第11話 戦いが明けて

 ドラゴンとの戦いに辛くも生き延びた。疲れから丸一日眠りこけていたらしく、目を覚ますとベッドの上で、立ち代わり入れ替わり様々な人間がやってきて、称賛したり、心配したり、様々な言葉をかけてきた。

 特にイルティナには驚かされた。部屋に入ってきたなりわんわんと泣かれてしまった。彼女からしてみれば、俺が死を覚悟して殿を務めたものと思っている訳だ。

 死ぬ気が無かったと言えば嘘になるが、死んでやるつもりはなかった。だから彼女との温度差に少し驚いてしまったが、自然と頭を撫でてやるくらいには余裕があった。

 そしてフィオナ様からは、こっちが恐縮するほど謝罪と感謝をされた。ドラゴンが出現したという事で街は騒然とし,貴族間の確執を問わず討伐隊が急遽組織される筈だった、ということも聞かされた。そして市民には何の被害も無かったことを繰り返し感謝された。

 生きていてくれて、助けてくれて嬉しいという事を、手を強く握りしめて伝えてくれた。


 目を覚ましてからの事がどこか朧気で、他人事の様に感じられる。およそ現実味がない無い夢を見ているような気分だ。

 その原因はおそらく薬のせいだった。

 戦いの最中は全く気付かなったが、肋骨は何本も折れ、左肩の肩甲骨も折っており、左足については複雑骨折しているという有様だった。

 五体満足ではあるので、霊薬なんてものは必要としないが、かなり貴重な回復薬が無いと短期間では治らない。侯爵家の計らいで貴重な回復薬を投与して頂いているのだが、自然治癒ではなく無理やり直すので、非常に痛みを伴う。それを緩和するために魔薬を、つまりは前世で言う所のメタンフェタミンのようなものを一緒に摂取する。

 お陰で痛みを感じずに済んでいる。医者の話では3日もすれば動けるようになるらしい。

 それだけでも凄いと思うが、かつての冒険者は千切れた腕を直すような薬を常飲し戦っていたのだから恐れ入る。生き残っても、冒険者には悲惨な末路が多いのはこの辺りも関係しているのかもしれなかった。


 一人の時間がやってきて、頭はまだぼんやりとしているが、それでも幾らか思考は回る。

 まず思うのはドラゴンの解体について。これは俺自身が携わりたかったが、既に冒険者ギルドとも連携して専門家が解体を行っているという事だった。俺が歩けるようになる頃には粗方終わっている事だろう。

 ドラゴン肉を味わってみたいなんて欲求も思う。

 次に頭に浮かぶのは、やはり戦い方の反省について。突発的な出来事だったからある程度は仕方がないとはいえ、敵が幼体でなければ死んでいるのは俺の方だった。だから戦い方は見直さなければならない。

 早急に思いつくのは罠の存在。やはり厄介なのは俊敏に動き回るスピードだから、それを止める為にトラばさみでも鎖弾でも、相手を拘束する手段を確保するべきかもしれない。

 そして剣技の強化と強力な武器を手に入れる必要もある。イルティナに稽古をつけてもらい、それなりに剣捌きは上達したと思うがドラゴンにはほとんど通用しなかった。これは更なる修練を積む必要がある。

 武器についてはしばらくは棚上げだろう。ミスリル制の武器は驚くほど値段が張るし、ドラゴン狩りに使える武器なんてものは俺のような貧乏貴族では手が届かない。狩った魔物の素材から武器を作る事も可能ではあるが、結局加工賃を考えると現実的ではない。それに消耗品である武器は、可能な限りコストパフォーマンスに優れたものであるべきだ。

 だから、というべきか、やはり、というべきか。出来れば目を逸らしたいが喫緊に強化を図るのであれば、魔法の強化について目を瞑る事は出来ないのだろう。

 

 古には、千や万を相手にする魔法使いが居たらしいが、今では10人を相手にすることが出来れば一流とされている。俺にはその10すら相手にする力が無い。というよりも、そういった力を求めてこなかった。

