1時間目「鬼とキョンシーとお昼ご飯」

今朝ぶりの瞳が私をばっちり捕らえて瞬きした。長い白色のまつ毛がぱちぱち揺れている。


「あ、今朝の……」

「カラオでいいよ! てか、まさか同じクラスだとは思わなかったよ~! また会えて嬉しいなぁ」


 カラオちゃん──カラオは、にんまりと笑った。

 控えめに笑顔を返すと、ちょうどチャイムが鳴った。ララミー先生がファイルを持ち、教卓の真ん中で生徒に呼びかけた。


「人間は何かと困るだろうから、何かあれば相談してくださいねぇ〜。皆さんも、モリノさんのことを助けてあげてねぇ」

「ま、困ったこととかアタシに言えばすぐ相談乗るし? 大丈夫っしょ!」


 カラオがぐいっと机から身を乗り出して耳打ちしてきた。長い耳がふさふさと視界の横で揺れている。


「ではぁ、一時間目は国語です~。教科書を準備しておいてくださいねぇ」



***



 ララミー先生が教室から出た瞬間、4、5人のクラスメイトに囲まれた。人間にさえ、こんな勢いで囲まれたことない。


「ねー、本当に人間!? 人間のフリした人外じゃないのォ!?」

「本当の本当に人間!? テレビのドッキリ企画だと思ってたヨ!」


 一番最初に机に駆け寄ってきたのは、おそろいのカンフー服に身を包んだ二人の小柄な女の子たち。一人がピンク、もう一人が水色を基調としたカンフー服で、黄緑色の長い三つ編みをサイドで括ってドーナツのような髪型にしている。二人で左右対称になっていて可愛い。

 陶器のような白い肌と、両頬に赤い斑点。制服のリボンの部分に白いお札のようなものが貼ってある。見た感じ、キョンシーだろうか?


「名前なんだっけ? モリ……?」

「も、モリノです! えっと、君たちは……?」

「そうそう、モリノちゃん! で、来蕾ライレイたちは──」


 水色の子が答えてくれようとしたが、ピンクの子に阻まれてしまった。キョンシーらしいピョコピョコした動きが可愛らしくて、笑ってしまう。


来蘭ライランの名前は来蘭ライランって言うの! こっちは妹の来蕾ライレイネ!」


 ピンクの子──来蘭ライランが全部説明してくれた。食い気味な自己紹介に思わずのけぞる。水色の子──来蕾ライレイも負けずに食い気味に話しかけてくる。


「ねェ来蘭、本当に人間なのか確かめてみない?」

「あは、それはいい考えヨ来蕾! モリノちゃん、今度一緒に──きゃん!?」


 突然、キョンシー姉妹の体が宙に浮いた。いや、首根っこを掴まれて持ち上げられている。


「お前たち、転校生が困ってんだろ!」

「あーんいじわる! 離してよォ!」

来蕾ライレイたち、まだなんもしてないよォ!」


 キョンシー姉妹の後ろから現れたのは、筋肉質な体に赤い皮膚。身長は、周りの女の子たちよりも一回りは大きい。

オークか、鬼だろうか?


「モリノ、大丈夫か? 私はアンジュだ。よろしくな」


 サラサラの黒髪、額から前方に向かって生えた大きな2本のツノ。整えられた制服とスカートから伸びるたくましい脚に、大きな黒縁のメガネ。口調に似合わず、優等生のような印象を受ける。


「わ! あ、ありがとうございます……」

「こいつらはいつも問題ばかり起こしてるからな。今日もやると思ってたが、真っ先に向かうとはな」


 アンジュさんにつままれたキョンシー姉妹は、まるでネズミのようにバタバタと手を振っている。


「まだ何もしてないってばァ! アンジュだってモリノちゃんのこと気になってるんでしょー!」

「そりゃそうだ。人間の転校生だなんて気になるに決まってんだろ? ただ、お前たちみたいな挨拶はしないけどな!」


 アンジュさんはゆっくりとキョンシー姉妹を床へ降ろした。


「私はここのクラス長をやってるんだ。さっきララミー先生もおっしゃっていたが、何かあったら私に言ってくれ。私ができることなら力になろう」

「そんなこと言ってさあ、モリノちゃんを独り占めする気ヨ」

「絶対そうヨ!」


 こそこそと文句を垂れるキョンシー姉妹と、それをたしなめるアンジュさん。ほほえましいなあ、と思って見ていたら、続々と人が集まってきた。


「はじめまして! 私は~」「私の耳、触ってみる~?」「見て見てこのウロコ、綺麗でしょ? 一枚どう?」


 大きな耳や尻尾、ヒレのようなものが机の前で舞っている。これが人外学校か……。本日2回目の気持ちを噛みしめる。


「えっと、あはは……」

「モリノちゃん、思ったよりも大人気じゃん! お昼一緒に食べよーって思ってたけど、こりゃ大変そうだわ」


 半分呆れたようにカラオがつぶやいた。



***



 個性的な生徒が集まる人外学校とはいえ、時間割や授業内容は人間の学校と一緒だった。

 授業の間に挟まる小休憩時間に集まるクラスメイト達と談笑をしつつ、気が付いたら昼休みになっていた。


「モリノちゃ~ん! 一緒にご飯食べヨ~!」「食べヨ~!」


 授業終了のチャイムが鳴ったと同時に来蘭と来蕾がお弁当箱を片手にかけてきた。カラオがやっぱりな、という顔で来蘭たちを見る。


「モリノちゃん、お弁当持ってきてる?」

「あ、今日は持ってきてないな」

「そう? じゃあ、食堂の案内するよ!」


 カラオが鞄を持って席を立つ。私を案内してくれるって?

