3時間目「運動部」
意気揚々と始めた部活動見学。人間は気を付けた方がいいと忠告をされたものの、一発目でとんでもないものを見せられてしまった。いまだに心臓がドキドキしているが、ワクワクの気持ちもあると思う。
「ねえ、他の運動部も見てみよ! 隣のコートでバスケやってるっぽいよ!」
夢中になって見学をしていると、カラオが袖を引っ張ってきた。隣のコートに目を向けると、生徒たちがバスケットボールを追いかけて、コートの中を走っている。
全身が滑らかなウロコで覆われた生徒がバスケットボールをキャッチすると、生徒たちの間を器用に駆け抜けた。姿勢を低くしてスルスルと移動する姿は、さながら蛇のよう。
ゴールの下まで来ると、そのままゴールに向かってボールを放った。
「シュートッ! 入るか!?」
入りかけたボールはリングの淵にぶつかり、鈍い音を立てて零れ落ちてしまった。が、まだ高いところにあるボールを下から飛び出した何かがキャッチした。
「リバウンドは任せてーっ!」
周りの生徒に比べてかなり小柄な子が高くジャンプして、ボールをキャッチしたようだ。そのまま、ボールをリングに叩きつける。ダンクシュートだ。
「すごーい! 超かっこいいじゃん!」
カラオが興奮して声を上げると、ゴールを決めた子がこちらに気づいたのか、満面の笑みでダブルピースポーズをしてくれた。もふもふのベージュ色の毛皮に短い尻尾、頭には大きな長い耳。手のひらにはピンクの肉球も見える。さっきの跳躍力も併せて考えると、ウサギの子だろうか?
「すごいね……! あの子、たぶんウサギだよね? さすがのジャンプ力だなぁ」
「そうだねぇ、種族によって得意なこととか結構あるよ! アタシは特に何もできないけどさ~…… あ、あれはダンス部かな?」
体育館の奥でテンポよく踊っている生徒たちがいる。大きな尻尾を揺らしたり、意思を持つように動く髪を広げたりと、人間にはできない表現を使ってのびのびと踊っている。まるで異世界に来たみたいだ。
その時、頭の上を大きな影が通り過ぎた。
見上げると、両手が翼になっている生徒が空を飛んでいる。ハーピーだ!
「えっ!? な、何!? 空飛んでるし!」
「あれはグライドバスケかな? ほら、あの人がボール持ってる」
カラオが指をさした先には、背中から立派な翼を生やした人が空を飛んでいた。まるで天使のような風貌だが、本人は必死の形相を浮かべている。よく見ると、羽飾りが付いた派手な色のボールを抱えている。
「グライドバスケって?」
「ああ、人間はできないスポーツなのか。グライドバスケは空でやるバスケのこと! 細かいルールなんかは違うけどね。あのボールを取り合って、ゴールに入れた方に点数が入るの」
頭上を飛んでいたハーピーが、ボールに向かってスピードを出して飛んでいき、天使が身構えた。ハーピーがボールを奪おうと足を伸ばした瞬間、横から大きな影──鳥の人外が飛んできて、天使の手からボールを奪った。
「あぁっ!」「もーらい! 空のフィジカルで鳥に勝てる奴はいないよ!」
鳥の人は長い爪の足でボールをしっかりと掴むと、ゴールネットにボールを投げ入れた。ゴールに装飾された鈴が揺れ、音を立てた。
「あーもう! ずるいってばぁ!」「油断してた方が悪いのさ!」
「鳥系の種族もかっこいいよね~! 背中に乗って空のデートとかした〜い!」
カラオが両手を組んで空を仰いでいる。確かに、大きな翼を広げて空を飛ぶ姿は力強く、それと同時にとても綺麗だ。私も乗ってみたいなあ、なんて……。
「あーあ、やっぱり鳥には勝てないかー……」
ため息を吐きながらハーピーさんが降りてきた。下から見上げていた時は気にならなかったが、近くで見るとかなり大きな羽。全長2メートルはありそうだ。
短めの赤髪をかきあげ、タオルで汗をぬぐっている。膝から下は鳥類特有の形をしており、歩く度にカチャカチャと爪の音が聞こえる。
「あの、かっこよかったです! 空とか飛んでて……」
目の前を通り過ぎるハーピーさんに思わず話しかけてしまった。が、空を飛べる人外にかける言葉としては不正解だったかもしれない。ハーピーさんは怪訝そうな顔で私の顔を見た。
「なぁに? 見学ぅ? 空飛べんのはそりゃそうでしょ、グライドバスケ部よ? 何を見に来たのよ」
顔を拭いていたタオルを床に投げ捨てると、少し不機嫌そうに返された。怒らせてしまったかもしれないと思い、急いで言葉を付け足す。
「そうですよね、ごめんなさい! 初めてグライドバスケというものを見たので……」
