第35話 動き始めた政府機関

「あー纏めると、駅で新世 改君にえん罪をかけてしまい、そこから会社へ行こうとしていた。そうだね」

「はい、そうです」

 沙羅は力なくこっくりと頷く。


「そしたら、いつの間にか異世界側にいて、自称魔王という輩に、牢屋へ入れられ、そのなんだ、ゴブリンに酔っている女の子2人の面倒を見させられたと」

「はい、そうです」

 またこっくりと頷く。


「その後、仕事は済んだと、お城から放り出されて放浪。泉を見つけて、そこでエレメンタルに出会い。力を貰った」

「はい、そうです」

 そう言いながら、涙が出始める。


「あーうん。それで、君が異世界側にいる理由を、エレメンタル達が考え、人がいなくなった世界に、人を増やせと考えた」

「そうです。それのおかげで、帰らせてくれなかったんです。なのに、会社の人や友達と思っていた人に言っても、向こうへ行ってくれなくて、その時改君を見つけて、彼を異世界側に連れて行ったのですが……」

 沙羅の言うことを聞いていた警察官。


「その、改君。新世君を連れて行ったのは、君の意思なんだね」

 じっと沙羅を見つめる。

「そうです。皆が相手にしてくれなくて」

 警察官は、軽く頭を振る。


「その時に、本人の意思は確認をしたかね。異世界に行くかどうか?」

「そんなことを言ったら、行ってくれないじゃないですか。エレメンタルに頼んで転移して貰いました。そしたら彼、勝手に……」

 警察官はため息を付く。


「だましてではない。強引という事なら略取。それも異世界側で人間を増やすという事はわいせつ目的。君のやったことは、刑法第225条。懲役1年から10年の立派な犯罪なんだよ」

 そう言われて、沙羅の顔が上がる。


「でもそうしないと、ご飯が食べられなかったし、美味しくない変なウサギの足でも必要だったんです」

 興奮状態の沙羅に、両手を上下させ落ち着けと促す警察官。


「その彼は、今どうなっている?」

「異世界で、エレメンタル達の主になっています。あんなに人の話を聞かなかった彼女達が、まるで子猫みたいに彼に従って。彼って優しくて素敵なんです。優しく愛してくれて。ご飯も私の時と違って普通に美味しかったし。たった一日で、すべてが変わったんです。立派な家まで建てて。……本当に。帰してください。こっちには荷物を取りに来て。それだけなんです。向こうへ帰らないと。やっと見つけた安息の場所なんです」

「あーうん。ちょっと待ってね」

 そう言って、警察官は部屋を出て行く。


 受話器を取り、内線をかける。

〈そう彼女。今回の被疑者。奥村沙羅。色々あった上で、連れ去った相手に依存の兆候がある。精神鑑定、まあ入院させてみよう。話の中に魔王とかエレメンタルとかが出てきて。それを真面目に語っていてね。すまないが手続きを頼む。それと、新世 改。今回の被害者、今、異世界側で、そのエレメンタル達の主として、立ち回っていると語っていてね〉

〈その名前。逆に奥村沙羅誘拐の被疑者として上がっていました。資料は、森下瑠璃巡査部長が持っていますが、本人は今ゴブリンにやられて、発情期に入っていると連絡が来ています〉

〈発情期?〉

〈ええ。目に付く男を襲うそうで。医師の話だと3日もすれば目が覚めるらしいです。明日なら正気になるでしょう〉

〈そうか、じゃあ明日伺う〉


「この目で見ても、まだ信じられん。この世界は一体どうなったんだ? しかし魔王か」


 そう言っていた、彼の元に報告が届く。

 今回は、被害者達の意識がしっかりしていて、助けてくれた人の似顔絵が、奥村沙羅と新世 改だった。幾人かが証言し描いたもので、ほぼ間違いないようだ。


「ゴブリンによる被害者救出後、奥村沙羅を任意同行(にんいどうこう)した。救出のヒロインだったか。すると、新世 改もその場にいたのか、手落ちだな」

 彼を、一緒に連れてきていれば、話は簡単だったのに。



 とある地方の、科学捜査研究所。

「大変です。主査。この服ハサミで切れません」

「なんだ? 騒がしい」

「今回モンスター被害から、救出された被害者が、向こうで助けてくれた人に貰ったらしいのですが、サンプルを取ろうと端を切ろうとしたのですが、ハサミで切れず。タングステンのカミソリでも切れません」

「こんなに薄いのにか?」


 まじまじ、手で取ってみるが、触った感じや色合いがシルクのよう。厚みもドレス程度。

「これ、持ち主は? 預かっているだけなら返さなきゃならんが」

「いえ男性で。もう不要とのことで、頂いたものです」

「なら科学警察研究所にまわせ。新型素材の可能性あり、分析と同定を依頼しろ」


 この貫頭衣。

 警察から、自衛隊。陸上装備研究所辺りまで、広く広がる。そして、さじを投げられる。ただ、デュピオンシルク相当で厚みは19匁相当。この薄さで、7.62x51mm NATO弾相当の弾を完全に防いだ。


 そこから、今まで興味がなかった機関まで、異世界に目が向く。

 ただ、向こうへの、裂け目は不安定。

 それに対する調査が、本格的に始まっていく。


 そして、世の中が騒がしくなる中。改はひょっこりと、大学に顔を出す。

 横に、そらを従えて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る