客が来ない探偵事務所 2
「どうかあの女を殺してください。」
そんな殺しの依頼をされ、困惑で脳内がショート寸前になった
何故よりにもよって最初の客が殺人の依頼なんだ
もし殺人を依頼したいなら専門にしている所へ行ってほしい
わざわざ客が来ないバラウルを狙ってふざけた依頼をするだなんて悪質すぎる
悪戯にしろ本気にしろ悪質だ
こっちは初めての客だと期待したんだぞ
最高のおもてなしに対してあまりに失礼じゃないか
いやいや…
よく考えてみろ
もしかしてこれは政府機関の試験的なものなのか?
営業許可をとったものの仕事をしている形跡もないバラウルを怪しんだ政府が、あえて殺人を依頼して違法な業務をしていないのか確認しているのか?
そうだとしたらこれは営業許可がかかった試験なのか?
いや、だがそれにしては様子がおかしい
試験だというのならば、こんなに帰りたそうにしているのは何故だ
殺人を依頼した目の前の女性をまじまじと観察した。
冗談とも思ったが、女性の行動はどうにも冗談を言う人間像とかけ離れているように感じる。
それに冗談にしては殺人というのはあまりに悪趣味な話だ。
それにもし政府の人間だとすれば、こんな回りくどいことをせずまずは警告文や聴取があるはずだ。
もし犯罪に関与していると噂がたっているのなら別だが、心当たりもない。
目の前の女性は依頼内容を話すと拳を握りしめ立ったまま下ばかり見ていた。
「…詳細を伺っても?」
とにかく、悪戯にしても試験にしても詳細を聞いてから判断しても遅くはない。
先程まで女性を観察していた視線を外し、コーヒーを新し入れにキッチンに姿を消した。
遠目で女性を見ると開けっ放しになったままの扉を閉め、ようやく案内された椅子に腰を落ち着かせていた。
だが未だに警戒はしているようだ。
腰かけたものの逃げ場を確保するかのように扉の方を向いて座っていた。
近づかないように配慮しつつコーヒーを置き、先ほど座っていた席に自分も腰かけた。
女性はだされたコーヒーの水面を呆然と見ながら、ようやく依頼内容を話し出した。
『バラウル』に来てから1時間後の出来事だった。
***
この場からバスで30分ほどの大使館での出来事だった
その晩、大使館では大々的なパーティーが開かれていた
各国の偉人や著名人が多く招待されたパーティーだ
華やかな催し物を招待客はとても楽しんでいた
そんなパーティーも、もうそろそろお開きとなる頃、事件は起きたという
大使の息子夫妻は大使と共に毎度主催者として客もてなしていた
今回も夫妻は子供達と一緒に客をもてなしていたが少し目を離した隙にいつも母の後ろでこっそり隠れている子供達がいなくなったのだ
警備は万全だから心配はないという大使をよそに夫妻は顔を青くした
夫妻の子供達は非常に内向的な性格で決して何をするにも母の側を離れなかったのだ
まして今回のように子供達だけでどこかに行くだなんてありえない
招待客に気付かれないよう夫妻は内々に捜索した
だが、どれだけ探しても子供達の姿は見つかることがなかった
外出が好きではなかった子供達だから外に出たことは考えにくかった
なのに、とうとう敷地内に探す場所もなくなった
慌てて外を探しに出ようとした矢先、帰宅間際の招待客たちが悲鳴を上げた声が会場にまで響いてきた
当然その声に夫妻は飛び出し、声の元へと走った
そして夫妻は目を反らしたくなるような光景を見てしまったのだ
車の前に立ち尽くす招待客
招待客の白いドレスの裾は赤く染まっていた
そして彼女がたっている場所には真っ赤な水溜まりが出来ていた
慌てて駆け寄った夫妻も同じく息をのむような悲鳴をあげた
自分たちの子供が車に引かれたのではないだろうかと思ったのだ
車を移動させるも結局周囲には子供達はおろか原因となるものは何もなかった
結局誰かの悪戯だということで騒ぎは落ち着いた
夫妻は安心し子供達の捜索を続けた
だがその晩子供たちが見つかることはなかった
翌朝
パーティーが終わった大使館のベルがなった
応答を求めて何度も何度も繰返しに鳴らされる
前日の疲れの残る重い足取りで執事が向かうと、なんと探していた子供達の姿があった
扉を開けた執事は子供達の異様な姿に子供達の名前を呼び悲鳴をあげた
まるで生肉でも食べたかのように真っ赤に手と口元を濡らして立っていたのだ
執事から子供達の名前が聞こえ、夫妻は一晩中心配し続けた我が子に駆け寄った
ようやく一晩さがした子供達の姿を見つけることができたのだ
我が子の無事な姿に安心するも束の間だった
抱きしめた彼らの口に血がついていたことに気付いたのだ
執事と同じように夫妻もまた悲鳴をあげた
そして異様な姿に変りはててしまった我が子にバケモノを見るような視線を向けたのだ
そして夫妻と執事はようやくもう一人いることに気づいた
扉の近くには子供達を連れてきたのだろう少女が立っていた
執事や夫妻の行動に騒ぐわけでも逃げるわけでもなくただ不思議そうに立っていた
真っ赤に染まった髪色をしたオッドアイの少女だった
「迷っていたので家の場所を聞いて連れてきました」
血のように赤く染まった少女の髪があまりにも不気味だった
