第18話 故郷へ 続々



 実家で過ごす事、3日。爺さんの残した蔵書を漁ってみたり、父に尋ねてみたりもしたが、それらしきものは何も出てこなかった。やはり、何を探しているかが明確ではないと、探し物は困難だった。

 それどころか、暇をしているならと母から雑務に駆り出され、弟たちには遊ぶようにせがまれ、偶然町に戻ってきた叔父たち騎士団の一行からは再会を祝して飲み会に参加させられ、この3日間は散々だった。

 

 ここに居ると、居心地の良さ、みたいなものは感じる。ぬるま湯に浸かっているような心地よさ。でもそれは本のひと時の事。

 ここに居ると、体の奥から湧く熱を持て余す。自分はもっと何かをしなくてはならない、という焦燥感。若者が都会に憧れる羨望とは違う。ここではない、そんな静かな確信がずっと昔から囁いている。


 結局、収穫はなかった。やはりこの土地は枯れた土地で、上級貴族がこぞって狙うようなものは無く、俺の取り越し苦労だった。ドラゴン討伐の金を届けに帰ってこれてよかった。と、自分に言い聞かせる。この旅は、まるきり無駄だったということはない。

 

「明日、学院に戻る事にするよ」


 家族そろっての食事の席で、そう告げる。弟達からは不満の声、母からはもう少しゆっくりしていくようにと引き止められるが、父だけはこくりとうなずく。

 王都に戻るだけで最低1週間。何か面倒ごとがあれば平気で2週間かかってもおかしくない道のり。早いに越した事はなかった。


「ドラゴン討伐の件で社交界から引っ張りだこだろうから、俺の代わりに挨拶を頼むぞ」


 父のそんなのんきなセリフでぴしりと空気が変わる。


「ドラゴン討伐? 何のことです? 貴方? レオナルド?」


 温度の無い母の声。思わず父を睨むとしまった、という分かりやすい顔を浮かべる。

 初日にドラゴン討伐の詳細を話したとき、母たちには俺が居る間この話題は伏せるように念を押して頼んでいたはずだった。父が大怪我して以降、魔物討伐の話題はセンシティブな話題だった。

 

「レオナルド?」

「……フィオナ様に招待されてメリーナ領に行ったんだけど、そこで偶然ドラゴンと遭遇することになって、まぁなんというか何とか討伐できた的な……」

「貴方。知っていたんですか?」

「あぁ、うん、まぁ、な」

「はぁ~~~~。あっきれた、本当に家の男どもは。どうしてそういう大事な話をしないのよ、本当に。大体レオナルド、ちゃんとフィオナ様と進展してるんじゃないの。なんでそういう話を隠すのよ。場合によっては私からお礼のお手紙を送る必要だってあるんですからね。それに貴方。あれだけ夫婦間の隠し事は無しにするって話したではありませんか!」


 こうなると母は止まらない。経験則でそれを知っているから、ダイニングから弟達を退避させ部屋へ戻る。


「ねぇ兄ちゃん、ドラゴンを倒したの?」

「あぁ、まぁな」

「すげー。それじゃあ夢を叶えたんだ」

「夢?」

「うん、兄ちゃん昔、爺ちゃんみたいにドラゴンを倒すのが夢だって言ってたでしょ」

「……そんな事もあったかもな」

「よかったね、兄さん」

「あぁ、ありがとな」

「じゃあやっぱり、魔晶石はキレイだった?」


 弟達の他愛のやり取り、だが何かがひっかった。


「魔晶石?」

「うん。ドラゴンを倒すと魔晶石が手に入るんでしょ? 世界一キレイで世界一高い宝石だって兄ちゃんが言ってたんじゃん」


 何でこんな簡単な事に気付かなかったのだろう。急速に頭の中でパズルが組みあがっていく。

 

 開拓地を5つも増やせる程の価値を持つ宝石。それを手放せば領民の生活を向上させることも、魔物除けの魔道具の購入も、上手くすればトンネルの工事費を捻出出来るかもしれない宝石。それを手放さず領地のために使わなかった理由は何だ。

 魔石の所有権は冒険者と領主にあるのに、魔晶石クラスの高純度の物は国が最優先で買い付ける事になり、実際に俺の手から奪われた理由は何だ。

 魔道具のエネルギーは魔石から抽出される。知識が無い自分でも王宮の謁見の間の魔晶石の塊に恐れおののいた。瞬間移動としか思えない侯爵の移動スピードはおそらく魔道具によるもの。

 反逆罪の適応が増加し没落する貴族の増加。貴族たちのヘイトを集め剣を抜かせるような事態になっても何とか出来る力。

 突然、現れたドラゴン。

 人を瞬間的に動かす魔道具があるのであれば、魔物を瞬間移動させる魔道具も存在するのではないだろうか。


 これはまだ推論に推論を重ねたただの妄想。

 でも組みあがっていくと、これしかないという答えの様にも思える。


 冒険者を夢見た俺は、大型の魔物討伐の情報は積極的に仕入れるようにしていた。

 ドラゴンの討伐なんて滅多にあることじゃない。そもそも魔晶石クラスの魔物の討伐すら、年に数回というレベルの珍事。

 力ある貴族家は魔晶石を観賞用と保有するが、それは本当にごく限られた家だけ。それも観賞用という名目のスペア。大抵は魔物除けの魔道具なんかの制作の為に消費してしまう。

 我が領地は、魔物除けの魔道具が存在しないのは、国王の耳にも届くだろう。

 そして祖父がドラゴンを討伐して以降、魔晶石を使用したという情報は流れていない。


 まだ確証はない。だが、答えの片鱗にたどり着いたかもしれなかった。


 弟達を部屋に避難させた後、屋敷を出て離れへと向かう。

 祖父が晩年過ごした場所。離れというが、ほとんど物置小屋同然の小さな小屋。

 長年、誰も手入れをしていなかったようで小屋の中は埃まみれだった。それを構わず奥へと進む。祖父が亡くなった時、めぼしいものは粗方処分してしまっていたからここには何もない。ただ彼が最後まで手放さなかった武具なんかがクローゼットに押し込められているだけ。

 

 そこに、魔晶石があった。最後に祖父に見せてもらった時から10年経っても、その輝きと魔力は色褪せていなかった。窓から差し込む光に翳してみると、半透明な石のはずなのに、赤や黄色の影を床に落としている。

 祖父がドラゴンを討伐したのはずっとずっと昔の事。

 それでもこの魔晶石は少しも劣化していない。

 曲がりなりにも魔法の理を学び、おそらく世界で一番巨大な魔晶石も見、実際に自分の手で魔晶石を取り出すことも行い、少しは目が肥えたからこの石の価値が分かる。魔法は想像力さえ確かならあらゆることが可能となる。その想像力が乏しくても魔力で不足を補う事が出来る。その力に一種の指向性を持たせることが出来れば、歴史を変える武器にだって成りうる。


 なりふり構わず国がこだわる訳だと得心がいく。

 

 魔晶石という名の戦略資源。それを集めるパワーゲームがずっと昔から始まっていて、俺はそれに巻き込まれている。

 実家に残るこの魔晶石と、単騎で魔晶石を持つ魔物を狩る能力は、随分と高く買われているようだ。

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