 

 魔法の行使や威力の高め方には様々な方法がある。剣術の流派のように、様々な考え方が存在する。

 魔法の肝は想像力だ。極端な話、想像力さえ詳細であれば誰でも魔法の行使が可能である。だがこれは感覚的な素養に非常に左右され、何故かそれが出来る天才たちが行う手法で技術とは認められていない。

 

 一般的には呪文の詠唱が基本とされている。これはイメージによる魔法の行使をもう少し技術的に行う手法で、例えば”炎よ、我敵を焼き尽くせ”という呪文(詠唱)と自分のイメージを紐づけるやり方だ。これを反復で訓練を繰り返し、この呪文を唱えればそのイメージが湧く、という認識を身体に植え付けるのだ。故に詠唱自体は何でもいい。ただ言葉にも意味合いがあった方がイメージの強化に繋がるため、詠唱法についても様々な研究、考え方が存在する。それに声に出せば、音にも魔力を込めやすく、イメージが曖昧でも魔力がその不足を補ってくれる。

 そのため、詠唱による魔法の訓練の他、魔法を行使する際に流し込む魔力量を一定にする訓練が一般的な方法だった。

 他にも魔力の流れを補佐する魔法陣の使用や、血や魔石といった触媒を活用し魔力の流れを補強し魔法の行使を行いやすくなる、といった方法も考えられるが、これは専門的、あるいは限定的な手法であり、基本的には呪文、詠唱、といった言葉で形にするやり方が一般的だ。

 そのため、気の遠くなるような程の訓練を積めば、千を焼き尽くす魔法を行使する事はある程度の魔力の持ち主ならば可能である。だが俺の場合は、魔物を狩る事に特化した力を求めてきた為、出来るだけ俊敏に発動できる魔法を求めてきた。

 

 俺が最も扱いやすいのは水弾。これは精製した水を打ち出す、といったシンプルなものだが、前世のウォータージェット等の記憶もあり、強力な魔法として行使できている。しかしこれではドラゴンを倒せなかった。


 今まで目を背けてきたが、炎の魔法についていい加減向き合うべき時が来たのかもしれない。


 俺と炎の魔法は相性がいい。相性が良すぎる、といってもいいくらいだ。本来魔法は自分の想像以上の事は起こせない。それどころか保有魔力や魔力の練り方、様々な要因で想像よりも劣る魔力行使に終わるのが常識だ。

 だが、俺の炎だけは逆。イメージに過剰に反応し魔法が顕現される。今はある程度の制御は可能になったが、マッチ程度の火を顕現しようとして火柱が起きるなんてこともザラだった。

 使いこなせない力程危険なものはない。丁寧に魔力を込め、詠唱を意識する事である程度の制御は可能になったが、それでも先のドラゴン戦での炎は、俺の想像を超えた魔力行使だった。

 そもそも魔力が空っ穴の状態から絞り出したあの程度の極少の魔力で、あれだけの魔法が行使できるのがありえない。

 

 掌の上に炎を顕現させる。手慰みのようなものだがその炎の形を変えて、本の小さな魔力を込めた炎の珠を弄ぶ。

 炎は破壊力が凄いが維持が難しい魔法だ。そもそも何を消費して燃焼しているか分からない。空気中の酸素や水から取り出した水素というモノを燃焼させた場合、爆鳴気なるモノとして爆発を起こす。だが何も加えず、炎を消す事さえしなければこうして掌の上で炎は燃え続けている。

 そんなことはあり得ない、と。目の前で告げられ、怪物を見るような眼で見られたこともあった。

 でも実際に俺はそれを出来てしまう。

 この世界において、前世の記憶だけでなく、自分が異物なのだという事をやはり思い知らされる。


 テラテラと、部屋を照らす暖かな掌の上の炎を眺めながら、思考は最後の違和感について考察を始める。

 それは、何故あんな所にドラゴンが居たのか。ということ。

 成体の形をしていながら、まるで生物としての経験が足りない幼子のような生物。それがドラゴンという生物だ、と言われればそれまでだが、そんな生物が存在するとは考えにくい。

