客が来ない探偵事務所 4
メアリーは店主に入れたお茶と同じものだろう淹れたてのお茶を両手で持ちながら入ってきた。
「どうぞ」とカップを置くと、メアリーは向かい側に座って先程から自分を見てきている俺を不思議に思いながら見つめ返した。
あれだけ見られて気にならないわけがない。
オッドアイを珍しがってジロジロと見られることは多かったが、初対面でもなくもう何度も店にも来ている常連だ。
そんな相手が今更ジロジロと見てくる理由をメアリーは考えても分からなかっただろう。
「お待たせしました。御用というのは何でしょうか?」
今朝会った女の方が余程ヴァンパイアだ。
色素の薄い蒼白の顔に挙動不審な様子、今思い返しても今朝の女性は存在全てが怪しげだった。
そう改めて思うほどメアリーはいたって普通の女子だった。
確かにオッドアイはかなり珍しいものだ。
それに髪色だってこの辺ではまず見ない珍しいものだ。
だがメアリーに関して怪しく思えるのはそれだけだった。
近くの高校は全校生徒が僅か50人足らずの学校だ。
当然通うのはこの周辺の町の住民ばかりで、女性が制服を見たということからその中の誰かということになる。
だが周辺の町を含めてもおそらくその外見的特徴を持つ人間は一人しかいないだろう。
女性が指しているのはおそらくはメアリーに違いない。
どんなに怪しくみえなくとも。
「…。大使館へ行ったことはありますか?」
しまったと思った。
こんな質問の仕方では誤魔化される可能性がある。
こういう質問は、余談をしながら相手のガードがなくなった頃合いでそれとなく出すものだ。
いきなりこんな質問をしては不審がられても仕方ない。
「探偵として最悪だ」と尋ねた直後エドワードは頭を抱えた。
メアリーとは初対面ではないが初めて会話する相手なのだからどちらにしてももう少し言葉を選ぶべきなのだ。
だが反省したとて口から出てしまったものは引っ込めることなどできない。
「え」とか「いや」とか「あの」と変に言い変えようと慌てる様子をメアリーは笑った。
「大使館ですか?ここから少し行った所にある大使館に先日初めて行きました。」
『ヴァンパイア』がもしいるとすればきっとメアリーとは正反対の存在だろう。
メアリーがヴァンパイアだなんてあまりに似つかわしくない。
それに他人の空似だと思いたかった。
メアリーの口から「大使館なんて行ったことない」そう言われればどんなに心が軽くなっただろう。
きっと素直に信じることはできないだろうが、それでも否定されたかった。
だが、メアリーの肯定で女性が言っていたヴァンパイアがメアリーなのだと確定してしまったのだ。
少なくとも今回の件に何らかの関わりがあるに違いない。
普通の人探しの依頼ならこんなにも早く依頼された対象が見つかったことを喜ぶべきなのだろう。
だがこれは殺人の依頼なのだ。
依頼は半分達成したと言っても過言ではないのだがエドワードは全く喜ぶことができなかった。
軽くなるどころか見つかってしまったことで吐きそうな程深刻な事態になった。
そもそも普通なら「自分は探偵なので」そう言い断るような依頼なのだ。
それを見知った顔でその依頼が間違いだったと思いたくて、引き受けた今回の依頼。
依頼通り相手を殺す気はないが、遅かれ早かれ彼女の生活は今後一変してしまうだろう。
何故最初の依頼で顔見知りとは言え知り合いの殺人依頼だなんてこんな難解にぶち当たらなければならないのだろう。
それほどまでに前世悪いことでもしたのだろうか、と自分の不運を呪った。
「大丈夫ですか?」
顔色が悪くなった俺を心配したメアリーは覗き込んだ。
「大丈夫じゃないのはあんただ!」と叫びたかった。
だが、ふと疑問がわいた。
依頼人は何故メアリーをヴァンパイアだとしたのか?ということだ。
外見もあるだろう。
だが他は?
そもそも捕まえたいのなら子供たちを連れてきた時に捕まえられたはずだ。
それをしなかったのはその時はまだヴァンパイアだと思っていなかったからじゃないか?
