客が来ない探偵事務所 7

依頼人からのヴァンパイア駆除依頼

ハンスとメリンダ夫妻は依頼人と同じ考えだった

この件について知っている人間は、夫妻と大使と執事そしてなくなった三人のメイドだけ

一連の事件を口外することはありえないという。

だとすると依頼人は一体?

あの場にいなかった大使の関係者なのだろうか?

どちらにせよ大使館で依頼人に会えなかった以上、このままメアリーをほおっておくのは危険だ。

依頼を断らない以上、他に依頼しない保証はない。

一晩考えた結果、ある結論に至った。


書店を訪れる足取りがこんなにも重かったことがかつてあっただろうか?

いや記憶にある限りはなかっただろう。

だがどんなに気が乗らないとしても今日だけは書店へ行かなければならなかった。

極力早くメアリーに会う必要があったし、今日を逃したら次いつ会えるのかわからないのだ。


「お客さん、お待ちしていました。」


昨日と同じように出迎えるメアリー。

まるで何事もなかったかのようだ。

昨日と違うのはメアリーがあらかじめ店主に俺と話すことを伝えており、すぐにメアリーと話せたことだ。


「昨日は失礼いたしました。」


「気にしてません。大使館へ行かれたんですか?」


「はい。」


「その方たちも私をヴァンパイアだと?」


「言いにくいのですが、そのように言っていました。」


「それで、お客さんはどうされるんですか?」


「状況を判断した結果、結論に至りました。どうか死んでもらえませんか?」


メアリーは目を大きく開き涙を浮かべながら笑った。

『死んでほしい』そう言われて普通ならそんな表情はしない。

まして相手は女子高生だ。

昨日も違和感を感じたが、騒ぎもせず冷静にただ淡々とまるで物語を聞いているように他人事だなんておかしいじゃないか。

だが最後には笑みさえ浮かべるメアリーに対して、この時の俺は疑問を抱きはしなかった。

疑問など抱く余裕もなくすぐさま自分の言ったことに慌てて付け足した。


「べ…別に本当に死んでほしいってことではありません。

事が落ち着くまで身を隠してほしいということなんです。」


ナイフ片手に『死んでもらえますか』と尋ねる殺人鬼みたいではないだろうかと訂正するように慌てて付け足した。

フォローのつもりでそう付け足すが、その言葉をメアリーはどこか残念そうに溜息をついた。


「お店…やめなきゃいけないってことですか?」


殺されるかもしれない。

そんな時に店を辞めるか否かの心配とはあまりに悠長な話だ。


「そうです。残念ながら学校もお休みしてください。ご両親には」


「両親はいないのでおかまいなく。」


「ご両親には私が説明するので、解決するまで自宅で極力人とも接触しないようにしてください。」そう言うつもりだったのに言葉を遮られた。

両親はいないと返され、言葉を失って次の瞬間自分の口からでた言葉に自分自身が驚くこととなった。


「貴方は事件が解決するまで私が預かります。」


以前から何度か目にしているとはいえ今まで話したこともなかった彼女を預かる?

自分の言った言葉に自分で抗議した。何を考えているんだと。

女子高生なのだ。

見ず知らずの男のところに行くなんて嫌に決まっている。

それどころか、どう考えても犯罪の匂いしかしない。

メアリーだって当然断るに決まっているのだ。


「分かりました。」


「…は?今なんて?」


自分が言ってしまった言葉とはいえ、自分が言われればおかしいと突っ込みたくなる内容を反論もなく肯定された?

どうやらメアリーの言葉が上手く聞き取れなかったようだ。


「私の家に来るんですよ?いいんですか?」


パニックになりながらももう一度訪ねた。

だが、メアリーは返事を変えずエドワードが言ったおかしな提案を「分かりました。よろしくお願いいたします。」と繰り返した。

気は確かか?

裏返りそうになる声を抑え、自分で提案をしたのだと冷静を装いながら話を続けることにした。


「あとはどうやって依頼主に納得していただくかですね。

私にはこの依頼を受けてしまった責任があります。

依頼主を説得するまでの期間、最後まで責任をもって面倒をみますのでそこは安心してください。」 


「あの、私が言うのもなんですが、今回のことって依頼内容が違うのではないでしょうか?」


「そこは大した問題ではありません。初めての依頼ですからミスはつきものです。」


「わざとミスするのはどうかと…。」


「それに先程も言いましたが、依頼人の虚偽の申告によってそもそもこの依頼はいつでも破棄できるので何の問題もありません。」


彼女は申し訳なさそうに両眉を下した。

「依頼なのに面倒までかけて申し訳ない」と言いながら机の下で両手を組むメアリー。

先程何も考えずつい口から出てしまった提案だが自分の選択は間違っていないと思った。


探偵としては出来損ないだ。

だがメアリーはこの事件に全く関係がないのだと不思議に分かるのだ。

それなのにメアリーは簡単に命を手放そうとしている。

自分の環境が変化してしまうというのに、殺されると言われた時と同じようにただ淡々と状況だけを受け入れた。

きっと目を話したら消えてしまう

自分の家に招くだなんて正気かと思ったが、消えてしまいそうなメアリーの手を何故か掴みたかった。

見放してはいけないのだと脳のどこかがそう叫んでいるのだ。


「さて、うちに来ると決まったことですし早いうちに手続きをしてしまいましょう。」


メアリーが家に来ることは昨晩決めたことでも以前から予定していたことでもなかった。

だが家に呼ぶと決めた以上、手続きは早いほうがいい。

いつ依頼人が他に話をまわすかわからない。


「マスターにも話してきます。」


店主に急だが辞めると報告するメアリーを後ろで申し訳なく思った。

俺がこんな依頼を受けなければもう少し長くここにいられただろうと後ろめたくなる。

店主は怒りも悲しみもせずあっさりとしていた。

メアリーの頭をなでながら「そんな気がしてた」と笑い、また来てくれればそれだけで十分だと言った。

その姿が無性に悲しくて、こっそり鼻をすすった。

あんな楽し気だった店主はもう見れないかも知れないのだ。


メアリーに身を隠すように話を持ち出したものの、仕事を辞めたり学校を休学にしたりと色々な準備を考えると一週間は覚悟しなければならない。

そう思っていたが結局メアリーは仕事終わりに全て終わらせてしまった。


「後悔してますか?」


子供達を助けなければこんなことに巻き込まれなかったのではないか?

エドワードが仕事を引き受けなければもう少しだけでも平穏に過ごせたのではないだろうか?

きっと自分がメアリーだったらここ数日の事を今後も後悔し続けるだろう。

話をもちだしてから何度もそう思った。


「私は、私がしたいように生きています。後悔は何一つありませんよ。

もし悪いことが起きたとしてもその悪いことが良いことに繋がっているかも知れません。

私はそういう結果を沢山経験しているので。だから大丈夫なんです。」


自分の後ろめたさで尋ねた俺にメアリーはそうはっきりと答えた。

自分より余程、目の前の女子高生のほうが大人だと感じた。

それはもう何年も生きているようなその反応だったが、気難しいと有名なこの店の店主が気に入ったのはそんな前向きな性格なのだと思うと無理はないと笑ってしまった。

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