「はぁ? グライドバスケ初めて見るって、キミどこの出身? 人間でもあるまいし──」
そこまで言うと、ハーピーさんが私の顔をじーっと見つめた。そして大きな羽で数回私の頬を突くと、やっと口を開いた。
「ちょ、ちょっと待って。……キミ、人間? 転校してくるって噂だったけど」
大きな羽に気圧され、言葉が出ずにコクコクと頷くと、ハーピーさんが目を丸くして叫んだ。
「えええええーーーーっ!? 人間!? きゃーーっ!」
超音波のような高音が耳を貫き、思わず耳を塞ぐ。それを見たハーピーさんは自身の口を抑え、小声で話し始めた。
「ご、ゴメンゴメン! つい大きな声出しちゃった! ちょっと、レミィーーーー!」
ハーピーさんの呼びかけに応えて降りてきたのは、ボールを持っていた天使さん。パステルピンクの髪と儚く光る天使の輪が美しい。先ほど見せていた必死の形相からは打って変わって、ほわんとした穏やかな表情だ。
「なぁに、カルー。お知り合い?」
「違う違う! この子たち見て!」
「んー? あらかわいい、一年生かしら?」
「そうなんだけど、この子! 人間、人間だって!」
人間との紹介を聞き、天使さんもピンク色の瞳をまん丸にした。
「あら、人間!? あなたが噂の人間の転校生なのね。会えて嬉しいわ。私はレミエルっていうの。2年生よ」
「私はカルーね! 同じく2年生! 人間じゃグライドバスケを見たことないのも頷けるねー。どうだった? うちらの羽さばき!」
カルーさんが大きな羽を自慢げに広げてみせると、隣のレミエルさんも負けじと羽を広げてみせた。カラオは目をキラキラさせて先輩たちを見つめている。
「すごーいっ! アタシ、天使を見るの初めて! 羽、触ってもいいですか?」
「あら、かわいい羊さんね。どうぞ。優しくしてね」
カラオはレミエルさんの羽に夢中みたいだ。
「本当に人間が転入してきて、しかも見に来てくれるなんてね。いいとこ見せたかったなぁ~! もう外の部活動は見たかい?」
「いえ、まだ体育館の中だけです。外でもやってるんですか?」
「もちろん! ……そうだ、私が外まで連れて行ってあげるよ。空、飛びたくない?」
「え? そ、空……ですか?」
「そ! 私たちが空飛んで運んであげる!」
カルーさんがいたずらっぽく笑った。それを聞いたレミエルさんも頷いている。
「それはいい考え! しかも、ウェイトトレーニングっていう言い訳付きだし」
「お、ナイスアイディア! さすがレミィ。……おーいキャプテン! ちょっと外でウェイトトレーニングしてくるから!」
キャプテンと呼ばれたのは、先ほどゴールを決めた鳥の人外さん。了解、と片羽を上げた。
「許可も下りたし、外に出ようか」
「もしかして、アタシたちを連れて空を飛んでくれる、とか……?」
「ええ。そのつもりだったけど…… 嫌かしら?」
私とカラオは顔を見合わせ、生唾を飲み込んだ。
「嫌なんて、とんでもない! こちらこそっ!」
「よろしくお願いします!」
***
「た、たっかーい!」
思わず叫んだ。いつも足の裏を着けている地上はもちろん、見上げている建物や木々さえはるか下にある。
私はカルーさんが持つかごの中に入っている。直接運んでもいいのだが、爪が食い込むとかなり痛いということで、かごで運んでもらうことにした。
カラオはレミエルさんにお姫様だっこをされている。まるで迷える子羊を救う天使のようで、少し笑ってしまう。
「すごーいっ! あの、アタシ重くないですか!?」
「ぜーんぜん! 羊だからかしら、ふわふわで軽く感じるわ」
にこやかに笑みを浮かべるレミエルさんに、カラオは瞳をキラキラさせている。完全に恋する乙女の顔だ。
「……人間ちゃん、レミィの顔、見てみ? すっごい顔!」
カルーさんが小声で囁くのでチラリと見てみると、カラオがレミエルさんから目を離した時だけ、迫真の表情で腕に力を込めている。話すときとのギャップが凄まじくて、思わず吹き出してしまった。
「レミィは普段は綺麗なんだけどさ、真剣な時は全部顔に出るんだよね! 面白いでしょ?」
「確かに、ボールを持っていた時のレミエルさんは凄い顔してましたね……フフッ」
「天使とは思えない顔してるんだよね!」
先輩たちとの会話を楽しんだり、目下の風景を眺めていると、いつの間にか運動場に着いていた。
「ありがとうございました! 初めての経験で、夢が叶った気がします」
「完全に思い付きだったけど、楽しんでくれたようで良かったよ!」
