第14話 いざ、国王との謁見

 頭の、整理が付かないままに謁見の間にまで辿り着いてしまった。

 自身の覚悟を決める間もなく、扉が開け放たれ、頭が真っ白のまま国王との謁見に望まなくてはならなくなった。


 謁見の間は圧巻だった。ここに来るまでの回廊も壮麗だったが、その比にならない程にこの空間は美しかった。

 天井は高く、白く磨き上げられた石材の壁には、細かなレリーフが細かく刻まれて、ステンドグラスの窓から差し込んだ夕日がそのレリーフを色とりどりに染めていた。床材は黒い大理石で自然のままに刻まれたひび割れの上に白く筋があってそれがまた暗雲に雷が走ったかのように鮮やかで、所々に古代の生物の化石が残り、太古の息吹を感じさせる空間だった。

 そしての空間の奥に居るのが、この国の国王。四十半ばと聞いていたが、目はぎらぎらと照り、油で撫でつけられたはずの髪は四方に跳ねた乱れ髪で、苛烈な印象を与えた。

 何よりも目を引いたのが、その王の奥に鎮座する巨大な魔晶石の塊だった。一体どんな魔物を狩ればこんな魔晶石が手に入るのか、もしもこれを魔法の触媒とすれば、大地を引き裂き海を割る事すら造作も無いほどに、強烈な魔力を誇っていた。


「ごほん」


 この空間に圧倒されていると、扉を守護する儀仗兵が前に進むよう咳払いをして促してきた。

 慌てて黒い大理石の上に敷かれた赤い絨毯の上を進み、事前に教えられた通り王国の紋章が刻まれた場所の手前で片膝を付き頭を垂れる。


「ロートブルグ子爵家長子、レオナルド・フォン・ロートブルグよ。此度のドラゴン討伐大義である、表を上げよ」

「はっ」

 

 国王の号令に従い、下げていた頭を上げる。

 謁見の間には俺と国王の他、王の座る階段上の玉座の傍に宰相と思わしき人物が一人、傍らでハルバートを持つ護衛が2人居る。階段下では赤い絨毯の両脇にそれぞれ10人ずつが直立不動で立っている。国王の側近達だ。

 この国の中枢を担う人間たちの眼が、一斉に俺に向いている。


 懐から献上する目録を記載した紙を取り出し、片膝を付いた状態で恭しく掲げる。


「私が討伐いたしましたドラゴンについて、国王陛下に献上したく仕ります」


 事前に教えられた通り、そう奏上する。

 俺が掲げた目録を、側近の一人が受け取りに来る。彼は自分の場所に戻ると律儀にもそこに記載された目録を読み上げ始める。

 実に面倒な儀礼だが、こういう段取りを踏むことこそが権威の象徴なのだろう。と思う。ドラゴンの素材を献上したという形を取っているが、褒美として金銭が下賜される。国への売買を仰々しくしただけなのだが、こういう厳かな場所で、伝統にのっとった式次第で進められると、誇らしい気分も湧いては来る。

 そして側近の人が全て読み上げ、献上した俺の名前と、連名で記載されているミスティリーナ侯爵の名前を読み上げて、側近達が少し騒めく。

 国王はその騒めきを意に介することなく、大きな声で告げる。


「全て受け取った。子爵よ、改めて大義であった」

「はっ」


 ここまでで儀礼は終わり。後は下がってよい、という号令があれば退室しても良いのだが、この王様は謁見の場で様々な質問を投げかけてくる。ここからはアドリブ力が求められる。


「しかしグリーンドラゴンとはいえ、ドラゴン種をたった一人で屠るとはな。それもまだ学院生の若者が。我が国は安泰であるな」

「……お褒めの言葉ありがとうございます」

「それに其方は、ロートブルグであったな。英雄の孫もまた英雄という訳か。羨ましい限りであるな」

「……はっ」


 事前に教えられた段取りでは、王様が何かを言ってきた場合、側近の者が話したときは黙っており、側近が何も喋らなければ返事をするように、と教わっていた。問題ないと思うが、ここまで彼らが無反応だと少し緊張が募る。

 

