第19話 新年度の学院

 王都に戻ってからの俺の日常は様変わりした。

 ドラゴン討伐の功績が大々的に報じられ、多くの貴族や有力者からパーティーや催しの招待状が山の様に届いたが、レグゾールとディリアスをバイトに雇って、その全てに断りを入れ、それでもしつこく送ってくる招待状は燃やしに燃やしている。

 学院内でも、穏やかな時間は無くなった。

 メリーナ領に居たという人や、知り合いや家族が居た、という人からとにかくお礼がしたいと連日行列が出来る様な有様だった。そしてそれを気に食わないという連中からひどいやっかみも受けた。

 前世のセレブはこんな気分だったんだろうか、とどこか引いた目で見てもいるが、そういう生活が連日続くといい加減ストレスが溜まってしまい、教室には通わないことにした。

 人目につかないように気配を殺しながら、図書館で時間を潰す。最初は教師から苦言も呈されたが、国から何か言われたのか現在は黙認されている。

 たかだか、ドラゴンを倒しただけ。それも随分と運任せの不細工な倒し方で。

 でも世間は俺をドラゴン殺し、としか見ない。俺がどれだけ弁解しても謙遜としか受け取らない。

 休暇前と休暇後では違う世界にでもやってきたみたいな気分になる。


「さぼりは良くないと思うよ」


 唐突に話しかけてきたのイルティナ。随分と懐かしく思う。


「久しぶりだな、授業はいいのか?」

「授業中じゃないとレオとは一緒に話せないからね」


 そうして貸し切りの図書館の中、隣の席に彼女は座る。


「なんか大変な事になってるね。 大丈夫?」

「実を言うとちょっと参ってる」

「まぁそうだよね。出来れば注目を浴びずにひっそり生きていたい人だものねレオは」

「ははは、俺の事をよくわかってるのな」

「まぁ、ね。……似た者同士、だからかな」


 読んでいた本をぱたりと閉じる。

 図書館に籠り、魔道具関連の資料を漁っているが、めぼしい資料にはまだ出会えていない。


「時間が経っちゃったけどさ、改めてありがとうね。レオのお陰で生き延びたよ」

「…………どういたしまして」

「でも次からはちゃんと私も連れてってね。もっと強くなるから」

 

 ドラゴンと遭遇した時、俺はイルティナにフィオナ様とレグゾールとディリアスの安全の確保を頼んだ。結果としてそれは最高の選択だった。俺は敵を倒すことが出来たし、彼女たち4人は無事だったのだから。

 けれど、誰かが死なないといけないのなら俺が。

 そういう思いが無かったといえばウソになる。そしてその死出の旅に誰かを付き合わせる訳には行かないとも、思った。


 彼女の瞳は俺を咎めているものではない、けれど強い、強い意思を感じさせるものだった。


「そうだな。次があれば共に戦おう」

「うん。次までにはドラゴンを真っ二つに出来るようにしておくよ」

「ははは、物理的に無理なものは無理だと思うよ」


 何でもない会話。そんなものに安らぎを感じるのだから、最近の俺をとりまく状況に、俺は本当に参っているらしい。

 フィオナ様の婚約者ということで注目の的となっていたころの方が、まだ穏やかだった。


「さて、すっきりしたし私はもう行くかな」

「別に気にする必要なんてなかったのに」

「気にするよ。あれから碌に話をする機会が無かったんだもの。ずっともやもやしていたんだからね。

 そしてそれはフィオナ様も同じだよ。ちゃんと話す機会作りなよ」

「…………」

「何でそんな気まずくなるのか知らないけど、腹割って話したら本当にいい子だったよ。レオが逃げ回っているのが不思議になる位には素敵な子。 忠告はしたからね」

「……ありがとな、イルティナ」

「別に礼はいいよ。 じゃあ、またね」


 イルティナが図書館を後にし、また俺一人になる。

 彼女に言われた通り、フィオナ様と会うのは気まずい状況で、王都に戻り、学院が始まってからも、まだ一度も彼女とは会話が出来ていなかった。

 だが新たに婚約者が増えた等、どのように話せばいいというのだろうか。勿論後回しにすればするほど面倒な状況に追い込まれていることは分かっていたが、それでも何て言えばいいか分からなかった。

 それに、魔晶石を巡ってパワーゲームが水面下で進行し巻き込まれていると半ば確信めいた疑いがあった。そう、疑い。誰があの場にドラゴンを嗾けたのか分からない。あの場にフィオナ様が居たから、国王に近い者、と予想が立つが、侯爵の周りだって十分に怪しい。

 メリーナ領には、侯爵家の人間だけではなく、王家に近い貴族たちも大勢いた。もしもあれが前哨戦でデモンストレーションだとすれば、最大の効果を発揮していただろう。既存の武力では歯が立たたない圧倒的な武力の誇示が出来たのだから。

 完全な杞憂に終わる可能性も十分にある。それでも今は機を見定めるべき時だった。


 入学して早々に魔法学の教師と諍いを起してしまい、結果として彼を退学させることになってしまった。そのため俺は魔法学関係の教師から嫌われており、魔道具に関して問い合わせたくても、まともに取り合ってくれる人がいない。

