第40話

 ミスティリーナ侯爵令嬢の処刑前日。

 俺とレイさんは国王主催のパーティーに参加していた。

 単にこれはポーズだった。フィオナと侍女のすり替えを考えているという情報を、レイさんが王家側に流してくれていた。俺たちがパーティーに参加している事が、その計画を諦めたというポーズに他ならない。

 パーティーでは極めて異例な事に、国王自ら俺に話しかけてきた。

 救国の英雄と俺を褒める一方、俺の真意を確かめるのが理由だったのだろう。

 こちらも極めて異例な事に、俺が裁判所から処刑が行われる中央広場までのフィオナの護送を行う事になった。王の視点ではすり替えを諦めた訳だから、処刑されるのはフィオナ。それを一番近くで見届けろという事だった。

 残忍な踏み絵だと思うが、断れる理由が無かった。


 処刑の当日。

 ミスティリーナ侯爵令嬢は実に悠々たる態度で裁判に臨んだ。

 裁判では一切の弁明をすることなく、全てを黙って聞いていた。最後に発言を求められた際は。


「裁判官の皆様には感謝申し上げます。公明で盛大な判決を賜りました。ですが高潔なるミスティリーナ侯爵家の血を引く者として、私は私の行いに一切の後悔はありません。最後にそれだけは申し上げさせて頂きます」


 とだけ高らかに宣言した。

 真実を知らない民衆からは、誹謗中傷や罵声を浴びせられたが。彼女は一切の躊躇なく、毅然とした態度で裁判所を後にし処刑場へと向かった。


 王都でのクーデター騒動から1年が経ったとはいえ、国民の感情は憎悪に燃えている。復興が進んでいるとはいえ、王都にドラゴンを嗾けるなど、許されざる行為をしたものを許せるはずなかったのだ。

 

 中央広場までの道のりは凄惨なものだった。

 罵詈雑言はもちろんの事、石も腐った食べ物も、動物の死骸だって投げ込まれた。

 純白のドレスが瞬く間に汚れ切ったドレスに変わっていく。それでも彼女は毅然とした態度を崩すことなく処刑台へと向かった。

 せめて、と思い洗浄魔法でドレスを綺麗にする。完全とはいかなくても綺麗になったドレスを見て。


「ありがとう」


 その一言だけ彼女は俺に告げた。

 正装だったから、処刑台へと登る階段は俺が彼女に手を貸して登って行った。

 一切の泣き言も弱音も無く、彼女は階段を登っていく。


 処刑台の高台から、群衆を見た時。彼女が何を思ったかは分からない。

 一瞬小さく目を瞑り、何かを囁いた後。彼女は処刑を受け入れた。


「王国万歳!」

「国王陛下万歳!」


 そんな掛け声が群衆から響き、それは大きなうねりとなって。ミスティリーナ侯爵家令嬢の処刑に群衆は熱狂した。

 ただそれも、すぐに熱が引く。

 処刑が行われたのは昼前だから、昼食の準備の為に一人、また一人と広場を去っていき、1時間もしない内に処刑場は閑散とした。

 彼女の遺体は、すぐに荼毘に付される事になった。

 通常貴族の遺体は土葬されるだが、反逆者ということと、女性の遺体を晒す訳にもいかないという判断からだそうだ。


 終わってみればあっという間の出来事だった。

 彼女が、フィオナの代わりに無念や恨み言を言ってくれたなら、また違った感想を思ったのかもしれない。しかし堂々と処刑台までの道を歩き、処刑台の階段を登った彼女はある種美しくも見えた。


 彼女が何を考え、何を思ったかは分からない。

 ただそこには、フィオナの身代わりではなく、もう一人の侯爵家令嬢の姿があった。


 朧げな前世の記憶では、許嫁のフィオナ・フォン・ミスティリーナ侯爵令嬢と婚約破棄をし、各ヒロインの内の誰かと結ばれないと凄惨な未来が待っていた。

 凄惨な未来とは、恐らくあの処刑場に俺も一緒に居たか、またはそれに類するような末路。

 結果として処刑は行われたが、本物のフィオナは王国から追放されることで生き永らえ、俺もレイさんと結ばれたが決してフィオナに悪感情を持っている訳では無い。

 

 ふと思うのは、この結末の断片を知った人や、後世に歴史として残ったモノを見た人の記憶が、何らかの形で向こうの世界に伝わったのではないかいうこと。

 そして伝わった物語の断片はさらに遊戯という形に変えられ、それらしきモノが伝えられただけで、本質的な事は一切削がれてしまったのではないかと。

 誰かの目から見れば、フィオナは悪役令嬢と呼ばれるような悪女だろう。

 学院の生徒ともに反旗を翻し、王国に混乱を齎した張本人なのだから。

 だが、真実を知るものからは全く別の物語に見える。


 勝者が歴史を作る、とか。それらしい言葉は幾つも出てくるけれど。

 真実を知る者の一人として、子爵家の安寧以上のものを願うのならば、俺はいずれこの国に刃を向ける必要があった。


 強く握りしめられていた拳が怒りで震えている。

 その手を、いつの間にか隣に来ていたレイさんが握ってくれていた。

 彼女は何も言わなかったけれど、俺の目をみて一つこくりと首肯をする。


 何年、何十年とかかるか分からない。だが心に静かで強い、青い火が灯った。

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