客が来ない探偵事務所 6

大使館前

静かな高級住宅街の中に一際目立つ門構えが一目で大使館なのだと告げる。

走って息切れした人間はさぞ不審に思われているのだろう。

大型犬を連れた数人がこちらをちらちらと見て今にも警察に通報しそうだ。


ジャケットを正し、ズボンを払い、目の前の大きな門の前に立つ門番に声をかけた


「警察の方から来たものです。」


そう聞くと門番はすぐに確認すると言い、門の奥にある屋敷の扉から初老の男が顔をだした。

メアリーのいう初老の男だろうか

男は門番に門を開けさせ、一人で開けるには重いだろう扉を開き中へ招待した。


「警察の方だとか」


肯定も否定もせず笑顔で

「お伺いしたいことがあります。」

と言うと男は部屋に通し

「お待ちください」

とだけ言い残すと部屋を出て行ってしまった。

責められそうだから一応弁解すると別に嘘を言ったわけではない。

実際に警察署は書店と大使館の間に存在していたし、警察のほうから来たのだ。

それを勝手に誤解したのだ。


10分ほど待つとようやく部屋の扉が開いた。

先ほどの初老の男と一緒に若い20代くらいの男女が入ってきて目の前に腰かける。


「初めまして。ハンス・ジェラルドです。

大使は仕事中のため不在でして、私と妻のメリンダで対応させていただきます。」


入ってきたのはどうやら大使の娘夫婦らしい。

あの朝にメアリーから子供たちを引き取ったのは目の前に並ぶ三人なのだろう

大使より、俺的にはこちらの三人に聞きたいことがあった。


「ご用件はどういったものでしょうか?」


「当然、どういったことで来ているのかご存じですよね?」


気まずそうに夫妻は顔を見合わせる。


「先日こちらで起こったことを詳細にお聞きしたいのです。」


メリンダは口を結び方を震わせ、ハンスは不愉快そうに髪をかきあげた


「その前にどこでその件を?」


「心当たりがあるはずですよ。」


もし心当たりがあれば多少なりとも反論するなり態度で現れるはずだ

だが目の前の三人が三人とも心当たりがあるような態度は示さなかった。


「不愉快ですね。うちのものがそちらに情報を流したとでも言いたいのでしょうか?」


それどころかハンスは怒りを露わにした。


「とにかく、お話を。このままでは外交問題になりかねませんので。」


「…あなた。」


「メリンダ、決めただろう?」


「いつまでも隠すことは出来なかったのよ。父には私から報告するわ。」


メリンダは両手を握りしめながら、あの日起こった出来事を話した。

その内容は依頼人ともメアリーとも変わりはしなかった。


「何故ヴァンパイアだと思われたんでしょうか?」


「貴方も会えばそう確信するでしょうね。気味の悪い瞳に血を吸ったかのような真っ赤な髪、どう見ても人間だとは思えない姿だったのよ。」


「ですが、貴方たちが彼女に襲われたわけじゃないんですよね?」


「既にたらふくだったに違いないわ。それに執事のスコットが早急に締め出してくれたから襲う隙もなかったのよ。」


「ですがお子さんたちを連れてきたんですよね?」


「えぇ!バケモノに変えてね!」


メリンダは声を荒げ、ハンスは落ち着かせるように背中をさすった。


「あんなに…あんなにかわいかった私の子供たちが今じゃ血を求めるバケモノになってしまったのよ。あの女がどういうつもりで子供たちを連れてきたのかは知らないけど、きっとどこかでこの状況を楽しんでいるに違いないわ。」


「ですが、ヴァンパイアですよ?実在すると思われますか?」


泣き出すメリンダの代わりに今度はハンスが口を開いた。


「ヴァンパイアなんて我々だって信じてはいなかった。子供だましのお伽話だとずっと思っていたさ。だが、実際に自分の子供たちの有様を見てはもう信じるしかないじゃないか。」


「なにかの感染症とか」


「じゃぁ医者に見せれば治るっていうのか?

吸血欲求を抑えられない病気があるとでも言うのか?

あいにくだが、そんなものは存在しないさ。」


「ですが」


「あれはヴァンパイアなんだ。君が信じようと信じまいとね。

話せることは話した。逮捕する気がないのならもう帰ってくれないか。」


席を立ち執事に退席させるように声をかけるハンス。

執事が扉へと誘い、部屋を出る直前に一番聞きたかったことを尋ねた。


「最後にもう一つだけ。お三方と大使以外で誰かお子さん達が帰ってきた朝にいた方はいましたか?誰かに相談されたとか」


「一族の恥だ。誰かに相談するわけがないだろう。

メイドが三人同席していたが、三人ともあの朝に食われてしまったさ。

もういいだろう、お引き取りを。」


執事はそのまま門まで案内すると静かに門をしめお辞儀をした。


大使館からの帰り道、弱弱しく点灯する街頭を眺めながらあの晩の景色を想像した。

母親の傍から離れない外出が苦手だった子供たち

そんな子供たちがこんな暗い道を歩くのだろうか?

メアリーが発見した骨董屋までは少なくとも1時間は歩かないと着かない距離だ

それに街頭もなく家の灯りも消えた時間帯、あえて裏路地に行くだろうか?


もし行く原因があるとすれば、

誰かに拉致されたか

骨董屋周辺で落とし物をしたか

誰かにそそのかされてここまで来たか

そんなところだろう。


だが、常に母親から離れないことを考えると一番疑わしいのは拉致ではないか?

大使館のパーティ

人手を増やしたところで、人も車も行き交い警備の目も普段よりお粗末になる

大使の孫ということも考慮すると身代金目的や脅迫目的というのも考えられる

子供たちが行方不明になった原因としては一番考えられるものだ

もし拉致だったとすると

何らかの原因で病気が発症または意図的に病気になり

手に負えなくなったか逃げ出したかで路地裏に行きついたってところだろうか


大使館から骨董屋と実際に街頭のない暗い道を徒歩で歩いて子供がやはりここへ来るとは思えなかった。

このとき自宅まで考えながら歩いていた俺はその道中ずっと誰かにつけられていたと気づくことはなかった。

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