 お陰で図書館に入り浸り、資料を片っ端から読み進めているのだが、欲しい情報は何一つ得ることが出来ないでいる。

 過去の事を言っても仕方ないが、あれは相手が全面的に悪い。自分のやり方に従わない生徒を冷遇し、人格批判まで行うのはやりすぎだった。相手が絶対に不可能だと言った方法で少し痛い目を見てもらったのは、ほんの些細なことだ。

 

 今日も陽が暮れ、閉館時間まで粘ってみたが結果は何も得れず、図書館を出た時だった。


「や。レオナルド君。お久しぶり」


 出口で待ち構えて俺に声をかけてきた人がいた。女子用の学生服でも、上級貴族が着る様なドレスでもなく、教職員が着る様なスーツを着込んだ女性。俺が面食らっていると彼女は銀縁眼鏡を外しながら笑みを浮かべる。


「これで分かったかな?」

「え? レイさん」

「そう。貴方の婚約者のレイです。えへへ、来ちゃった」

「いやいやいや、来ちゃった、って何ですか。というか卒業したんじゃなかったんですか」

「卒業したんだけど、空席だった魔法学の先生として雇ってもらったの。こう見えても魔法学は本当に得意だったからね。国の研究機関からも声がかかっていたんだよ」


 いつの間にか彼女が俺の傍に居て、逃げられないように腕を取られる。

 彼女の唇が耳元に寄せられる。


「君の力になれるよ私」


 その言葉に驚いてその真意を確かめたく、彼女の眼をまじまじと見てしまう。

 微笑を湛えていた彼女の顔が夕日に染まって赤く見える。


「あんまりまじまじ見られると照れる、かな。 でも、また会えたから仲良くできるといいね」


 その言葉になんと返すべきだろう。これが2度目というのに、主導権を取られっぱなしだった。君の力になれる、とはどういう意味だと問い詰めようとした時だった。


「レオ、様?」


 振り返れば、フィオナ様がいて、俺たちを見ていた。


 何もやましいことは無い。だから言いよどむ必要はなかった。

 けれども口からは、言い訳がましいような言葉にならない、言い淀んだ言葉の残骸しか出てこなかった。

 代わりにレイさんが前に出る。


「はじめまして、フィオナ・フォン・ミスティリーナ様。ブラックウェル伯爵家のレイヴィンと申します。もうお聞き及びと存じますが、私も陛下からレオナルド様との婚約をお許し頂きました。どうぞお見知りおきを」


 恭しく丁寧な挨拶と、非の打ちどころの無いカーテシー。

 本来そう挨拶をされたら、彼女も挨拶を返す必要があるのだが、フィオナ様は何も言わなかった。

 夕日が眩しく目に刺さり、彼女の表情は伺えない。


「この度、学院で魔法学の教師の仕事を拝命しました。フィオナ様は授業を取っておらませんが、学院で顔を合わせる事もありますでしょうから、どうぞ宜しくお願いしますね」


 レイさんがフィオナ様にそう告げた後、彼女はくるりと翻って、俺に言う。


「それじゃレオナルド君。明日はちゃんと授業に出るんだよ。 君の探し物はさ、明日の放課後私が解決してあげるから」


 それだけを告げて、彼女は立ち去ってしまう。

 夕暮れは大分夜の闇の色を強くして、気が付けば魔石灯との街灯が灯り始めている。

 いつかのデートの時のような世界の色だけれども、あの時の様に心が浮つく楽しさはなく、ただただ焦燥だけが全身を塗りつぶしている。

 何か、を喋らなくては行けなくて彼女に話しかけようとするが、こんな時でも言葉がまとまらない。

 代わりに、フィオナ様が口を開く。


「レオ様の事は、どんな大切な事でも、私は人伝てに聞くんですね」


 怒っている訳でも、涙声でもなく、ただ淡々としたフィオナ様の声。

 顔は見ることが出来なくて、彼女の心情は伺え知れない。


「イルティナさんに、レオ様は図書館にいると教えてもらって来てしまったのですが、迷惑でしたか?」

「い、いえ。そんなことは全く」

「そうですか。随分と、親しげな様子でしたね。以前からのお知り合いの方、ですか」

「……いえ。先日初めてお会いして、ほとんど初対面みたいなものです」

「そう、ですか」


「父から、レオ様に新たな結婚相手が出来るかもしれない、と聞いていました。レオ様が為された事はそれほど特別の事で、私だけの人に留めておくことは出来ないって」

「…………」

「ははは……、何が言いたいのかな。ごめんなさい、ちょっと頭が整理出来ていないみたいです。 そうだ、お礼を言いに来たんでした。 助けてくれて有難うございました。無事で居てくれて本当に有難うございました。ダンスに誘ってくれて有難うございました。もう一度ちゃんとそれが言いたかったんです」


 深々と頭を下げてくれるフィオナ様につられて、こちらも頭を下げる。


「今日はこれで失礼しますね」


 そうしてフィオナ様も走り去ってしまった。

 茫然と俺は立ち尽くすだけだった。

 言い訳は幾らでもある。王家からレイさんを婚約者として押し付けられたのは俺のせいじゃない、とか。でも一番は自分の心情に向き合っていないせいだ。

 自分がどうしたいかという事にちゃんと向き合ってこなかった。全部なぁなぁにしていたから、誰にも何かを告げる事は出来ていない。

 だからこうやって人を傷つけるんだ。


 

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