 まるで、本当に突然その場に現れたような。そんな不自然な生き物のように感じられる。


「見事な魔法だね。レオナルド」


 部屋に誰かが来たことに全く気付けなかった。慌てて、炎を消し臨戦態勢を取る。といっても、体は満身創痍でマトモに動かないし、武器も手元にはない。加えて炎を見つめていたせいで、視界が全く効かない。

 冷汗が、たらりと頬を伝う。


「そんなに警戒しないでくれたまえ。 久しぶりだね」


 持っていたランプに火を灯し、こちらに近づいてくる男性は、一度会った事がある人だった。学院に入学する前に、ご挨拶に伺った方。あの時もすごく若々しい、と思っていたが、実年齢と外見が全く釣り合わない端正な顔立ちのその人はミスティリーナ侯爵その人だった。

 慌てて居住まいを正す。


「お久しぶりです。侯爵閣下。このような格好で大変申し訳ありません」

「あぁいいよいいよ。こっちが突然来たんだし、それに君は我々を救ってくれた英雄だ。本来私がかしずくべき所だなんだよ。何より君は私の義理の息子だ。お義父さん、と呼ぶべきではないかね」

「……ははは、相変わらずですね。閣下」

「君もね。レオナルド。 大けがを負っている中申し訳ないけれど、少し話をさせてもらってもいいかな」

「勿論です」


 そして侯爵がサイドテーブルにランプを置き、椅子に腰かける。俺もお言葉に甘えてベッドに寝そべった状態で彼と相対する。


「まずはメリーナ領を救ってくれてありがとう。君の挺身のお陰で多くの民の命が救われた。本当に感謝するよ」

「頭は上げてください、閣下。 私はただその場に居合わせただけです」

「だからこそだよ。君があの場に居てくれた事こそに感謝したい。 娘を救ってくれて、本当にありがとう」

「……本当に頭を上げてください」


 ここには俺と閣下しか居ない。だからこそ、彼は俺に会いに来たのだろうし、その言葉にも嘘偽りが無いのは分かる。

 しかし大人に、自分の人生の何倍も生きてきた人にこうして頭を下げられるのはむず痒かった。


「それにしても随分早い登場でしたね。王都にいらっしゃったと聞いていましたが」

「あぁ、緊急事態だったからね。知らせを聞いてすぐに来たのさ」


 王都からメリーナ領まで早馬でも丸1日はかかる。ドラゴンの出現の報を聞いてすぐにやって来たにしても勘定が合わない。やはり侯爵ともなると、出回る事のない強力な魔法具を幾つも所有しているのだろう。

 それこそ瞬間移動を可能にするようなモノがあったとしても何も不思議ではない。

 雑談を振ったかいがあり、侯爵は頭を上げてくれていた。


「そしてね。君には聞いておきたかったんだが、フィオナとの仲は進展しているのかい?」

「……わざわざそんな事を聞きに来たのではないでしょう?」

「いやいや。本当に大切な事なんだよ」


 声音は真剣なもので、淡いランプの光に照らされる表情も真面目なもので。貴族世界を生き抜いてきた百戦錬磨の彼には、娘であるフィオナ様以上に誤魔化しは通用しないのだろう。


「大変過分なお引き立てですが、やはり荷が勝ちすぎます。 フィオナ様と俺では、何もかもが違いすぎます」

「……娘からは濁された返事ばかりを聞いていたが、君はまだそんな事を言っているのか。 私の娘がそんなに不満かね」

「不満なんてある訳がないですよ。閣下がおられるから言う訳ではないのですが、本当に素晴らしい方ですよ、フィオナ様は。 ならば俺でなくても幾らでも良縁があるでしょう。 ロートブルグ家に拘る理由が分かりません」

「…………」

 

