庭科の先生に顧問をお願いして、研究会として正式にこの場所を確保したのが三月のこと。

 そこから一ヶ月ちょっと。俺は居心地の良い場所以上に、この風変りな先輩と出会えたことに感謝していた。


「先輩こそ、また新しい本ですか? そんなに早く読んで話わかるんですか?」


 ココアのお代わりを差し出しながらたずねると先輩がきれいな眉を顰める。


「モナミ、私の灰色の脳細胞を見くびってもらっては困るな。僭越ながら、一度読んだ推理小説のトリックは全て記憶していると自負しているよ」


 その答えに俺は心の中で喝采を送る。この無駄な自信こそ名探偵の醍醐味。しかも先輩は本当に覚えているのだ。以前に同じ話を聞いて試しにいくつか問題をだしたけど、先輩はみごとに全問正解だった。もちろん俺は覚えていません。その時はスマートフォンで調べて問題をだしました。


「はいはい。失礼しました」


 あとは事件さえ起きれば完璧! なんて物騒なことを考えながら、春の放課後は静かに過ぎていくのだった。


 *****

 読んでいただきありがとうございます!

 クール美人な先輩×ぽんこつな後輩の、ほのぼの、ほの甘な学園ミステリーを目指しています。お時間のあるときに続きもお付き合いいただけたら嬉しいです!

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