第2話 冒険者を共に目指す友人について

 剣術の時間。俺は雑念を振り払うように素振りに没頭していた。


 立て続けに剣を振り続けるのはしんどい。もっと効率的な訓練があることも分かっているが、メンタルを鍛えるには最も適した訓練だと勝手に俺は思っている。

 何も考えず、ただ為すように為し、在る様に在る。ただただ目の前に没頭する癖をつけるのだ。

 そうして授業のほとんどを只管素振りに没頭し、流石に腕が上がらなくなり校庭の隅で息を整えている時だった。


「あいっかわらず無茶苦茶やってるのね。 フィオナ様との事もう噂になってるよ」


 声をかけてきた女学生の名前はイルティナ。平民出身の友人で数少ない冒険者を志す同志だった。彼女がタオルを渡してきてくれてそれを受け取る。


「何の話?」

「カフェテリアでの話。 フィオナ様を冷たくあしらったって噂だよー。 学院の敵として武勇伝がまた出来ちゃったね」

「……皆は何でそう他人の事に一生懸命なんだろう」

「他人事じゃないからでしょ。 曲がりなりにも自分の国の指導層の話なんだし」

「……フィオナ様はそうでも俺はそうじゃない」

「そんな理屈通用しないから困ってるんでしょ。 ロートブルグ子爵はとんでもない機密を握っているか、とんでもない人脈を持ってるって、皆勘ぐってるよ。侯爵家のお姫様をどんな手段で手に入れたんだって。 平民の私でも子爵様と侯爵様の婚姻なんて夢物語の出来事と思っていたんだし」

「……夢物語だよ」

 

 この国で、貴族の階級の違いは絶対の不文律だった。

 侯爵と伯爵、伯爵と子爵では、親と子以上に、身分も権力も経済力も異なる。

 

 子爵以上の階級は遡れば必ず”建国記”に行きつく。建国記は王国黎明時の歴史をまとめたもので、数多の貴族家がこの建国記に登場する。つまり子爵以上の階級は建国時に王と共に活躍した一族の末裔という訳だ。

 逆に男爵以下は建国以後に叙勲されてきた歴史を持つ。著しい活躍をした者が貴族家に取り込まれる事はあっても家自体が男爵以上になった歴史は無い。

 そのため貴族という言葉を子爵以上の階級と考える貴族は未だに多く居る。伯爵や侯爵といった建国記に大活躍したと記される家は多大な領地を許され今日に至っている。しかし建国記に名前があるだけのような一族は皆子爵家でそのほとんどが狭小な領地を持つだけの名ばかり貴族だ。

 新興の男爵や王国に仕える官僚の方が余程贅沢な暮らしをしている有様だ。

 

 そんな外面と中身が乖離した歪な身分制度を未だにこの国は維持している。故に子爵家と侯爵家の婚姻など、貴族同士の婚姻だからと無理を通した、実態が伴わない無茶苦茶が過ぎる話なのだった。

 ましてや一人娘が子爵家へ降嫁するなど、建国以来初めての出来事なのだった。


「でもさ歴史の節目の主役に抜擢された、って見方も出来る訳でしょ? どうなの? 主演のレオナルドさん」

「勘弁してくれよ。体のいい道化な訳だろ。踊り狂って無様に死ぬだけだよ」

「悲観的だよねレオはほんとに。人生楽しまなきゃ損よ?」

「この状況を楽しめるのは馬鹿か余程のナルシストだよ」


 素振りで荒れていた息が整ってくる。

 イルティナとの会話は気兼ねする必要が無くて楽で助かる。


「ふふ。まぁ私はレオが貴族を辞めてくれたら嬉しいけどね。

 さてもう息は整った? そろそろ勝負といかない?」

「あぁ稽古をつけてもらうよ」

「ふふ。コテンパンにしてあげるわ。 かかってらっしゃい」

 

 イルティナは贔屓目なしに剣の天才だった。細剣を自在に操る見事な技術も、攻撃の組み立て方も、視界から消え続けるように動く立ち回りも、この学院で彼女に比肩するものは誰も居なかった。俺も人並み以上には出来ると自負があったが、彼女との出会いがそんな自信を粉々に砕いた。

 魔法が有りならばやりようはある。しかし魔法を使わず彼女に勝てた事はまだ一度もない。

 教師に技量を認められた者はこの時間を自由に研鑽に励めるのだが、これ程の差があっても彼女は俺とばかり剣を交える。真意は知らないが俺にとっては有難い話だった。


「それそれ。大分足運びがずれてきてるよ」

「くっ」

「だめだめ、そんな苦し紛れが通用する訳ないじゃん」


 意気込みよく挑んでも実力差が埋まる訳が無い。数合も打ち合えばあっという間に体制を崩され、そして体を転ばせられてしまう。

 馬乗りに乗られ体の自由を奪われた後に、木剣が喉元にあてがわれる。

 

「はいチェックメイト。また私の勝ちだね」

「……負けました」

「ふふ。はいよろしい。 レオは大分動きが様になってきたよ。でも魔法使いな訳でしょ? あんまりがっつりやってもメリット少ないんじゃないの」


 俺の体から降り、準備運動が終わったとでも言いたげに大きく伸びをするイルティナ。


「それでも、強くなりたいんだ」

「そ。 ならいいけど。 でもさ、私にコテンパンにやられた後に 『強くなりたいんだ』 なんて言われても君負けちゃってるじゃん、女の子に」

「茶化すなよ。 絶対に一本取ってやる」

「何億年先の話だろうね。 1年くらい縮めるのは手伝ってあげよう。さぁさぁ2本目を始めるよ」


 結局、2本目も3本目も5本目も、10本目も。俺は一太刀も入れられずに彼女に倒されて終わった。負けるたびに修正して挑む。その度に強くなれている筈と思いたいのだが、イルティナとの差は一向に埋まらない。それほどの距離が彼女との間にある。