だとするとヴァンパイアだと確信したのは子供たちの異変に気づいてからだ。
ヴァンパイアという言葉に踊らされていただけで、そもそもヴァンパイアという存在はありえない。
「その日のこと教えてもらえますか?出来るだけ詳細にお願いします。」
何が聞きたいのかさっぱり分からない、そんな困惑した表情でメアリーは話し出した。
「その日はたしか店の仕入れの日だったので朝は早くから出勤でした。
5時くらいに家を出て迷子を見つけ大使館へ行きました。親後さんに会えたので私はそのまま出勤し、普段通り夕方4時に帰宅しました。」
「5時から出勤前までのどこかの時間に迷子にあったんですね?早朝ですよね。迷子は何処にいたんですか?」
「通勤途中にある骨董屋の路地裏です。」
「路地裏にわざわざ?普段からそこを通っているんでしょうか?」
「いえ。通りかかったときに物音がしたんです。それで気になって覗いてみると子供達がいました。
その場で親御さんを探したんですけど、周辺には人影もなく近くにあった骨董店も朝だったので閉まっていて周囲に人もいなかったので子供達と親御さんを探すことになりました。」
「それで何故大使館へ向かったんですか?」
「ご両親は何処かと聞くと子供達が大使館を指していたので行きました。前日大使館でパーティだということをここのお客さんにも聞いていて、その招待客の御子さんかもしれないと思ったんです。
ただ連れて行った時間も早朝で、パーティは当然もう終わり人はいませんでした。
それでも念のため大使館のベルを鳴らすと」
「失礼。大使館でのやり取りを詳細に教えてくれませんか?」
「はい。私が大使館のベルを鳴らすとまず70代くらいの年配の男性が出てきました。
その男性は子供達を見ると途端に子供達の名前を呼び悲鳴をあげました。」
「何故悲鳴をあげたんでしょうか?」
「分かりません。」
「なるほど、続けてください。」
「その年配の男性の悲鳴を聞きつけ次に20代の若い男女が来ました。
年配の男性と同じように子供達の名前を呼び、今度は子供達に駆け寄り抱きしめていました。
おそらくご両親かと思います。
彼らは子供達を引き取るとすぐに扉を閉めました。
その先子供達がどうなったのか分かりません。
ご両親か確信はもてませんが、知っているお子さんのようですし場所が大使館だったので彼らが保護してくれると思い私はそのまま仕事へむかいました。
これが大使館で起きたことです。」
事細かにメモに書いた。
その内容をもう一度読み返しながら依頼人の女性が話していた内容が書かれたページを見返しメモ帳をトントンとたたいた。
どこにもおかしな点がないのだ。
依頼人の女性と話の食い違いはなかった。
メアリーは間違いなく子供達を連れて大使館へ行き夫妻に引き渡したのだ。
子供達を預けた大使館での出来事を聞かれ、メアリーは「子供達に何かあったのでしょうか?」と尋ねた。
依頼の事は話せないが笑顔で無事親元に戻ったらしいと答えた。
メアリーの行動は褒められはしてもヴァンパイア扱いされ依頼人から殺意をもたれるいわれは何処にもない。
では何故依頼人はヴァンパイアの殺害依頼をして金を置いていったのか?
もし依頼人がヴァンパイアという建前をもってメアリーを殺したいとしたら?
もし大使館で何かがあり、そのことを見ている可能性がある故の殺人依頼だとしたら?
ヴァンパイアに見せかけた殺人の依頼だったと考えると急にエドワードの脳の靄は晴れクリアになってきた。
不可解な依頼だとしても責任を感じていたが、依頼人である女性が故意に虚偽の内容を話していたら別だ。
虚偽の申告や虚偽の内容の依頼であれば探偵として依頼を拒否することもできる。
それに依頼はあくまでヴァンパイアを殺してほしいというものだったはずだ。
その対象が人間だった場合、そもそも殺す必要はなくなる。
これはどう考えても探偵の仕事ではないはずだ。
エドワードは考えた末、女性の依頼は断るという結論に至った。
だが内容はどうであれ、折角初めて来た依頼なのだ。
気にならないか?と聞かれたら気になるに決まっている。
それに世話になっている店主の気に入るメアリーが何らかの事件に巻き込まれているのを知りながらほおっておくだなんて出来るわけがない。
「もしかして、私なにか疑われてます?誘拐なんかはしてませんよ?」
不安そうにしているメアリー。
人助けが殺意を持たれるきっかけとなっただなんて想像もできないだろう。
「誘拐を疑っているわけではありません。
あと一つだけ良いでしょうか?
