客が来ない探偵事務所 3
問題はここからだった。
殺す依頼を受けた相手はよく行く書店の店員のことだろう。
【メアリー・ブラッド】
半年ほど前に、この町に引っ越してきた。
川近くの小さな家が彼女の家で家族の話は分からない。
書店で働いているエプロンの下には近くにある高校の制服が見え隠れしていた。
おそらくそこに通っているのだろう。
人間関係は外から来た人間であるにも関わらず良好だ。
書店で働いており、町一番の気難しいと有名な書店の親父が何故かまるで孫のように可愛がっている。
何度か見た印象だと社交的で誰にでも優しい子。
それがメアリーの印象だった。
それが依頼されたヴァンパイアだというのだから笑ってしまう。
あの女性は見た目だけでヴァンパイアだと断定したのだろうか。
これだから空想と現実の差があいまいな人間は困る。
ヴァンパイアを信じ退治してきた一族の末裔であることを恥ずかしく思う。
ヴァンパイアと勝手に決めつけた大量殺人鬼の末裔なのだ。
誇れるわけもなかった。
ヴァンヘルシングの名を隠し、決して自分はあの道を辿らないと誓った。
だから今回はヴァンヘルシングとして依頼はされているが、あくまで探偵として依頼を受ける。
ヴァンパイアとして疑惑をかけられているのなら、それを解けばいいだけのことなのだ。
***
メアリーのことを調べるのには学校へ行くか働く書店に行くしかない。
そういえば、気に入っている小説の新作が先日発売されたところだ。
学校で書店にはいないかもしれないが、昔馴染みの店主に話をきけるかもしれない。
幼いころから通うこの書店は古書から新書まであらゆる蔵書が自慢の店だった。
気難しい店主とあらゆる書籍
もう10年以上経つというのに昔から変わらない。
日中は学校で会えないと思っていたが、驚いたことに書店ではメアリーが忙しく動き回っていた。
まさか自分がヴァンパイアという疑惑をかけられているとは知りもせず、日差しが出ている雨上がりの店外で鼻歌まじりに窓を拭いていた。
視線に気付いたようで『いらっしゃいませ』といつもどおり元気よく声をかけられた。
とりあえず話すわけでも依頼の質問をぶつけるわけでもなく、いつも通り軽く会釈だけしてまず店内に入った。
「おい、エド!お前まぁーた日中からうろうろしてんのか。」
幼い頃からこの店主を知っているが、まるで親のように口うるさい所がある。
メアリーが来ているときは殆ど店奥にこもっているというのに、今日は珍しく店奥から出てきていて陳列棚を整理していた。
「出てくんなよジジイ。」
「本ッ当、お前は年々口も悪くなっていきおって。そんなんじゃから女の一つも出来んのだ!」
店主は豪快に笑い、探していたものが分かっていたかのように新作の本を机に置いた。
「ほれ、これじゃろ?」
「あぁ、サンキュー。発売日に取りに来れなかったんだ。ところでジジイ、あの子。」
エドワードが外で慌ただしく働くメアリーを指すと店主は口ひげに手を添え目を細めた。
「どういう人間なのか?」と尋ねるつもりだったが、店主には違った問いに聞こえたらしい。
「あの子はいかん。あの子にゃお前よりもっと良い男が似合うからなぁ。」
「狙ってねーっての。」
「じゃぁなんだ。」
「いや、いつからここに?」
なんだ今更というように店主はため息をついた。そして記憶を探りながらメアリーが働きだした日を思い出した。
「半年くらい前かの?
ほら、お前が買い続けてるその本『ルッフェルタン』の発売日くらいじゃよ。」
先日新刊がでたこの『ルッフェルタン』は連載している小説で、前回本が出たのは去年の暮れだった。
もし女性が言う通り彼女がヴァンパイアだったとすれば、それだけ長い間周囲の目を誤魔化し続けたということになる。
ヴァンパイアだなんて一瞬でも影響された自分を笑った。
「…。怪しいとことか。今まであったか?」
「エド、お前なに馬鹿なことを言ってるんじゃ!