 私も慌てて席を立つ。


「エェ~?どうしてカラオがモリノちゃんの案内をするのォ?」

「来蕾たちも一緒にご飯食べたいヨ~」

「アンタたちも一緒に来ればいいじゃない。それに、転入生に学校を案内するのは当たり前でしょ? さ、何食べよっかな~」

「ずるいぃ! 来蕾、来蘭たちが先に食堂の席取っておこう!」

「モリノちゃんと座る席、取っておこう!」


 カラオが私を手招きしながら教室を出た。カラオの後を追うようにキョンシー姉妹も教室を出る。

 初日から一緒にご飯を食べる人が出来た。こんな嬉しいことは無い。歓迎すると言われた時は耳を疑ったが、クラスメイトたちを見る限りは本当に歓迎されているようで、少し安心する。


「モリノも食堂に行くのか?」


 振り返ると、アンジュさんがいた。彼女も鞄を持っている。


「あ、アンジュさん!」

「せっかくだし、一緒に行ってもいいか? さっきはああやってちょっとかっこつけたが、私もモリノと仲良くなりたいんだ」



***



「……で、なんで来蘭たちの席にカラオとアンジュが座ってるワケ?」

「いいじゃん! こうしてみんなでご飯も食べられるし!」

「来蕾たちはモリノちゃんのために席を取ったんだケド?」


 大きなテーブルを囲んで、来蘭たちが周りに睨みを利かせている。テーブルに着いているのは、来蘭と来蕾、私とカラオ、そしてアンジュさん。

 来蘭と来蕾は色違いのお弁当箱を持参しているが、私とカラオ、アンジュさんは食堂の定食を持って席に座った。

 人間と人外の大きな違いは、見た目のほかにもう一つある。それは食生活。

 基本的には人間と同じような食生活をしているが、カラオのような動物系人外はその動物に寄った食生活をしているし、機械系の人外であれば電気をエネルギーとして補給できたりする。だから、街中で文字通り道草を食ってる動物系人外の子どもなんかを見たりした。

 その辺はさすが人外学校と言うべきか、様々な種類のご飯が取り揃えられていた。生肉から生魚、昆虫からオイル缶まで幅広く対応している。食堂の端には充電スタンドと充電器のようなものもある。

 カラオの定食は野菜が多く見える。アンジュさんのは、生肉かな?結構大きめにぶつ切られている。キョンシー姉妹のは…… 野菜と、ご飯と、見たことのない肉が入っている。何の肉なんだろう?

 私の定食はご飯とみそ汁、おかずは生姜焼き。至って普通の定食だ。


「まあまあ。私は大勢で食べるのは好きだよ? 楽しいし。……じゃ、食べよっか?」

「モリノちゃんがそう言うなら仕方ないケド……」

「カラオとアンジュ、命拾いしたネ! モリノちゃんがいなかったら今頃八つ裂きヨ」


 ジトっとした目つきで目配せする来蕾をたしなめ、そろっていただきますの挨拶をして食べ始める。

 あ、おいしい! お味噌汁も出汁が効いている。何の出汁かはわからない。


「八つ裂きから命を救ってくれたモリノに感謝しないとな。お礼に今度、おいしいカフェにでも連れて行こう」

「え!? それアタシがやりたかったやつ! アンジュずるーい」

「ずるいも何も、私はお礼がしたいだけだからな」


 アンジュさんが笑いながら肉を上品に切り分けて、一口サイズになったものを丁寧に口に運んでいる。大柄そうな種族の人外なのに、意外と上品で素敵だ。

 カラオは長い草をパスタのように巻いている。どうやら、スプーンを使う派らしい。


「アンジュ、やっぱりモリノちゃんのこと独り占めしたいんだネ」

「カッコつけてるけど、内心ドキドキしてると思うヨ」


 キョンシー姉妹がくすくすと笑う。アンジュさんは気にも留めず、話しかけてきた。


「人外の学校はどうだ? 人間の学校と比べて不便なところも多いだろうが……」

「あ、初めは緊張したし、人外さんに迷惑かけるかなーって思ったけど、こうやって一緒にご飯食べたり、話してくれたり……。楽しい、かな」


 少し恥ずかしくて、俯いて生姜焼きをほおばった。そんな私を見て、、カラオがニコーっと微笑んだ。その素直な笑顔がとてもまぶしい。

 

「楽しい? 良かったぁ! アタシたちはアタシたちでドキドキしてたからねー」

「楽しいのは何よりだな。多分、人間の噂を聞きつけて色んな奴らが来るだろうが……」

「モリノちゃんと遊ぶのは来蘭と」「来蕾なんだからネ!」


 和気あいあいと話している間に、気づいたら昼休みは終わっていた。

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