「のぅ、子爵。いやまだ継ぐ前であったな、レオナルドよ」

「はっ」

「俺は優秀な人間が好きだ。お前には特別に褒美をやろう。望むものを申してみよ」


 そんな王様の物言いに側近たちが騒めきだして何かを口々に言う。この時は何も話さなくてよいはずだ、と。事前に教えられた段取りを思い返す。


「静かにせよ! 功をあげたものに褒美を送るのが俺の政だ! レオナルドよ、申してみよ」


 王様の一喝で、側近たちが黙ってしまう。彼らの表情を見る限り、これは王のご乱心という訳では無さそうで、彼らは平然としている。よくある事なのだろう。

 だが困った。相場も何も分からない。そもそもここで褒美をねだってもいいのかどうかも分からない。一度断りを入れるのがマナーとかだったりしたらどうしよう。

 しかし何時までも黙っている訳には行かない。意を決して言葉を発する。


「恐れながら突然の事ゆえ何も思い浮かびません。お許しをいただければ、吟味し後日お願い出来ればと思います」


 とっさに出てきたにしては良い返答だったのではなかろうか。


「ならぬ。今、浮かんだものを申せ」


 駄目だったらしい。いやでも欲しいモノを言え、って言われても中々難しい。

 侯爵家との婚姻の破棄。が一瞬思い浮かぶがそれは間違いなく悪手だ。穏便とは程遠い幕切れだ。

 だが他に何を俺は欲しいのだろうか。答えは出ない。


「無い、と申すか。 では俺が見立ててやろう」


 国王を見ると彼はにやりと口角を上げている。傍らの宰相は真顔のままだった。


「お前には領地をやろう。丁度アストラ領を召し上げる事になってな。そこをお前にやろう」


 領地を召し上げる事になった。嫌な予感が走る。

 レイさんとの会話が思い返される。

 反逆罪の裁判の沙汰待ち、この手の来客が多くて皆が参っている。そんな他愛のなかったはずのやり取り。

 短絡的な帰結かもしれないが、あの控室の誰かが没落した、という事なのだろう。

 そうであれば想像以上に厄介な状況だった。

 貴族の矜持は先祖代々の土地を有すること。それを己の裁量で召し上げ、臣下に下賜出来る様な強権の王は、間違いなくこの国の秩序に亀裂を入れる存在だろう。それは、この国の貴族制に疑問を抱く俺にとっては有難い話なのかもしれないが、今はまだ、俺にとっては厄介ごとにしかならない。

 そもそも縁も所縁もない土地の領主になった所で、領民が納得しないだろう。そしてそれを黙らせるほどの才覚も家臣団も、我家は持たない。

 

「アストラ領を納める者が子爵では格好が付かぬな。よし、正式にロートブルグ家を継いだ暁には伯爵へと陞爵を約束してやろう。お前の働き次第で更に出世させてやろうぞ」


 甘い言葉だ。あまりにも過大評価、と思うが、普通ならこんな夢物語に飛びつかない筈が無いだろう。だがこれは毒だ。空手形に踊らせて落ちぶれた人間を、前世の俺は知っている。それに旨い話にはいつだって裏があるものだ。


「陛下。少しよろしいでしょうか」


 今までだんまりを決め込んでいた宰相が口を挟む。

 先ほどまで雄弁に語っていた国王が、ぎょろりとその目を傍らの宰相に向ける。


「領地も陞爵も、レオナルド程の英雄には相応しい褒賞でしょう。しかし彼はまだ学院生の身。あまりにも若すぎると、王の差配に苦言を呈す貴族も生まれましょう。レオナルドを無用な苦境に立たせるのは、陛下の本意ではありますまい」

「理はあるがな、宰相よ。力を示し国に尽くすものにふさわしい褒美をやるのが、俺の政だ。ならばどのような褒美がふさわしいと申すのだ」


 芝居がかかった2人の口調。段取りが決められていたのだろう、淀みなく話は進み、領地や陞爵といった餌でつりながらほどほどの褒賞で納得させる。そういう演目。

 それでも。絵空事と分かっていても、子爵階級の人間が出世しようと考えたならば、国王に気に入られるしかない。使い捨てにされることが分かっていても食らいつくしか術がない。

 こうして幾つもの貴族が、この王に食い物にされていったのだろうなと、どこか遠くから見ているような視点で思う。

 さて、ここからが本題だ。


「いずれ伯爵となり、この国の基幹となる領地を任せる人間には、ふさわしき妻が必要でしょう。どうでしょう。陛下の近縁の者との婚約をお許しになられては。血族となれば陛下がレオナルドを重用することに誰も苦言を呈すこともないでしょう」

「名案だな。聞いていたなレオナルドよ、お前にはブラックウェル伯爵家の娘、レイヴィンとの婚約を許そう」


 国王の、最上段からの不遜な物言いに、一瞬頭が真っ白になる。

 同時にかちりと何かがかみ合った気もする。

 このタイミングでレイヴィンという名前が挙がるのなら、レイヴィン・フォン・ブラックウェルという俺の婚約相手にされた人物はレイさんで、疑う余地は無かった。

 彼女が誰かに命じられたのか、それとも自分の意志だったのかは分からないけれど。俺に接触を図ったのはこうなる事を知っていたからなのだろう。

 貴族世界という所は本当にままならないと思う。


「ブラックウェル伯爵家であれば、十分に俺の縁戚であると言えるし、レイヴィンはお前よりも年上だが、なかなか美しい娘だ。じきに伯爵へと陞爵するのだから、家格としても釣り合おう」


 国王の声は頭に入ってこない。

 ブラックウェル家と言えば、貴族の中でも名家として有名な一族だ。祖先は時の国王の弟で、長らく公爵を名乗っていたが近年スキャンダルにより降爵され伯爵家となった。王家に何人も伴侶を送り出し、王家からも何人も婿が送り出されてきた歴史を持つ、生粋の名家だった。

 醜聞を加味しても普通の子爵家なら、この話に飛びつかない訳がない。

 でも俺の場合は事情が違う。この話はどうあっても流さなくてはならない。

 レイさんについて個人的な感情は関係なく、侯爵家との婚姻ですら解消を望む俺にとっては、この話は受ける訳にはいかなかった。


「レオナルド殿、返事をされよ」


 側近の方が小声でそう促してくる。もう時間は無い。大きく息を吐きだす。


「恐れながら陛下、このお話お断りさせていただきます」


 だが覚悟を決めて、自分の想いを吐き出すことにした。

 側近たちがどよめき、国王はにたにたと笑いを浮かべているが、構うものか。

 何もかも思い通りになるとは思うなよ。



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