第39話 本当の覚悟 続
「俺も少し、身の上話をしてもいいかな」
俺の言葉に、こくりと彼女がうなずいてくれる。
「ありがとう」と言葉が漏れ出て、自分を確かめるように言葉が紡がれる。
「俺の育った土地は貧しい土地だったんですよ。その貧しいっていうのも王都に来てから知ったんですが、それまで俺はずっと小さな世界だけで生きていたらしいんですよ」
彼女は黙って、俺の言葉に耳を傾けてくれている。
「知ってのとおり俺には生まれた時から決められた許嫁がいました。綺麗な娘で自分とは全く違う人生を送って来たなっていう娘だったんですよ。そしてその娘に相応しい男にならなくてはいけないと知った時、俺は恐怖しました。新しい世界で生きていかなくてはいけないという事にも、犯し難い美しいモノを一生守っていかなくてはいけない事にも」
自分でも驚くほどに淀みなく、言葉が付いて出る。
前世の記憶、なんてものを排した自分の気持ち。
「だから自分が憧れた荒唐無稽な夢に縋っていたんです。それは逃避ですけど、あの頃の俺には必要な事だった」
脈絡もなく言葉が出てくる。
彼女は静かに耳を傾けてくれている。
「けれどその娘は俺に関わってくるんですよ、避けても避けても。ずっと好意を向けてくるんですよ。そして仕舞いには俺も受け入れ始めて、こんな綺麗な人の隣に居てもいいかもしれないと思いあがっていたんですよ。でも今度は色んな状況が変わってしまった」
今までの事を思い返しながら言葉にしていくと。自分でも整理がされていく。
形が無かった自分の気持ちに輪郭が帯びていく。
一方で、冷静になる脳みそは続きを言葉にすることに警鐘を鳴らす。
「レイさんには本当に感謝しています。でも、それでも俺はフィオナが好きらしいんですよ」
何で俺はこんなことを馬鹿正直に宣っているのだろう。
レイさんを妻に迎えた時にそんな感情は切り捨てたはずだった。
お互いに政略結婚だと分かっていたのに、それでも何とかやってきた。そういう信頼をぶち壊す言葉だった。
そもそも俺の肩にも言動にも、数多の人生の行く末がかかっている。だから気持ちは押し殺してきた筈なのに、レイさんの瞳が真摯で、その言葉が余りにも真剣だから。本音が零れてしまっていた。
言葉にした事で、激情の波が引き頭が急速に冷えていく。
これで俺はこの大切な人を口封じに殺さなくてはいけなくなった。被害を最小限にするように、痴話喧嘩からの乱心という形になるよう、画策しなくてはならない。
自分の覚悟の脆さに、心底反吐が出る。
「……えっと、続きは?」
全てを話し切り、再び沈黙が訪れた時、そうレイさんが続きを促してくる。
「……いえ、これで全部、ですけど」
「……レオがフィオナさんの事を大切に想っていた事はよくわかったよ。でもこれから先は? ずっと彼女だけを想って生きていけるの? 私も失わなくてはならないと考えた時、少しも心は痛まなかった?」
「それは…………」
レイさんの瞳が変わる。真剣な瞳から、俺の隣でいつも向けてくれていた柔和な瞳に。
「レオはさ勘違いしているよ。君はフィオナさんを助ける事が出来なかった。それは悲しくて辛い事だよ。だから一生その苦しみを背負っていかなくちゃいけない、って考えは間違い。それを教訓にして守りたいものは命がけで守る、が正解だよ。君にとって私は守りたいものに入ってる?」
自分の覚悟が揺さぶられている。
ここで彼女を殺しておかないと、自分の大切なものが全て奪われるかもしれない。しかし彼女は秘密を得た事を俺に話す必要は一つもない。それどころかこんな情けない俺に手を差し伸べてくれている。
いつかのフィオナとの別れを思い出す。
王都でクーデターが起きた時、幌馬車から手を差し伸べてくれたフィオナを幻視する。
あの時、彼女ともっと心を通わせていなかった事を呪った。覚悟が出来ていなかった自分を呪った。
今、同じ場面が訪れている。
「レイさんを一番大切に想えるか、分かりませんよ」
「それも勘違いしているんだけどさ。どんなにフィオナさんを想っても、人生が交わる事はもう無い訳でしょ。なら今、一番大切な存在が私でこの先も一番大切な存在が私なら、私はそれでいい」
差し伸ばされた手を、今度はちゃんと掴む。
誰かにこんなに想われるのは幸せな事だった。
「この先、大変なことばかりですが、俺と人生を歩んでくれますか」
今、言うべき言葉ではないことは分かっている。それでも、この気持ちが一欠けらも色褪せない内に伝えておきたいと思った。
一度目の打算からの言葉ではなく、相手にも覚悟を問う言葉。
「あはは。人生で2回もプロポーズされるなんて思ってなかったね。うん、もちろんだよ。地の果てでも地獄でも一緒に歩いてあげる」
雨音はいつの間にか止んでいて、屈託のないレイさんの笑い声が部屋の中に響いていた。
「ねぇ抱きしめておいてよ。何処にもいかないように強くさ」
彼女の言われるままに、その体を抱きしめた。
その温もりも柔らかさも、肌触りも、ずっと知っていたものなのに、初めて触れるもののように、触れ難い気品さと繊細さと愛おしさがあった。
何か特別な事があった訳じゃない。
ただ覚悟の問題として、俺達はただ形式だけ夫婦ではなく、一蓮托生の夫婦となった。
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