妄想探偵。二人ぼっちの放課後に、お茶と推理と時々恋愛
蜜蜂
第1話 中庭の桜を見下ろして①
とある地方都市にある中高一貫
高等部にあがった俺は家庭科準備室の窓から中庭をぼんやりと眺めていた。家庭科準備室といっても今は使われていない旧校舎のもの。中庭にも人影はない。見事に咲き誇った桜もその姿を眺めるのは俺一人。開け放たれた窓から風に運ばれた花びらが一枚舞い込んでくる。
桜の花びらに誘われて、俺は手元の本に目を戻した。でも先を読む気になれなくて、俺は雪白のそれと一緒にページを閉じた。小学生の頃から幾度となく読み返してきたハードカバーの擦り切れた緋色の表紙をそっと撫でる。
俺は平凡な人間だ。それこそ生まれた時から。平凡な両親の間に生まれた俺は身長、体重ともに平均ど真ん中。地元の幼稚園に通い、小学校へ。運動、勉強、ともにそこそこ。先生に怒られたことと言えば、忘れ物をしたことくらい。それも給食セットのコップとか、朝礼の時に確認されるハンカチとか。要はなくてもたいして支障のないものばかり。逆に褒められたことと言えば、小テストで百点だったとか、学校で飼っていたうさぎの世話をがんばったとか。これまた、誰でも一度どころか十回や二十回は経験するだろうってことばかり。
そんな俺が推理小説と出会ったのは小学校三年生。図書室で本を借りることができるようになった時だった。
緋色の布張りの表紙に金文字の題字、漫画とも絵本とも違うその本は幼い俺にはひどく格好良く見えた。
これを読んでいたらクラスのみんなにすげぇって言われるかも。最初はそんな単純な理由から手に取ったのだけど、俺はすぐに推理小説の虜になった。
名探偵が華麗に謎を解く。その爽快さもちろん、それ以上に俺は探偵という存在そのものに惹かれた。頭脳明晰な彼らはその一方で愛すべき変人だった。才能以上に突出した厄介な癖を持つ彼らは、平凡な俺にはひどく魅力的に映った。
でも名探偵になりたいと思う程、小学生の俺は単純でもなく。物語の中の探偵なんて現実にはいないし、ましてや平凡な俺がなれるはずもない。それがわかるくらいには平均的に冷めた小学生だった。
そんな俺が憧れたのは名探偵ではなく、その隣にいつもいる助手の方。愛すべき変人である探偵に振り回される平凡な人間。優秀であるがゆえに孤独な探偵の一番の理解者。
もしも本当に名探偵がいたとして、更に万が一、それに出会えたとしたら。探偵は無理でも、助手ならなれるんじゃないか。だって俺はまさに平凡を絵に描いたような人間なんだから。
そんな夢を見てしまうくらいには、俺はまた平均的に世間知らずな小学生でもあったわけだ。
密かに探偵の助手を夢見ながら、そろそろ現実味を帯びてきた進路調査にまさか探偵の助手なんて書くことができるはずもなく。平凡なまま健やかに育った俺は将来と自分の身の丈が重なる場所を探していたのだったけど。
窓の外の桜にもう一度目をやった俺は一人の少女を思い出していた。桜の花のように華やかで儚い美少女。透けるような白い肌に榛色の目。その目はひとかけらの嘘も見逃さない静謐さと、溢れる自信の煌めきを持っていた。会話の端々にうかがえる素晴らしい頭脳と観察眼、そして、その美貌と才能を帳消しとするのに十分な上から目線と辛辣な物言い。愛すべき孤高の変人。
平凡な将来を選ぶはずだった俺の前に現れた稀有な存在。諦めかけていた助手の夢がまさかのタイミングで目の前に現れたとき、俺は人生で初めて神様に本気で感謝した。
俺が密かに夢見続けてきた理想の名探偵がそこにはいたのだった。
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読んでいただきありがとうございます!
基本、ほのぼの、のんびり、軽~く読める学園ミステリーですが、最後に意外な結末が待っています。
お時間あれば続きもお付き合いいただけたら嬉しいです!
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