第27話 戦争が始まる 続

 翌日。随分と脳がすっきりとした目覚めだった。

 完全な熟睡だった。

 常在戦場の様な習慣が根付いていたから、完全に意識を失う熟睡はしたことがなかった。特に誰かが傍に居る時は絶対に。


「おはよ。やっと起きたね」


 傍らにレイさんがいて、そう朝の挨拶を交わしてくる。

 思わず目をぎょっと見開いてしまったのは、シーツで隠してはいるが彼女が半裸であること。そして俺も上半身は裸だった。

 羞恥から顔が真っ赤になる。


「おー。朝から初々しい反応だねぇ」

「いや、何言ってるんです。というか裸って、もしかして、俺達」

「ないない。ヤラシイことは何もなかったよ。年頃の男女、それも夫婦なのにって考えると、逆に不健全なのかもしれないけれどね」

「そう、でしたか」

「あからさまにほっとした顔を浮かべない。流石に傷つくぞ。……まぁそういう事は色々片付いてからちゃんとしよう。今は緊急事態だし、お互いにやるべき事があるからね」


 そう言って彼女はベッドから起き上がり、俺の頬にキスを落とし、大きく伸びをしている。何も身に纏っていないその姿に思わず視線のやり場に困る。

 

「それとね。レオナルド君」


 衣擦れの音を立てながら、背後からレイさんがそんな前置きをする。


「君、もう炎魔法は使っちゃだめだよ。ドラゴンと対峙した時は君のその力で助かったけど。その力はちょっと歪すぎる」

「……自分の適性魔法を使って歪も何もないですよ」


 俺も身支度を整えながら彼女に答える。

 炎魔法が歪な力であることは身に染みてよくわかっていた。魔法の基礎理論から考えても、魔力量と効果があまりにも釣り合わない。

 先のドラゴン戦でも、冷静になれば相手の魔晶石を燃料について相手を燃やし尽くす、なんて芸当はデタラメが過ぎた。

 当然、とんでもないリスクがあるはずだった。まだ顕在化していないだけで。しかしその力を使わなければ、ドラゴンを兵器として運用してくる敵に勝てる筈が無いのだ。


「もしかしたら寝ぼけてて覚えてないかもだけど、私の魔法は魔力の発現の補佐だったりちょっとした医療行為に応用できる。私が調べた限り、君の適性は水魔法だよ。炎は何故か使える、というだけ。単に天賦の才なのかもしれないけれど歪なのは間違いない。……あんまり無理しないでって、心配性な妻の本音でもあるけどね」


 身支度が終わったようでレイさんが部屋を出ていく。


「それじゃ私はこれから、夫を戦地に送る婦人の会に出席だから。レオナルド君も無理しないでね」


 そうしてわざとらしい投げキッスが送られ、今度こそ本当に立ち去って行った。

 あざといそんな行為に照れ臭さを感じる。照れくささなんて感じていいのかとも。


 今日は今日で、俺にもやるべきことがあった。

 早速頭を切り替えて、正装を用意するのだった。

 


 王宮という場所は、生涯足を踏み入れる事の無い場所になるはずだった。

 それがもう何度も繰り返し足を運んでいる。

 お陰でこれほど荘厳な建物を前にしても緊張などしなくなってしまっていた。

 今日はとある一室で、侯爵領進軍の会合に出席することになっていた。


 レイさんを妻として迎え、王家に近いブラックウェル家と誼を結んでも我家の扱いは悪い。子爵と侯爵の間柄ながら許嫁であったというイメージが未だに濃い。加えて領地に引きこもり続けていたため、友誼が本当になく、この会合の場でも遠巻きにされている。

 決してぼっちだからではない、と思う。


 この国はもう何十年も戦争を知らない。

 お陰で戦争を行う事が決まっても、即座に行動が出来る部隊はほとんどいない。特に俺たちの様な木端貴族は散々だった。領地の豊かさに応じて供出する兵士の数が決まっているのだが、集めることが出来ない家がほとんどだった。

 更に実際に戦う時は一つの部隊として行動を取らなくてはならないのだが、誰が指揮を執るのか最前線は誰が務めるのか。そんな決まりようのない会議に終始している。


 今は、上からの通達で進軍の日取りが決まった事を伝えられ、どのように移動を行うかが話し合われている。

 1人が200人を供出するとして5人居れば千人の部隊。それだけの数を移動させるとなるとそれだけで大仕事で、食事や寝る場所、他の部隊との兼ね合い、行軍のスピード。もっといえば、魔物除けの魔道具や魔石の手配。ありとあらゆることを決める必要がある。

 戦争のノウハウが無い事がただただ浮彫になる。


 侯爵と行動を共にした一派は、実は王国全土に散らばっている。王家はその全てに軍を差し向けるつもりで、近隣の貴族家が協力して侵攻する事になっている。国土全土で戦闘が展開される訳で、全軍を侯爵領に集中させるべきとも思うが短期決戦で決着をつける腹積もりらしい。

 確かに、侯爵家を除く各領地は連携しなければ非力な一貴族家だ。そういう家がドラゴンを召喚する魔道具を有するとは考えにくいから攻略は比較的容易だろう。

 だから、侯爵領に進軍する事になる俺たちが、もっとも激戦地に向かう事になる。

 

 こんな烏合の衆では、突然ドラゴンと対峙することになったら全滅しかねない。

 そうでなくても、拙い連携は混乱を生むだけで一つの部隊として行動することは夢のまた夢だろう。

 つまりここは泥船だった。


 無意味な会合が終わるまで耐え、その足で軍部へと出向く。役人に俺の金ではない賄賂を渡し将軍との面会をこぎ着け、彼にも賄賂を渡すことで、1部隊の一員としてではなく警戒任務を行う遊軍として配置換えを約束してもらう。

 賄賂でこんなことが出来るのだから、この国は大概腐っている。


 ちなみにここでいう軍とは、王国に所属する部隊、という意味だ。つまりは法服貴族達である。軍を担う彼らは戦争が無い時代は無用の長物だったから誰にも見向きされなかったが、今はここぞとばかりに賄賂を受け取り私腹を肥やしている。


 知れば知るほどにこの国の貴族制は腐っている。

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