子供達を引き寄せると夫妻は少女を突き飛ばし扉をしめた
子供達をメイドに預け一安心した夫妻
子供達が綺麗になって帰ってくるのを大使とともに今か今かと待ちわびた
だがなかなか子供達は戻ってこない
とうとう痺れをきらした大使が代わりのメイドに様子を見るように言った
だがそのメイドも戻ってはこなかった
なかなか戻ってこないメイド達に苛立つ大使
とうとう大使は夫妻をつれて自ら子供達がいるであろう浴槽に向った
「いい加減にしろ」と大使が怒りながら浴槽の扉をあけたその瞬間
一同は中の光景をみて息をのんだ
彼らがそこで見たのは血の海とメイドの死体とそして子供達だった
その子供達は入浴のため脱がされた裸のままメイドを食べていた
子供達は見られていることにも気付かず美味しそうに夢中になって食べ続けていた
「バケモノ」
ようやく事態を理解した大使がそう叫ぶ
そしてポケットに入っていた小型のマスケット銃で何度も子供達を撃った
夫妻が子供達を庇うことはなかった
恐怖のあまりただただ大使が子供達を銃で撃つところを呆然と見るばかりだったのだ
大使が何度もマスケット銃で子供達を撃つ
だが子供達はまるでドッジボールでもするように弾をよけて笑いながら走り回っていた
それも大使のもつ弾が尽きるまでの話だった
大使の弾がなくなり撃てなくなると子供達は顔を見合わせる
少しの沈黙の後、子供たちは大使に向かって走ってきた
大使はなんとか子供達から逃げ切った
そしてすぐさま部屋を封鎖した
その日、子供の高笑いの声だけが浴槽に響いていた
その後、日に一度大使はメイドを今も送り続けているという
二人で行かせ一人には必ず鍵を閉めるよう厳しく言い聞かせて
***
「私は子供たちをヴァンパイアにしたあの女を殺してほしい。」
大使館での事件を話し終えると女性はもう一度依頼を繰り返した。
女性の依頼は子供達をヴァンパイアにして連れてきたその赤髪の少女を殺してほしいということだった。
その少女が子供達をヴァンパイアにしたのだと。
そういうのだ。
到底信じられることではなかった。
ヴァンパイアなんて非科学的すぎる。
科学が世間を支配するこの世界でよもや、あろうことか御伽話でも風化しつつあるヴァンパイアという単語を大人から聞くことになるとは思いもしなかった。
だが、これで納得ができた。これは試験ではない。
女性が依頼しているのは、探偵業務ではなくヴァンヘルシングとしての仕事だ。
どこから聞いたかは分からないが、一族の家業を継がなかった俺には一切関係のない依頼だった。
だが「ヴァンパイアなんて存在しません。お引き取りください。」という言葉をどうしてもいうことが出来なかった。
一族と関係ないのであれば即断るべき依頼だ。
だが殺してほしいと依頼されているヴァンパイアと言われている人物の特徴に心当たりがある。
滅多に見ない髪色だ。
それにオッドアイとくれば、そうそう人違いにはならないだろう。
念のためもう一度ヴァンパイアの特徴を尋ねた。
「ヴァンパイアは近くの高校の制服を来ており、色白で赤く染まった髪をしたオッドアイの少女です。」
エドワードが通う書店で最近働きだした子だ。
近くの高校の制服というのだからまず間違いないだろう。
ここまでくるのに何人にこの話をしたかは分からないが、今までヴァンパイアなどという言葉を誰も信じず、誰にも相手にされなかったのが幸いだった。
だが今回ヴァンヘルシングとして依頼されたこの依頼を断れば自分の見知った人間が殺されることになる。
友人でもなければ挨拶程度にしか言葉も交わしたことがない相手だ。
己の信念をまげてまで助ける必要があるのか?
だが自分の知っている人間が今から殺されると分かっていて、無視するなんて人として出来るわけもなかった。
渋々だがこの御伽話のような依頼を受けるしかないようだ。
「わかりました。その依頼私が受けましょう。」
迷った末に答えた。
それは駄目なのだと諦めた依頼人の女性が『バラウル』を出て行こうとした時のことだった。
驚いた女性は勢いよく振り返り、何かを言おうと口を開けたがなにも浮かばなかったようで首を振り頭を下げた。
「あの、本当に?」
頭を下げたもののやはり半信半疑だったようだ。
女性はゆっくりと頭をあげながら念のため聞き違いではなかっただろうかともう一度確認をした。
「えぇ。本当にヴァンパイアであるのなら引き受けましょう。」
エドワードが同じように受けると繰り返す。
人間だったら殺しを引き受けないという意味合いで『ヴァンパイアであるのなら』と協調して依頼を引き受けた。
どうせヴァンパイアであるわけがないのだ。
安堵した女性は再び頭を下げ、前金を扉の手前にあるサイドテーブルに置いた。
「もう少し詳細を」
女性はお金だけを置いて立ち去ろうとしていた。
エドワードは引き留めたが、再びあの真っ赤な傘をさして女性はその言葉を聞くことなく出て行ってしまった。
女性は名前も大使館との関係も、依頼の内容以外は何も語らなかった。
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