可哀そうに。オッドアイのせいで学校じゃ虐められてるらしいが…。
だがワシから言わせりゃ好意の裏返しじゃな。嫉妬じゃろうて。
仕事も早いし常連客にも慕われて、本当にいい子じゃよ。」
滅多に人のことを褒めない気難しい店主がここまで褒める人間は長い付き合いのエドワードでも初めてだった。
女性が言っていたヴァンパイアはメアリーだとしても、子供たちに危害を加えるように思えない。
それとも、あまりに類似する特徴に自分が勝手にメアリーを想像しただけかもしれない。
もしかしたらメアリー以外に赤髪の少女がいるのかもしれない。
だが女性から聞いた特徴はあまりにもメアリーの特徴そのものだった。
可能性を消しきることができなかった。
メアリーに磨かれた窓は雨だれもなくなり綺麗に透き通っていた。
綺麗に磨かれた窓から外をみると、今度は庭木の手入れをしているメアリーがいた。
垣根の上から特徴的な赤髪がちらちらと見えている。
(ヴァンパイアって日の下で動き回るもんなのかよ…。つくづく胡散臭い。)
先ほどまでの曇天ならともかく日中の日差しが強くなった今、平然と屋外で働いている。
その点でさえおかしな話だ。
一族に伝わるヴァンパイアならばいくつか弱点がある
・日の光
・ニンニク
・銀の弾丸
・木の杭
代表的なものはそんなものだ。
だからヴァンパイアは最も苦手とする日の光を避け日中の活動を一切しない。
巷でも噂話でそんな内容が流れているというのに女性は知らないのだろうか?
いや、違う。
一つの可能性をこれで消すことが出来るのだ。
女性はメアリーが日中動き回れることを知らない。
ということは、大使館での話は嘘でメアリーに何らかの恨みがあってヴァンパイアとして殺してほしいという依頼ではなかったのだと分かった。
そもそもメアリーが恨まれるとは考えにくい。
毎日会っているわけでも親しいわけでもないが、どうしても悪い人間だとは思えないのだ。
もし女性がメアリーの知人だと過程しても狙われているとすれば何かの理由があるのかもしれない。
だが、とりあえず知人という可能性は捨てていいだろう。
調べたらすぐに分かるような嘘をついても仕方ない。
「なにかあったか?」
窓の外で作業するメアリー、その様子をみながら店主が心配そうに尋ねた。
「いや…。ジジイにも話せねーわ。」
かっこつけおってと笑いながら目を細める店主は俺の頭を撫でた。
この店主にとって俺もまたメアリーと同じようにお気に入りの一人だそうだ。
幼い頃から本が好きだといい、自分の書店に通い続ける俺を邪険にもせずずっと見てきたのだ。
小さいころから見ているせいか、どうしても親のように接してしまうところが店主にはあった。
「とうとう初仕事が来たかの?」
「ま、そんなトコ。仕事中悪いけど、あの子と話すこと出来る?ちょっと急ぎの用なんだわ」
数年前に事務所を建てると話した時には流石に驚いていた。
他人とは関わらず、ずっと本ばかり読んでいた子供が自分の道を見つけたことは誰よりも誇らしかったそうだ。
折角自分の事務所が建ったというのに、依頼が来ないと言いながらまた本ばかり読むもとの生活に戻ってしまい最近は心配ばかりかけていた気がする。
ようやく依頼人が来て安心させられると思ったのに、その依頼が自分の可愛がっているメアリーと関係しているだなんてとても店主には言えなかった。
「いいぞ。そろそろ休憩にしてやろうと思ってたとこじゃ。奥使っていいぞ。」
「あんがとよ。」
店主は心配そうにメアリーを見た。
それに気付いたメアリーが垣根からひょっこり顔を覗かせ店主に手をふっている。
それを見た店主が柄にもなく同じように店主も手をふりかえした。
そんな店主を物珍しそうに眺めていると、手を振っていた店主が慌てて手を下ろし「ここで待ってろ」とだけぶっきらぼうに言うとすぐに外に出て行ってしまった。
***
買ったばかりの小説を半分ほど読み終えた頃。
ようやく庭の手入れを終えたメアリーが店内に戻ってきた。
開けた扉のベルでメアリーが戻ってきたことに気付いた店主はメアリーを手招きした。
店主に招かれたメアリーを近くで初めて見たが、どんなに見てもメアリーがヴァンパイアだとは見えなかった。
女性は一体なぜメアリーをヴァンパイアと仮定したのかが疑問だ。
「メアリー、こいつが用があるらしい。」
「さっき来られたお客さんですね!」
「不審な格好をしてるが、変なことはしないから大丈夫じゃ。ちょっと聞いてやってくれるかの。」
そう言うと店主は俺の服装を見て溜息をついた。
俺の服装はTシャツにジーパンといういたってこの辺りでは普通の格好だ。
だが店主の溜息の原因はそこではなかった。
Tシャツに大きく書かれた意味さえ分からない異国の文字『生姜焼き』に誰だって目をやらずにはいられない。
こんなものこの辺りでは売っていないというのに一体何処で仕入れているんだかと店主は呆れたのだ。
「じゃぁその前にマスターにお茶持ってきますね!お客さんは先に座っててください!」
元気よくそう答えたメアリーがエドワードの待つ奥の部屋に来たのはそれからすぐ後の事だった。
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