第12話 教育
「凪紗(なぎさ)さん。お久しぶりです」
インターフォンのカメラに、アップで写る新世君。
すかさず、ケーキなのか、シュークリームなのか、有名店の箱を見せてくる。
「いらっしゃい。万結は、一緒だよね。やっぱり。連絡ぐらいしなさいよ。心配するでしょ」
プンプンと怒っているのは、本来のこの部屋の持ち主。歩坂凪紗さん。23歳。
最初名前を聞いて、まゆとさなぎかと思ったら、なぎさだった。
「良いじゃない。降ってわいた。突然のチャンスだったんだから」
「何があったの?」
「俺が酔っ払っただけです」
「あっらまあ。とうとう。食べられちゃったんだ。どうだった、憧れの新世君のお味は?」
「最高で、絶倫。翌日腰が抜けちゃって、動けなかったの」
「あらまあ。じゃあたまに、私もお願いしようかしら?」
「「えっ」」
万結と2人、声が重なってしまった。
凪紗さんは凄く上品な、大人の女性という感じで、そんな冗談を言うようなタイプじゃなかったから。
「突然、なによ」
「いやねえ、そんなに焦らないで。ちょっと付き合っていた人が、おまえはつまらないって言って、他の女のところへ行っちゃっただけよ。良くある話。別に落ち込んで、慰めてほしいとかは思っていないから。安心して、万結。決して悲しいとか、寂しいとか思って、いない…… から」
そう言って、ボロボロ涙を流し始める。
「それって、いつなの?」
「金曜日」
「あらまあ」
「万結は帰ってこないし。きっと新世君とうまくいって。この世の春を謳歌しているだろうと思って、連絡も控えたの」
そう言って、さめざめとまた、泣き始める。
万結が凪紗さんの頭をなでる。
すると、凪紗さんが万結に抱きつき、泣きながら万結のシャツで涙を拭う。
「あっ。ごめんね」
「まあ良いけど。昨日はどうしていたの?」
「いつもの通り。朝起きて、掃除して。万結が脱ぎ散らかした服やパンツを集めて、洗濯をして。あとはぼーっと、彼との高校時代からの思い出に浸って、何処が悪かったかの反省点をリポートにして、傾向と対策を出してみたの。後は思い出の物を分別して、売れそうな物は出品して、結構忙しかったわよ」
「「おおう」」
「仲いいわね。それでね。会話がつまらないのかなって思って、ちょっと変えてみようかと思って、どうかな?新世君」
「まあ会話が軽い方が、とっつきやすくもなるけれど、イメージという物も在るし。凪紗さんは、やはり軽く微笑んで、うふふな感じが良いと思います」
「そう? 私から見ると、万結の活発なのがうらやましいけれど」
「まあ、気を使わなくて良いから、楽ですけれどね」
「やっぱり、私って重いの? つまらない? ねえ。怒らないから、はっきり言って」
詰め寄られて、顔が間近。
うわドキドキする。姉妹だから、基本は似ているけれど、まつげ長。今すっぴんだよな?
「ちょっと、お姉ちゃん」
万結が凪紗さんを押すものだから、チュッと唇が重なる。
「「「あっ」」」
「何をやっているのよ? 改も避けなさいよ。なんで、見つめ合っているの?」
「新世君。いえ改君。事故とは言え、無かったことにはならない。友達以上恋人未満ね」
「ええまあ。万結と付き合っていますし。義姉にはなるかもですし」
「じゃあ、飲も。リポートこれだけど、対策についてのディスカッションをしましょ」
目の前に置かれた、ルーズリーフ。
タイトルは、『歩坂凪紗。モテるための改造計画』
そこから見えているタブ。インデックス部分には怪しい物が書かれている。
『言葉』『容姿』『体型』『性技・手技』『料理』『精神操作』
「おおう」
思わず声が出た。
「何これ?」
ペラペラと捲りながら、万結が変な顔をしている。
「駄目よこんな。ネットから引っ張ったものまとめても。本人に合うかどうかでしょ。それにこれを実践したら、アッパラパーのヤリマンが1人出来るだけ。やられてぽいよ。目に見えるわ。どっからどう見ても都合のいい女」
「そこまで言わなくても。必死に調べたのに」
「まあ。真面目で他の部分無知だから。良い機会かもしれないけれど。仕方が無い。お姉ちゃんのために一肌脱ぐか」
そこから、出前を取って飲みながら、改造方針と、一般常識についての教育が始まる。珍しく万結が、目的を完全に忘れて。
そこから、万結先生による指導の下。タイプ別の男をさせられる。
女の子って色々細かなところを見ているな? 感心をする。
「だからこのタイプは、根が屑だから相手をしちゃ駄目。一見真面目そうでも、端々で根が出るの」
「凄いけど。万結、このタイプ別。全員付き合ってみたの?」
「友人とか、知り合いレベルね」
なんだか焦りながら、答えを返す万結。
「改君は?」
「改はねえ。とことん周りに興味が無い。屑タイプ」
おおう。何だろう、結構来るぞ。
「ところがだ、中に入って認められると、友人を飛び越えて家族になれる。これはねえ。心配事が少なくて、一緒にいても楽なの。ちょっと寂しいけれどね」
「それって褒められているのか?」
「当然」
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