 無駄な動きが多いせいか、息を切らし汗を滝のように流し地面に寝転んでいる俺に対し、イルティナは涼しい顔で地面に座っている。こんなことでも力の差を思い知らされてしまう。


「いやーでも平和だねぇ」

「……俺は負けを叩きこまれて心中穏やかじゃないんだがな」

「でもそれも風物詩じゃん。お約束みたいなもんじゃない。 レオがまだ私に勝てる訳が無い」

「……すっごい悔しいけど言い返せない」

「ふふ。でもさこういうの本当に幸せだよね。剣はどうしたって命を奪う道具じゃん。純粋に剣の腕を磨くことを楽しめるのは今だけなんだろうなぁ」

「…………そういう考え方もあるのかもな」

「ふふ。そうだよ。

 そういえばさ、聞いたこと無かったけど、レオはなんで冒険者になりたいの? 魔物を殺して悦に入りたいだなんて快楽殺人鬼的なヤバイ奴じゃないでしょ君は?」

「え? 何? 冒険者ってそういう印象なの?」

「ちがうちがう。 貴族っていう、特権階級を捨ててまで成りたいものなんでしょ? 私の場合は生きるための手段だからさ。純粋に理由が知りたいだけ」

 

 本当なら誰にも話したくない。口にすると途端に無価値なものになってしまいそうで今まで誰にも話した事がなかった。けれど理由がどうあれ同じ冒険者を目指すイルティナなら話してもいいかもしれないと思った。

 若しくはずっと、誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。

 

「……子供のころさ、爺さんに見せてもらった魔石の結晶があるんだけど、それがすげーキレイだったんだよ。

 光を通すと半透明な影を作って、時々赤だったり黄色だったりの影を落とすんだ。そして爺さんがさこの魔石の持ち主の龍を仕留めた時の武勇伝を話すんだけど、そっちは全然興味なくてさ。 俺はずっと石の美しさとその価値に見惚れてた」

 

「お爺さんはあの『龍殺し』の異名を持つ人だったよね。普通はその武勇伝に憧れるんじゃないの?」

 

「あぁ、薄情な事にな。本当にその話はどうでも良くてさ。この魔石がどれだけ価値があるかの話に興味がいったんだ。 爺さんの話だから眉唾だけど、その魔石を使えば、開拓地を5個も増やせるんだってさ。

 魔石のほとんどは小さい欠片だから都市や街道の魔物除けに使われるだろ? 魔石は何もしなくても消耗するから長期保存が出来ない。でも結晶と呼ばれる程大きく純度が濃いものは長く運用できる。そんな希少品はほとんどが貴族の観賞用だったり魔道具の材料にされてしまうんだけど。 そういう価値あるものを自分の手で手に入れたいんだ」

「なるほどね。 貴族になっちゃうとそんな危険は冒せないものね」

「子供が考えた現実味の無い話だけどな」

「でもやるんだ」

 

「まぁ、な。 本当に現実味の無い話だけどさ、けど爺さんみたいに冒険者として活躍したらそういうデカい事の一端を担えるかもしれないだろ? それは多分、飽きる事のない人生だと思うんだよな」

「……やっぱりお爺さんに憧れてるんだね」

「どうだろうな。あのジジイのせいでこんな迷惑を被っているのも事実だし。 それに単に貴族の生活は堅苦しそうで嫌だって思いも強いんだ。あとは自分の足で色んな所に行けるってのは冒険者の最大の魅力だよな」

 

 俺の最後の言葉に真剣な顔もちで聞き入ってくれていたイルティナにぱっと笑みがさす。

 

「それはすっごいわかる。 知らない場所に行って知らない人と出会って、自分が想像もしなかった景色を見る。楽しいことばかりじゃ無いんだろうけどさ、そんな風に自由に、何処までも行ってみたいよね」

「冒険者としての、本当の憧れだよなそれは」

「だよね。 うぅーやっぱレオとは話合うな。 ねぇねぇ霊山の頂きにさ、本当に世界樹の若木があると思う?」

「『カルツ一代騒動記』のネタだよな。 皆は物語だっていうけど、実は信じてる」

「だよねだよねだよね! 私もさ王国だけじゃなくて帝国にも、獣人国にも行ってみたくってさ!」 

 

 思いがけず幼いころに読んだ物語の感想会になり、荒唐無稽なまだ見ぬ世界を語り合う事になった。

 幼少期に誰もが夢見る冒険譚。しかしそれは絵空事だと知っていく。当の冒険者たちですらそんな夢は忘れて、目の前の現実を生きている。そんなものを未だに信じる自分が馬鹿だって事はよく分かっている。

 けれど、楽しかった。相手の話も手に取るようにわかり、自分の話に嬉々とした答えが返ってくる。それは自分がここに居てもいいと思えるような心地よさで、嬉しかった。

 授業が終わるまでずっと、そんな話に花を咲かせるのだった。

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