第29話 戦争前夜
友人たちとの別れの挨拶が済み、残った雑務も終わり、間借りしていた部屋の私物も片付け終わると、俺は傭兵たちと共にこの王都を後にした。
国王陛下の旗下の部隊や、名だたる騎士団達は王都でパレードを行い盛大な見送りを受けている。
俺の様な木端貴族には関わりの無い話だった。
ドラゴン殺し、としてパレードに参加するよう打診もあったが、参加したくないと有力者に話を持ちかければ綺麗にその話は立ち消えた。
数十年ぶりの戦争という大イベントに、余計な人気者を作りたくない。そんな心理が働いてくれたのなら、俺にとっては有難い事だった。
侯爵との決戦の舞台は、バリエール平原で行われる事になる。この平原は主要な街道が交差する交通の要衝だった。近くに要塞もあるのだが、攻城戦を嫌い要塞をやり過ごして侯爵領へと向かうと打って出てきた敵軍と遭遇するのがこの平原だということだった。
軍事の事はからきしだが、その見立てで間違いは無さそうだ。
力の無い部隊や雑兵部隊は戦争前の仕事して、この戦場を整備する仕事がある。生い茂った草を刈ったり、地理を調査したり、土地のものを徴発したり。
だが賄賂を積ませて遊軍としての地位を確立した俺達には関係の無いことだった。尻は自分で拭かなくてはならないが、ある程度の自由がある。たかだが200人の部隊が、この戦場で何が出来るとは思わないが。
ここが戦場になる。
今はまだただの平原を見つめながら、そんな感傷的な事を少し思った。
俺たちの舞台は、平原の中心から少し離れた丘に陣を構えた。
陣といっても実態はちょっとしたキャンプ場みたいなもので、戦い慣れた傭兵たちが率先してテントや天幕を組み立てている。そして持ってきた食料や途中で買い付けた食料を使って、宴会が始まっていた。
決して戦場の空気では無いのだが、傭兵たちの陽気さと気楽さには正直助かっていた。
俺達の部隊構成は200人の部隊の内、30名が子爵領出身の若者、100人が傭兵、残り70人が王都で雇入れた戦闘経験の無いアルバイトで構成されている。
俺を含めて戦争経験の無いものは、王都出発の段階から肩ひじを張ってしまっていたのだが、流石戦争に慣れた彼らは平時と戦争時のオンオフがはっきりとしている。人の金で宴会ばかりやりたがり金勘定に頭が痛いのだが、お陰で逃亡兵も無く士気も高かった。
妻として迎えたレイさんから借りた金で戦費を賄っている訳だから、生きて帰っても当分彼女に頭が上がらないのだろうな、と。そんな事を考える余裕があるくらいだった。
兵士たちの喧騒を眺めて、穏やかなため息が零れた時だった。
「ね。値が張ってもベテランの傭兵団を雇ったのは正解だったでしょう」
「ホントに。レイさんには助けてもらいっぱなしですよ……え? レイさん」
「そうレイさんです。えへへ。来ちゃった」
振り返れば居た見知った顔に頭が真っ白になる。
「来ちゃった、じゃないですよ。ここで何してるんですか!? というか何で来たんですか!? これから戦争ですよ」
「だって新婚だっていうのに、私の知らない所で未亡人になるのはちょっと勘弁かなって。死ぬときは一緒だよ」
「可愛く言ってもダメですからね。どこの世界に妻を連れて戦争に来る馬鹿がいるんですか。 いや本当に危ないですから帰ってください」
「でもそう言われてもね。もう街道は本隊で一杯だろうし、か弱い女の身一つで王都まで旅するなんてそっちの方が危険だよ。だからレオナルド君の隣が一番安全な訳」
「…………確信犯ですね。今までどうやってついてきたんです」
「傭兵の部隊に交じって。私の言う事を聞かないとお前らの給料を払わないぞ、っていったら一発だった」
「……貴女のバイタリティは素直に感心しますが、今回は見過ごせないですよ」
「だからさ」
俺の言葉を遮るようにレイさんが言う。簡易的な旅装姿でとても由緒正しきお姫様とは思えない風貌ながら、その声にははっきりとした意思がある。
「ちゃんと私を守ってよ、君がさ。死んでもいいなんてやけっぱちじゃなく、死に物狂いでさ」
その言葉に言い返そうとして、二の句が告げなかった。
言われて初めて気づかされることがある。
死んでもいいと、どこかで思っていたことを。
決して死にたいと思っている訳じゃない。けれど、死んだら死んだで仕方がない。そんな諦観は確かにある。
「まぁ自暴自棄になるのもナーバスになるのも分かるけどね、でも私は君に死んでほしくないんだよ。だから助けに来たんだよ」
「……格好いい所申し訳ないのですが、普通に足手まといですよレイさん」
「大丈夫大丈夫。これでも魔法学には自信があるんだよ。きっと役に立つよ。それに虎の子を持ってきた」
そう言って彼女は懐から何かを取り出す。布に包まれていたそれは、魔晶石だった。
「とんでもないものを持ち込みましたね。良かったんですか?」
「へへ、財産は使う時に使わないとね。私の命と旦那様の命が買えるなら、安いモノだよ」
満面の笑みで、自信たっぷりの笑みで、レイさんが笑っている。
俺には無い、その能天気で行動的で、屈託ない笑顔で人を引き付ける魅力は、少し眩しいモノがあった。
「さぁさ。そんな辛気臭い顔してないで私たちも宴会に混ざろ。何たって私たちのお金で騒いでるんだから」
彼女に手を引かれ、俺たちは英気を養うために騒いで飲んで語らい合った。
きっと皆戦いが怖い。その怖さから目を背ける為ではなく、その怖さに立ち向かうために、この一瞬を大いに楽しんだ。
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