6時間目「テレビ頭と幽霊と私②」
ミルカと中庭へ向かう途中でも、『取材』と称した雑談をした。
「へぇ、じゃあ一人で引っ越してきたんか?」
「そうだねー。大変だけど、一人暮らしも慣れると楽しいよ」
「一人暮らしかぁ、全然想像できひんな。モリノちゃんが嫌じゃなかったら、今度遊びに行ってもええ?」
「もちろん! でも、おやつかご飯の差し入れを持ってきてね? なんてね」
「なんや、意外と現金なとこあるな!」
第一印象はかなり変な子だと思っていたけど、話してみるとラフな空気感が心地いい。特徴的な関西弁にも慣れてきた。
あと、テレビ頭の画面に出る記号が感情的でわかりやすくて、ミルカの性格に似合っていてかわいい。
「──と、どの辺にしようかな…… あ、あっこのベンチでええか」
ミルカが指さした先に、木漏れ日に包まれたベンチがあった。取材、もとい雑談にはちょうどいいだろう。
ベンチに座って一息吐く。ミルカはポケットから手のひらサイズのメモ帳とペンを取り出し、私に向き直った。
「んじゃ、早速やけど取材を始めさせてもらうね! まずは……」
***
「──で、初めて空を飛んだの! あれは本当に感動したなぁ」
「ふむふむ、グライドバスケを始めて見るっちゅー感覚はウチら人外にはわからんなぁ。こりゃ面白い記事が書けそうやね」
「そう? 役に立ててるようで良かった」
学校生活で慣れてきたつもりだったけど、やっぱり人間の感覚は人外には新鮮なようで、思ったよりも『取材』は充実したものとなった。
日も傾いてきた頃、休むことなくペンを走らせていたミルカもやっとペンを膝に置いた。
「いや~、すっかり話し込んでしもたな! こないな時間までありがとうな」
「ううん! 私も色んな話ができて楽しかったよ」
「さて、それじゃ解散…… の前に、取材に協力してくれたモリノちゃんにおもろい話をしたるわ」
ミルカはメモ帳とペンをポケットにしまうと、テレビの画面に一つの建物の画像を映し出した。心なしか、薄暗い。
「ウチの頭の画面に映っとる建物、何かわかる?」
「え? ……
「せや、ウチの学校やな。……実はな、この学校には一つの噂があるんや」
ミルカがおどろおどしい口調で話し始めた。まさか、怖い話だったりしないよね……?
「ウチの高校ができたのはめっちゃ昔なんや。改装工事があったから綺麗には見えるけどな。……モリノちゃん、なんで改装工事が行われたかは知っとるか?」
「いや……? 老朽化とかじゃないの……?」
「うんうん、
ミルカの画面は、今度は校庭を映し出した。あ、これ、たぶん怖い話だ。
「今の校庭はな、昔は無かったんや。今でこそ綺麗で広~いお庭やけど、改装前は草ボーボー、砂利だらけ。……そこにな、使われてへん古井戸があったんやと」
「へぇ……?」
「ま、危ないからって立ち入り禁止やったらしいで? ……そんなある日、一人の女子生徒が古井戸に興味を持ってしもたんや」
「なんで興味持っちゃうの! 危ないでしょ!」
「なんで興味持ったのかはわからへんけど、とにかく古井戸に近づく生徒がいたんや。真っ暗な闇に惹かれてもたんやろか……」
今度は、コケが張り付いた古い井戸がミルカの画面に映し出された。
日が沈んできて肌寒くなったのか、それとも不気味な雰囲気のせいなのか、背中にゾクゾクと悪寒が走る。
「その女子生徒は真っ暗な井戸を覗き込んだ。その瞬間── 足が滑って、その生徒は井戸の底へと落っこちてしもた……」
「……」
何も言えず、ごくりと唾を飲み込んだ。
「学校側は、この事故を無いものにしようとした。……もう、わかるやろ?」
「だから改装を……?」
「そう。改装工事で、古井戸なんて初めから無かったことにしようとした。……しかし、改装工事をしてから、おかしな噂が立ち始めたんや。誰もいないはずの校庭から助けを呼ぶ声がする、とか、人影を見た、とか……」
ミルカの頭に映っていた画像が、ぐにゃりと歪んでいく。背中を冷たい汗が伝う。
「ウチはな、
「……ミ、ミルカは見たことあるの? その人影は……」
「見たことは無いけど、声を聞ぃたことはある。今日みたいに薄暗い日に外を歩いてた時やったかな……」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 怖くなってきちゃった……!」
思わずミルカの腕を掴む。私はホラーはあまり得意ではないのだ。
「校庭の方から聞こえてきたんよ、助けを求める声が。……モリノちゃん、聞こえるか? ほら、助けて、助けてーって……」
「ね、ねぇ! ちょっと、本当に怖くなってきちゃったから……!」
もう帰ろう、と言おうとミルカの顔を見た。
いつの間にかミルカの顔は砂嵐になっており、サーッとホワイトノイズが聞こえる。
「み、ミルカ……?」
──どこからか、かすかな声が聞こえる。物悲し気な声。
あたりを見回すも、人影はない。
「……けて……た……」
「ヒッ!? ま、待って、本当に……!?」
まさか、ただの怪談でしょ? 自分に言い聞かせるも、声はだんだんと大きくなってくる。
「……すけて……助けて……!」
「やだ、怖い……! ミルカ、動いてよぉっ!」
涙目になりながらミルカの画面を見た。
砂嵐の画面がプツンと途切れ、真っ暗になった。
「ミルカ……? どうし──」
突然ミルカの画面から青白い腕が伸びて、私の腕を掴んだ。
「助けてェェエエ!!!!」
「──ッギャアアアアアァァァァァアアア!!!!」
***
次の日。私は新聞部の部室でミルカに詰め寄っていた。ミルカは申し訳なさそうに床に正座している。
「いやぁ、そないにビックリするとはウチも思っとれへんかってん…」
「あのねぇ! 本当に怖かったんだからね!? イタズラでもやっていいことと悪いことがあるでしょ!?」
「いやでも、テレビ頭の中では使い古されたドッキリやで? バナナの皮で滑るくらいの……」
「言い訳しなーい! もう、怖いのは禁止! わかった!?」
怒鳴りつけられているミルカの隣に、これまた申し訳なさそうな顔をしている人外が一人。
青白い肌に骨のように細い体。真っ黒の長い髪に、ぼんやりと発光している白いワンピース。腰あたりまである長い前髪で、顔の左半分を隠している。
「あのぉ…… ちょっと、やりすぎましたかねぇ? すみません……」
このか細い声は、あの時、「助けて……」と言っていた声だ。
「……このドッキリの計画立てたのはどっち?」
細い子はチラリとミルカを見ると、そっと指さした。
「お前かーーー!!」
「悪かったって言うてるやろ! もうやれへんし! な、サヤコ?」
サヤコと呼ばれた子は、コクコクと頷いた。
「あ…… わ、私はサヤコと申します…… 俗に言う幽霊、オバケなどと言われるやつです……」
「幽霊はなんでかわからへんけど、画面の中から出てこられるんや。それを利用したドッキリやったっちゅーわけやな」
「そんなドヤ顔で言うなーーー!!」
次の週に、『人間、テレビ頭ドッキリに絶叫!? ベタなネタでも大ウケ!』という見出しの新聞が学校に張り出された。
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