「またグライドバスケを身に来てくれたら嬉しいわ。いつでも待ってるから」
「絶対見に行きます! 先輩たちも頑張ってください!」
先輩たちが笑顔で手を振ってくれているが、よく見るとレミエル先輩の腕がプルプル振るえている。天使の羽で運ぶには、私たちはかなり重たかったんじゃないだろうか……。
飛び立つ先輩を見送ってから振り返ると、そこには大きな運動場。これも、人間学校のものよりかなり広い。
「すごーい……」
「外は色んな部活動やってるよ。サッカーでしょ、ソフトボールにテニス、向こうの方だと水泳とシンクロナイズドスイミングもやってる! あとは何と言っても──」
カラオが目を向けた先には、100mのトラック。俊敏そうなアンドロイドの人や、しなやかな動物の体をした人など、走ることが得意そうな人外さんが多く見える。そして、見覚えのある人が一人。
あれは……今朝見かけた……
「そう、陸上部のミラウさん! どの部活もかっこいいし素敵だけど、ミラウさんの走る姿には勝てないと思うの!」
色んな人を見ては目をハートにしてたのによく言うよ……と半ば呆れつつ、今朝助けてくれたケンタウロス──ミラウさんに意識を向けた。程よく筋肉の付いた下半身に、下半身の見栄えに引けを取らないように鍛えられた上半身。キラキラと光る金髪は遠目から見ても目立っている。
周りをよく見ると、カラオと同じくミラウさんを見るために集まったらしい生徒たちがちらほらいるようだ。その王子様のような見た目に夢中になる気持ちはよくわかる。
どうやら今から走るようだ。腕を伸ばしたり、腰をひねったりしながらスタートラインに向かっている。
「走るのかな!? 双眼鏡持ってくれば良かったー!」
カラオが前のめりになって見つめている。ギャラリーの生徒たちも真剣な顔をしている。
スタートラインに立った生徒が白い旗を持っている。ミラウさんが姿勢を整えて走る体制に入ったことを確認すると、白旗を振り上げた。
ミラウさんが軽やかな蹄の音を立てて、トラックを駆け抜ける。周りの音を置き去りにするかのように走り抜けるその姿に、思わず息をのんだ。
「──かっこいい」
「ね、かっこいいでしょ!? 初めて見たとき本当に王子様かと思ったもん!」
「キャー! ミラウさーん!」「今日も素敵ですー!」「こっち向いてくださーい!」
ギャラリーの生徒たちも黄色い歓声を上げている。そういったことに慣れっこなのか、ミラウさんは自然な振る舞いで生徒たちに向かって手を振った。それを受けたギャラリーたちとカラオが再度歓声を上げる。
私は歓声こそ上げはしないものの、ミラウさんに見惚れていた。ひとつひとつの動作がしなやかで美しくて──
「あれェ?」
「カラオだ! こんなところで何してるのヨ?」
ふと、かわいらしい声が聞こえてきた。イタズラに命を懸けていそうなこの声は……
「あ、
クラスメイトのキョンシー姉妹だ。服装は学校の時と変わらずにお揃いのカンフー服を着ている。二人は文化部なのかな?
「二人とも、さっきぶりだね! 来蘭たちも部活?」
「ん? モリノちゃん!? どうしてここに居るのォ?」
「部活動見学? 面白そうなことしてるネ!」
来蘭が飛びついてきた。それを見た来蕾も飛びついてくる。重……くない。小柄だからか、意外と軽い。
「ねェねェモリノちゃん、もちろん、来蘭たちの部活動も見に来てくれるんだよネ?」
「来蕾たちの大道芸、見に来てくれるよネ?」
「だ、大道芸?」
「ああ、来蘭と来蕾は大道芸部なんだって。二人ともこどもっぽいけど、大道芸は結構すごいんだよね」
二人に首に巻き付かれて動けないでいると、カラオが来蘭を引きはがした。
「あーん、いじわるは良くないのヨ、カラオ!」
「あはは! 来蘭に言われたくないよ! 二人とも、良かったら部室まで案内してくれない? アタシも二人の大道芸見たいな」
「えっ! モリノちゃんとカラオ、来蕾たちの芸を見に来てくれるノ!?」
「やったァ! 今までで一番の芸を披露するネ!」
私とカラオから離れると二人はハイタッチをした。息がピッタリだ。
来蘭はカラオ、来蕾は私の手を引き、小走りで案内を始めた。
「部室はこっちヨ! はやくはやく!」「転ばないでネ! でもはやくはやく!」
「ちょっと二人とも、そんなに急がなくても大丈夫だから!」
二人に手を引かれながら運動場を後にした。
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