 薬がまだ効いているせいか、それとも閣下と俺という二人きりであるせいか。本来なら対面する事すら適わない人物に、装うことなく本音を伝えている。

 ドラゴン退治の功績で、すぐに子爵家を潰すような事は無いと思うが、冷静になれば危険な綱渡りをしている。

 閣下は穏やかな風貌ながら、目だけは真剣にこっちに向けている。値踏みされているような緊張感と沈黙が続く。


「それでも、娘は君を好いているのだよ」

「理由になっていませんよ」

「……そう邪険にせず、大切にしてやってはくれないか」


 閣下の真意は分からなかった。この人はやはりフィオナ様の父親であるだけあって、そこに佇むだけで襟を正さざるを得ないような雰囲気を持つ。良い意味で貴族らしい人だ。娘の事を本当に思っているのだろうが、何の打算もなく娘の気持ちを優先するような甘い人間ではないことは、一目で分かる。

 8割がた考えすぎなだけだろうが、ロートブルグ家に、俺に知らない何かがあるのかもしれない。


「まぁ貴族の務めとはいえ、子供の時から結婚する人間が決まっていて、人生が決められているっていう事が良い気分ではないというのは良くわかるよ。 それでも、頼むよ。いざという時は助けてやってくれ。命がけで助けてくれた君に念押しするのも無粋な話だけれどもさ」


 本当に考えすぎだったのかもしれない。閣下の眼の奥には、娘を想う父親の慈愛のような物が感じられた。もちろんそれだけではないのだろうが、彼が急遽本領ではない領地に来た理由は娘を思っての行動だったのかもしれない。戦場にいたという事まで知らなくても、ドラゴンが出現したと聞けば街の壊滅は覚悟するものだ。そこに居た人の安否は、諦めざるを得ないものだ。


 俺はフィオナ様との婚約を、出来る限り穏便に解消しなくてはならない。それなのに、その真摯な目を背ける事は出来なかった。


「出来る範囲で、やってみますよ」

「ありがとう。今はそれだけでも十分だ」


 閣下が笑みを浮かべる。子供の様に朗らかに笑う人だった。その笑顔はフィオナ様が微笑みではなく笑ってくれた時とそっくりで、2人が親子なのだということを改めて思わされた。

 そして、かちりと音がするくらい素早く、素に戻るところなんかも。


「それでだ、レオナルド。ここからが本題なんだがね。君が単騎でドラゴンを倒した報せは国王にも届いている。大変だと思うがケガが治り次第、王都に戻ってもらう事になった」

「えぇっと、フィオナ様から誘われて王太后陛下のパーティーに参加しないといけないのですが。後、まだダンジョンにも潜っていないのですが」

「申し訳ないがこちらが最優先だ。諦めたまえ。 それと忌々しい話だが、君が倒したドラゴンは、国が買い取ることになる。魔晶石についてもな」


 一瞬、何を言われたかのか分からなかった。

 この国では魔物は狩った人間に所有権がある。しかし同時に税としてその一部を領主に納める義務も発生する。大抵の場合、冒険者ギルドが仲介を行う。ただし今回の場合は冒険者ギルドを通さず直接領主である侯爵閣下に雇われているような格好の為、俺と閣下で分け合うことになるはずだった。

 もちろんドラゴン等という大物を狩る事になるとは思っても居なかったから、現金が手に入る事は素直に嬉しくはある。だがそういったルールを飛び越えて国が介入してくることには、やはり不信感のようなものが湧いてくる。

 これは完全な偏見だが、国の役人連中は平気な顔で国家に貢献できた事こそが名誉、なんてことを言ってくるに違いない。そもそもわざわざ王都にまで行かなければならない理由もよく分からない。

 そんな釈然としていない様子が閣下にも伝わったのか、彼は言葉を続ける。


「10年ほ前だったか、魔石の取扱いについて法が変えられてね。魔晶石クラスの魔石は全て国が最優先で買い付ける事になった。こればかりは私でもどうしようもない。

 それにおめでとう、ドラゴンを一人で狩った英雄となればまず間違いなく国王と謁見することになるだろう。」


 薬の性だろう。後頭部を思いきり殴られたみたいに頭が痛くなってきた。

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