その子供達に何か違和感はありましたか?」
メアリーは思い出すように口に人差し指の第二関節を当て少しの間考えた。
空調の入りの悪いこの部屋はまだ夏ではないとは言えなり暑い。
エドワードのお茶に入れた氷がカランと音を立てて崩れた。
「違和感ですか…。
たしか、手と口は路地裏にいたせいもあり汚れていました。
ですが、それ以外は心当たりがありません。
いくら聞いても一言も話さなかったのでなんとも。
静かな子供達ではありましたが、普通の子供達だったと思います。」
「そうですか。」
「お客さん…探偵をされているんですよね?マスターに聞きました。」
「そうですよ。しがない探偵です。」
「私…なにか疑われてます?」
「守秘義務もあるので詳細はお話できません。」
「私に聞きに来たってことは疑われてるということですよね?
親元に子供を連れてっただけで何故?」
「その子供…いまどうなっているかご存じですか?」
「知りません。子供達とは大使館へ連れて行ったきりなので。
お客さん、私は私が間違ったことをしたとは思っていません。
私が何故疑われているのか答えていただけませんか?」
一瞬、メアリーのオッドアイが両眼ともルビーのように赤く輝いて見えた。
こんなに綺麗な瞳だったのかとその瞳をぼんやりと見つめる。
「子供たちを連れて行った後、大使館は大騒ぎになりました。
子様たちがいなくなった以上の大騒ぎに。」
「どういうことでしょうか?」
「大使館へ引き取られた後、メイドを襲いメイドの後に襲われかけた大使に銃で打たれました。」
「なんてこと…。じゃぁ子供たちは」
「この話には続きがあります。
子供達は撃たれはしましたが、結局死ななかったそうです。
あまり現実味がない話ですが、依頼主がいうにはヴァンパイアになったのだと。」
ヴァンパイアという稚拙な言葉がこんなにも抵抗なく言えるなんて自分でも驚いた。
今まで口にするのも嫌だったというのに不思議とすらすらと言葉が出る。
「そんな!!御伽話じゃあるまいし。」
「ありえない話ですが、依頼人は本気でそう信じている様子でした。
そして、依頼人がいうには貴方が子供たちをヴァンパイアにしたとのこと。」
「私がヴァンパイア?」
メアリーは楽し気に笑った。
何を馬鹿なとでも言いたげにとても楽しそうに。
決して他人事じゃないというのに他人事のようにわらうメアリーの笑顔を壊したかった。
真剣に聞いてほしかった。
「ヴァンパイアを殺すように私は依頼されました。」
その瞬間、ぼんやりとしていた意識がクリアになり冷や汗をかいた。
一体、今自分はなにをした?
依頼内容を何故メアリーに話した?
話した記憶はあるが、どこか他人事のようで無意識に話しているという感覚しかない。
そう思えるほど抵抗もなく思考もなく、そしてありのままをそのまま話してしまったのだ。
これではどちらが調査しているのか分かったもんじゃない。
自分の失態を知り真っ青な顔になる俺とは反対にメアリーは微笑んだ。
自分が殺されると聞いたメアリーの反応は不思議なことにどこか冷静だった。
他人事で馬鹿げているという反応ではない。
まるで殺人をTVの中ではなくリアルに経験したことがある人間のような反応だった。
殺人なんて普通の人間は一生関わり合いのない出来事だろう。
どこかで起きているが、それはあくまでTVのワイドショーの中での出来事だ。
まさかそれが自分の身にも降りかかろうとするなんてだれが予想するであろうか?
否、一度もその危機を経験したことがない人間には想像もできないだろう。
普通なら手に持ったカップでさえ落としてしまう程驚くもんじゃないだろうか?
だというのに目の前で微笑むメアリー
一体何がおかしいんだ。
もっと、恐れるとか慌てるとかほかの反応があるだろう。
だがメアリーは殺されることをどこか諦めている様子だ。
俺はそれがどうにも気に入らなかった。
「ふふ、お客さん秘密保持契約は大丈夫ですか?」
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