第15話 いざ、国王との謁見 続

 国王が大仰に両手を広げると、側近たちのざわめきは止まった。

 宰相の静止をふりきり、かつかつと大理石の階段を音を立てながら国王が近づいてくる。

 慌てて側近たちが片膝を付き、頭を下げる。国王は止まることなく、俺の目の前にまでやってきた。

 間近にすると圧が凄い。

 眼光が鋭く、顔に刻まれたしわは彼が苦難を乗り越えてきた証だった。

 分厚い体は脂肪ではなく、筋肉で出来たもので、携えた剣を振るえば、痛みもなく俺の首を飛ばすことが出来るだろう。治世の王でありながら、乱世を生き延びた古強者のような迫力がこの人にはある。


「俺の縁戚にはなりたくないと申すか?」


 怒気が込められた冷たい声。

 だが怒りだけではない。どこか楽しんでいるような印象も受けるのは、俺の願望だろうか。


「直言を許す。心の内を申してみよ」


 この国の王の目をしっかりと見る。

 その迫力に呑まれないように、言葉を紡ぐ。


「道義の問題です、陛下。 私は既に、ミスティリーナ公爵家のフィオナ嬢との婚姻をお約束しております。これは王家にも認可をいただいている正式な約束です。これを私の一存で反故することはできません」

「……あぁそんな話があったかもしれんな。 だが俺の調べではミスティリーナ家のフィオナとは不仲で有名であると聞くぞ。そもそも侯爵家と子爵家では家格が釣り合わぬ。侯爵へは俺の方から断りを入れてやろう」


 そんな事をすれば侯爵家の顔に泥を塗る形になる、と胃を痛めるのは俺だけなのだろうか。

 案外、子供のころからの許嫁関係なんて解消されてきたのが当たり前、なのかもしれない。国王が直々に断りを入れてくれるのなら、子爵家は最低限の面目は立つ。後は、国王と侯爵家の問題にすり替わる。

 フィオナ様との婚姻が、解消になる。それはずっと望んできたことだった。

 前世の記憶が警鐘を鳴らし続ける、彼女と添い遂げた場合に待っている凄惨な未来を回避することができる。

 そんな風に揺れる心も確かにある。

 しかし目の前の男がどんなに強い権力を持つのだとしても、人生を勝手に決められるのは我慢ならなかった。

 貴族世界、という魑魅魍魎が住まう大時化の漆黒の海を泳ぎ切る自信なんてない。そんな苦難を、子爵家を継ぐ者に被せる事に申し訳なさはある。

 けれどもシンプルに考えれば、この提案は、王国の忠実な駒になれ、という問いだ。

 使い潰される、未来しか待っていないこの提案に乗る訳にはいかなかった。

 どちらも地獄ではあるのだろうけれども。


「……陛下。それでもお断りさせて頂くしかありません」

「俺の命には従えぬと申すか」

「そうではありません。確かにミスティリーナ侯爵家との婚姻は家格を無視した無茶な約束です。ですがそれは私への身に余る期待であると自負しております。実際、幸運な巡り合わせとはいえドラゴンを屠る栄誉を賜り、陛下にも直々にお会いする機会をえました。……フィオナ嬢から袖にされたのならば兎も角、陛下のご厚意に縋り婚約を破棄したとあれば、私の沽券にかかわります」


 苦し紛れだが、問題をすり替える。国王の勅令にも等しき命令に従えないのは、忠誠を誓えないからではなく、男としての矜持ゆえと。

 本来、そんなものが通用する場所ではない。だが、それくらいしか俺に手段は無い。


 謁見の間に沈黙が広がる。

 国王の表情は見れない。だが、宰相や側近達もそれは同じ。誰もが固唾を呑んで国王の答えを待った。

 豪快な、笑い声が轟く。


「ぐわっははははは。そうか、そうであるか。男の沽券にかかわるか。それはまぁ何よりも大事なものであるな。ぐわははは、だがそうか男の沽券か。若いとは眩しいな。それとも英雄とはかくあるべきなのかもな」


 国王の笑い声が謁見の間に広がり、遅れて宰相や側近達も笑いだす。国王はバシバシと俺の背中と肩を強く叩く。跡が残るほどに強く叩かれているが、先ほどまでの剣呑な雰囲気は一気に四散した。

 ひとしきり叩き終え、満足したのか、国王は涙を拭いながら俺に言う。


「気に入ったぞ、レオナルド。やはり俺の見立てに間違いは無かった」


 そして言葉を続ける。


「興が乗ったとはいえ、すまなかったな。だが、俺はますますお前が欲しくなった。それに吐いた唾を呑むとなれば俺の沽券にかかわる。レイヴィンと婚約せよ」

「っ、それでは話が――――」


 国王が眼前に掌を突きつけてきて、俺の言葉を止める。


「何もミスティリーナ侯爵家のフィオナ嬢との婚約を破棄せよ、とは言わぬ。レイヴィンも娶ればいい。力ある貴族が複数妻を娶る等珍しい話ではない。子爵家が侯爵と伯爵の娘を共に妻にする等は聞いたことがないがな。どちらを正妻とするかは学院の卒業までに答えを出せ。それにレイヴィンを正妻とすれば陞爵するという約束も守ってやる。

 レオナルドよ、俺もお前には多大な期待を寄せている。励めよ」


 最後に王が言葉を紡いだ時、彼の眼には俺を試すような嗜虐心も、生意気な小僧の言葉に笑みを浮かべた好奇心もなく、ただ為政者としての決定を告げる、有無を言えぬ迫力があった。

 彼の言葉に宰相も側近も何も言葉を紡がず、俺もただ頭を垂れ、返事をするしかなかった。


 謁見の間を後にし、王宮を出て、ようやく頭が少し現実感を取り戻してくる。

 婚約者が一人いるだけでも持て余しているのに、二人目が出来てしまった。

 学院の寮に戻った時、頭を抱える事しか出来なかった。

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