客が来ない探偵事務所 5

「ふふ、お客さん秘密保持契約は大丈夫ですか?」


メアリーに尋問のセンスがあるせいで全て話してしまったが、全て話すつもりは全くなかったのだ。

出来ることならメアリーの知らないところで全てが終わっているというのがかっこいい結末だとさえ考えていた。

それなのに本来は言ってはいけない依頼内容までも話してしまうだなんて、自分でもさっぱり理解ができない。

秘密保持契約?

依頼を受けないにしても当然だめに決まっているではないか。

そう分かってはいるが、もう開き直るしかなかった。

既に、先程殺される可能性があると言った時点で依頼の内容は言ったようなものだ。

依頼人がそもそも偽りを述べていたのだから、そもそもの契約無効なのだ。

自分でもおかしいと思うような言い訳を自分にして無理矢理依頼内容を話した事実を正当化した。


「確かに秘密保持契約はあります。

ですが口頭だけの契約でしたし依頼人も虚偽の申告をしているので無視しても問題にはならないでしょう。

どちらにせよヴァンパイアなどありえない話です。

おそらくは、ヴァンパイアに似た症状になるような病気。

例えば狂犬病等の病気や、もしかしたら単に中毒症状でおかしくなっていた可能性だってあります。

とにかく、路地裏にいた際に子供達が他に被害者も出さず大使館に無事帰ったのなら子供がおかしくなった原因が貴方だとは考えにくい。

大使館内に異変の原因があると考えた方が遅延性の病と考えるより可能性は高いでしょう。

私はそう思いますが、問題なのは依頼人が違うということです。」


たくし上げるように早口でそういう。

この際、秘密保持契約が云々は今は考えずにいよう。

どちらにせよ手遅れなのだ。」

それよりずっと真面目に働いてきて、今回も単純に人助けをしただけなメアリーには酷な話だ。

理不尽に命を狙われているなら、せめて真実を知る権利くらいあってもいいのではないだろうか。


「依頼人はヴァンパイアとして私を殺したい。」


「これから大使館へ行き事情を聞いてくるつもりです。」


おそらくは依頼人も大使館にいるだろう。

メアリーをヴァンパイアとして認識できるとすればその場にいた誰かだろう。

依頼人が代理人だとしても本当の依頼主はその場にいるに違いない。


「依頼人が殺意を持ち続ける限り、私が依頼を断ったところでいずれ金目的の別の人間が貴方の元に来るでしょう。

常識的な人間なら「こんな依頼戯言だ」と聞き流すでしょう。

ですがもし万が一それを信じた人間がいれば今度こそ貴方は殺されるでしょう。」


「でしょうね。」


メアリーの反応は自分が殺されてもどうでもいいと言わんばかりだった。

もっと説得を頼むなり自分で動くなりあるだろうに。

まるでもう終わってしまったかのようなその反応がどうにも俺をいらだたせた。

店主が近くにいないことを確認をしてメアリーを真っすぐ見た。


「その時はこの店を巻き込むかもしれません。

そして、もし貴方が殺されてしまったら何もしなかった私もまた同罪になります。」


「ここへ来ない可能性の方が高くないですか?」


「この店は私が幼いころから通うお気に入りの店なんです。

もし万が一にもこの店が巻き込まれるようなことがあれば私は我慢ならない。

そもそも、だからこそ私は今回の依頼を受けることに決めたんです。」


何故自分がこんな嫌な言い方をしているのか自分でも分からない。

だが、目の前に座る少女に命を奪われたくないのなら方法を模索しようと言ったところで頷くとも思えなかった。

それならばメアリーが働いている多少なりとも大切な場を守るために生きてほしい。

そう思いながら言ったつもりだったが、この言葉は自分の中で反芻するとかなり自己中心的で嫌な奴にしか思えない。


「マスターに被害が出る前に殺しておいたほうがいいってことですね。」


信じられない言葉だった。

肯定され一緒に助かる道を模索するつもりだったのにまさか先に殺せと言われるとは思いもしなかった。

違うだろう!!と大声で怒鳴ろうとした口はそのまま閉まることを忘れ言葉を失った。

信じたくはなかったが、どこか死を望んでいるのだと微かに思わせるのだ。


「明日もこちらに?」


言葉の意味を考えたくはなかった。

どこか死をこまねく目の前の少女を見たくはなかった。

これ以上何を言えばいいのかわからなかった。


「はい。午後からここにいます。」


その言葉だけをきき、「明日また来ます」とだけ言うと逃げるように足早に書店を出た。

後ろからメアリーが「お待ちしています。」という声や店主の「どうしたエド!?」という声が聞こえる。

だが俺は全ての声を無視した。

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