第31話 終わらない戦争

 バリエール平原での、侯爵率いる反乱軍と王国軍の初戦は、王国軍の勝利で終わった。

 しかし反乱軍に多大な被害と衝撃を与えるには成功したが、趨勢を喫する程の大戦果とはならなかった。

 各地で侯爵と行動を共にし反乱を起こした貴族の鎮圧が思う様に行かず、その旗色を見て反乱軍に加わるものが居たほどだ。

 そのように内部をまとめきることも出来ず、反乱軍のゲリラ的な活動にも手を焼き、当初、2、3カ月で終焉を迎えると楽観視されていた反乱は1年が経っても鎮圧が出来ておらず、この内戦は泥沼の様相を帯びてきていた。


 この1年間で、俺を取り巻く状況がまた大きく変わっていた。

 バリエール平原での戦いの功績で、俺は伯爵位へ昇爵し、完全に代官任せだが領地も新たに得ていた。

 国王の話では、ブラックウェル伯爵家令嬢であるレイさんを妻に迎え入れた時の約束とこの昇爵と領地の件は違う話、ということだった。俺が為した事はそれだけの功績で、その功績に難癖をつけられる他貴族が居なかったということだった。

 この出世で元子爵領への仕送りは増し、生活が向上していると、先日受け取った手紙には書いてあった。


 自分が成りたかったモノにも居たかった場所にも居ない。けれど、この出世のお陰で俺の周りには喜んでくれる人が多い。

 だから良い事なのだろう。


 この1年、俺はレイさんと共にあらゆる戦場を回った。

 炎魔法はあれ以来一度も使っていない。それでも、俺が戦場に来たというだけで敵が弱腰になり尻尾をまるめて逃げ出す。

 一度籠城戦で、”降伏しなければロートブルグ伯爵が城ごと燃やす”と敵兵に矢文を送った指揮官が居た。その数時間後には無条件降伏をしてくるのだから、俺の威光はすごいらしい。


 それは、反乱軍がドラゴンの召喚を見せ札に使ってくるのとまったく同じことなのだが、誰もそんな事に言及することはない。

 ちなみに王都でのクーデター以来、反乱軍がドラゴンを召喚してきたことはない。召喚するストックが尽きたのか、使っていないだけなのかは分からない。


 そしてこの1年で最も大きく変わってしまったのは、俺が眠る事が出来なくなったことだ。

 正確にはバリエール平原での戦いで炎魔法を使ってしまった日から俺は眠る事が出来なくなった。

 

 眠ると必ず悪夢を見る。炎で焼き殺してしまった敵兵の怨嗟の声と、地獄でもがき苦しむ姿を幻視するのだ。そして前世の記憶も。

 前世の記憶はいつも、俺が自分の家に火を付ける様子だった。家族との想い出らしきものも、自分達が積み重ねてきたものも全て燃やし尽くす中で半狂乱に笑い狂っている自分を見つめる夢を見るのだ。それが本当にあったことなのか、前世の俺の心理が生み出したものかは定かではないが、そんな地獄の光景を毎夜見る。

 だから俺にはレイさんの存在が欠かせなかった。彼女が毎日俺と共に眠り、その水魔法で俺の苦痛を紛らわしてくれるお陰で俺はまだ正気を保てている。眠るのが怖く1週間も徹夜しつい悪夢を見てしまった時は炎を消そうと暴れまわり、眠っていた天幕が俺の水魔法で無茶苦茶になってしまっていた時があった。

 あの時は魔力が枯渇した状態でも魔力行為を無理やり繰り返していたようで、魔力枯渇症という病気を、永久に魔力を失いかねない病を発症しかけるほどだった。


 こんな危険人物を人が集まる王都や領地に戻す訳にはいかず、俺はこの1年俺を戦場に隔離している。

 レイさんには巻き込んでしまった申し訳ない気持ちでいっぱいだが、現状彼女を手放すと遠からず俺は死ぬ。それ故にどうしても彼女を傍に置いておく必要があった。


 今日もある戦場で1日を終えた。


「おかえり。今日はいい茶葉が手に入ったんだ。早速頂いてみようよ」


 天幕に帰るなり、レイさんが甲斐甲斐しくお茶の準備をしてくれている。

 俺たちの新婚生活は、この小さな天幕で終始していた。およそ貴族らしくない生活だ。けれどレイさんはそんな生活に不満を漏らすことはなく、それどころから楽しんでくれている様子すらあった。

 戦場と、彼女の入る天幕との往復の生活だというのに。俺も、居心地の良さを感じていた。


「ありがとう。頂くよ」


 椅子に腰かけ彼女が淹れてくれたお茶を口に運ぶ。

 それは、暖かく、とても芳しい香りが鼻を突き抜けて、芳醇な甘みと微かな渋みが舌を楽しませてくれる味だった。

 どこか懐かしい紅茶。以前、王太后のユリ様の元で頂いたことがある味だった。


「王太后陛下から送られてきたのか?」

「ご名答。すごいね。 そうなんだよね、陛下から陣中見舞いに頂いちゃった」


 そう言ってレイさんが手紙を渡してくる。

 そこにはあの達筆なもので、”従者の話を聞け”とだけ記載されている。

 あの人らしいと苦笑が浮かぶ。


「何々? 面白い事書いてあった?」

「従者から要件を聞けってさ。実に陛下らしくてね」

「へー。レオナルド君は王太后陛下と面識があったんだ。ちょっと意外」

「まぁ昔ちょっとね。届けてくれた従者を呼んでくれないか?」

「了解。少し待っててね」


 レイさんが天幕を出て、供回りの者に声をかけ要件を伝える。

 十分ほども待てば、王太后の使いの人がこの天幕にやってくる。


 俺たちの天幕は、他の兵士用のものから比べれば上等なものだが、移動や持ち運びを考慮した簡易的なものだ。

 天幕内の8畳ほどの空間が寝室でありダイニングでありリビングでもあり、客間でもあった。

 故に、王太后の使いの人とは夫婦揃って出迎える事になる。


 やって来たのは一人の女性だった。

 旅装に身を包み、長旅で少し疲れた印象を受ける顔立ちをしていたが、どこかで見た顔だった。


「……もしかしてアリーさん、ではありませんか? 昔、王都でお会いした」


 あえて侯爵家に仕え、フィオナのメイドだった、という言葉を省くが、彼女は察してくれたようで深く頭を下げてくる。


「私の様なものを覚えて頂いていたとは光栄です。ロートブルグ伯爵閣下」


 まだ正式に跡を継いでいないから、ただのロートブルグ令息なのだが。そんな言い訳はもうまるきり通用しなくて、誰もが俺をロートブルグ伯爵と称する。随分と俺は偉くなってしまったらしい。

 昔、と言ってもたった一度だけだったが。フィオナと共に、子供に言いつけるようにデートに夢中になって羽目を外すなと彼女に諭された事が懐かしい。

 あれから、色んなものが変わってしまっていた。


「貴方。お知り合いの方ならこんな堅苦しい挨拶ではなくお茶でも飲みながら歓談なさっては?」


 レイさんがそう助け船を出してくれて、俺達はテーブルを共に囲み、彼女が温めなおしてくれた紅茶を頂く事になった。

 アリーさんは恐れ多いと恐縮しきりだったが、レイさんの推しの強さに負けて座ってくれていた。

 紅茶を口にした時、彼女がほっと笑顔を浮かべた様子を見て、レイさんが彼女から見えない位置で小さくガッツポーズを浮かべている。

 ひとしきり歓談が終わると、早速本題を切り出す。ほっと緩まっていたアリーさんの表情が、すっと引き締まる。

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