7時間目「鬼、人間をカフェデートに誘う」
その人間は、突然やってきた。
「モリノ……です。人間です。よろしくお願いします」
たどたどしく頭を下げる姿に、一瞬息が止まった。それから、抱いたことの無い感情が心に湧き上がってきた。
この感情に名前を付けるとすれば、即ち──
「かわいい」
「……え? 急にどうしたの、アンジュ」
唐突な発言に、隣でお菓子を食べているカラオが不思議そうな目で私を見た。
今は昼休みの教室。いつも一緒に昼食を食べているモリノは、今日はいない。多分、キョンシー姉妹か何かにどこかへ連れて行かれたんだろう。無事だと良いのだが。
「だから、その…… かわいいと思うんだよ」
「何が? 新作のプリ機?」
「なんだよ、そのプリキってのは。そうじゃなくて、だから……」
「んぁ? 何? アンジュにしては歯切れ悪いなぁ」
カラオが長い耳を私の口に寄せてきた。
モリノを一目見てから、不思議な気持ちが私の中にある。これがどういうモノなのか知りたくて、誰かに相談する機会をずっと伺っていた。
今日がそのチャンスの日だろう。……思い切って、言ってみる。
「だからぁ、その……かわいいと、思うんだよ。……モリノが!」
かなりの小声だが、思い切って相談する。思った通り恥ずかしくて、元々赤い肌が更に赤くなった気がする。
カラオは数秒間真顔で沈黙したあと、大きい声で言った。
「……マジでぇ!? モリノちゃん!?」
「シーっ! こ、声が大きいぞ!」
慌ててカラオの口を抑える。周りを見渡すが、幸いにも誰にも聞かれていなかったようだ。
「むがが! えっ、本当の本当に? モリノちゃんのこと、す、好きになっちゃったの!?」
「だから、声が大きいって! い、いいか? 好きじゃない。ただ、かわいいって思っただけだ」
「やだぁアンジュ、顔真っ赤! かわいーッ!」
ぷーくすくすとほっぺを膨らましてカラオが笑っている。顔が赤くなっていることを自覚すると、更に顔が熱くなってくる。ああ、恥ずかしい。
「す、好きってのは、その…… くっついたり、キ……キスしたりしたいってことだろ? なんつーか、そういうのじゃないんだ」
恥ずかしさを誤魔化すために、頭を掻きながら話す。自分の気持ちを素直に表現することが、こんなに恥ずかしいとは思わなかった。
カラオは私の気持ちなど知らずにお菓子をつまみながら、ニヤニヤと楽しそうだ。
「へぇ〜? じゃあなんなの〜?」
「どっちかっつーと、うーん…… 頭撫でたいとか、守ってやりたいとか…… そういう感じか?」
「そういう感情もトクベツな『好き』だと思うよ〜? アタシもモリノちゃんのことは好きだけど、頭ナデナデしたいって思ったことないもん」
「そうなのか……?」
経験したことの無い感情に頭を抱え、机に突っ伏した。『好き』とはいえ、やっぱり巷で言うところの『好き』では無いと思う。ただ隣に居て欲しいとか、笑ってる顔が見たいとか……そんな感じだ。
「わ、私はこういうのがよくわからなくてな……。カラオは好きな先輩がいるんだろ? だから、相談してみたんだ……」
「なるほどねー。じゃあ、かわいいアンジュちゃんにアタシが協力してあげようじゃないか!」
笑顔でお菓子をひとつ差し出されたので、そのままカラオの手から食べる。サクサク食感のしょっぱいポテトのお菓子。
「好きかどうかは置いといてさ、アンジュはモリノちゃんと一緒に過ごしたいんだよね?」
「まあ、そうだ。一緒に出かけたりとかしたいな……」
「じゃあ、それだよ! 一緒に出かければいいんだよ。何も難しくないじゃん」
「何回か誘おうとは思ったんだが、いざ誘おうとすると、は、恥ずかしくて……」
サクサク音を立てながらカラオがお菓子を食べ進めている。普段人とあまり遊ばないからか、声のかけ方がいまいちよくわからないでいる。
「大丈夫だよ、アタシも作戦立てるからさ! 名付けて、モリノちゃんとの距離を縮めちゃおう大作戦!」
……本当にカラオに相談して良かったんだろうか……?
***
次の日からデート計画が始まった。
『デート』をする為には、3つのステップが必要らしい。
その1、デート相手の好みを知ること。その2、デートの計画を立てること。その3、相手をデートに誘うこと。
まずは、モリノの好みを知ることが必要だ。
「アタシたち、モリノちゃんと仲良いけどモリノちゃんの好きな物とかあんまり知らないかも? 休みの日とか何してるんだろ」
「そうだな……。これはモリノに直接聞いた方が早いだろうな」
「じゃあ、サクッと聞いてこ! や〜ん、皆と恋バナする日が来るなんて!」
昼休みに集まった時に、カラオが自然な流れでモリノの好みの話にしてくれた。机を寄せ集め、お弁当を広げて食べている。
「そういえば、モリノちゃんって好きな物とか場所とかあるの?」
「えっ? そうだなぁ……甘い物とか好きかな? お菓子とか、ケーキとか!」
ケーキが好きなのか。今度、クッキーでも作ったら喜んでくれるだろうか……。
「へえ~、女の子らしいじゃん! ケーキ屋さんとかよく行くの?」
「ケーキ屋さんじゃないんだけど、近所に美味しいケーキのカフェがあってね。そこに行ったりはするかなぁ」
「そうなんだ! カフェに行くなんてオシャレだねぇ。アンジュはカフェとか行くの?」
「へ? わ、私か?」
緊張しながらモリノの言葉に耳を傾けていたところ、急に話を振られてドキッと心臓が跳ねる。カラオは大きな目を何度も瞬きさせ、私にアイコンタクトを送っている。
「え、えっと…… そうだな。近所に良い感じの古民家カフェができてな。そこに行ったりはするかな……」
最近通っているカフェがあるのは本当だ。これは運が良い。
デートのことを考えると恥ずかしくなり、ぼそぼそとした言い方になってしまったが、幸いにもモリノは食いついてくれた。
「アンジュさんもカフェ行くんだね! 古民家カフェ、私も行ってみたいなあ〜」
その言葉を聞いて、デート初心者の私でもピンと来た。今が誘うチャンス!カラオも机の下でこっそりと私の脇腹を小突いている。
「ああ、えっと! その……こ、古民家カフェ、私の近所にあって、たまに行くんだが……」
「うん? その話、さっきも聞いたよ! 近所にあるんでしょ?」
「そ、そうだったな! そうだったよな……」
ああ、緊張しすぎて上手く喋ることが出来ない。モリノも困惑した顔で私を見ている。
一緒に行こう、それだけ言えばいい。
「その、えーっと……」
「どうしたの? アンジュさん、なんかいつもより顔赤いよ?」
穏やかに、いつも通りに。ずれた眼鏡をかけなおし、真っ直ぐモリノの顔を見た。
「い、一緒に行こう! その……古民家カフェ!」
思ったよりも大きな声になってしまった。カラオも固唾を飲んで見守ってくれている。
モリノはビックリしたような顔をしたが、すぐにふにゃっと笑顔を浮かべ、笑顔で言ってくれた。
「うん、いいよ! 私もアンジュさんとお出かけしてみたかったんだ」
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