人外女子高に転入することになった人間ですが、なぜかめちゃくちゃモテるみたいです。

みつばち

HR

「この地域だと、人間が通う高校はないんですよ~」


 市役所のカウンターで、のほほんとした雰囲気のお姉さんが言った。


「え?」

「ですので、人外さんが通う高校に行ってもらう形になりますね~」


 私の疑問詞は聞こえていないようで、手元のキーボードをいじっている。


「あの、え? 人外の高校ですか?」

「はい! ちょっと特別編入になっちゃうんですけど、たぶん大丈夫だと思いますよ~」


 大丈夫なの? というか、たぶんなんだ。人間が一人もいないってこと? それってめちゃくちゃ浮かない?

 頭の中にハテナが浮かんでは、次に浮かぶハテナで上書きされていく。


「書類を作成してお宅に送りますので、それを持って学校の方へ行っていただければ大丈夫ですよ~。何か質問はございますか?」


 お姉さんがファイルに書類を入れながら私に向き直った。

 いや、質問というか、疑問しかないよ?




***




「いってきまーす」


 特に意味はないが、玄関で出かけの挨拶をしてから家を出る。

 今日は初めての登校日だ。ピカピカのローファーで地面を鳴らしながら歩く。空はきれいに晴れ、風は気持ちよくそよいでいる。なんとなく、良い一日になりそう。そう思い込む。


 私が今日から通うのは、明日あけのひ人外女子高校。そう、人外の女子高校。

 この世界には、人間と人外の二種類の人ヒトがいる。人外とは、人間の体をベースに個性的な見た目や生活をしている人たちのこと。その個性は千差万別で、頭からツノが生えていたり、背中から翼が生えていたり、全身がスライムだったり、もやもやした影のような存在だったり……


 そんな人外たちが集まる高校に、特別編入することになった。ただの人間が。

 正直、かなり緊張している。だって、人間と一緒に過ごすのが大変だから人外高校なんてのがあるんだよね? 迷惑をかけたりしないだろうか? 私は人外さんのことはどちらかと言えば好きだけど(個性的な見た目はかっこいいし、人間にできないことをやってのけたりする姿がとても魅力的だと思う)、向こうはどう思ってるかなんてわからないし……。


 緊張で猫背気味になりながら道を歩いていると、同じ制服を着た女の子がちらほらと見え始めた。制服と言っても、セーラー服の襟の部分だけなんだけど。

 姿が一人ひとり違う人外に合わせて制服を作るのは不可能らしく、全国の人外高校のほとんどは襟やリボンを見えるように身に着けることで制服としているらしい。明日あけのひ高校はセーラー服の襟が制服だ。付け襟のようで可愛くて気に入っている。


 学校が近くなり、人の数が増えてくる。友達同士で挨拶を交わしているような声も聞こえ始めた。

 聞こえてくる音が人間の学校とは全然違う。足音のほかに、鳥の鳴き声のような音や、何かを引きずるような音。馬の足音のような音も聞こえる。

 ああ、今頃「どうして人間がこんなところに?」とか思われているんだろうなあ。人外さん特有のルールとかあったりするのかなあ。もう既に浮いてたりして。注目はされてるよなあ──


「きみ! そこ、危ないよ!」


 突然腕を引っ張られ、ガクンという衝撃で我に返る。目の前には電信柱。

 危うく激突しそうになっていたらしい。


「わ……! すみません、ありがとうございます…… !?」


 止めてくれた人にお礼を言おうと振り向くと、茶色い毛が視界いっぱいに飛び込んできた。


「こっちだよ! それは下半身だ」


 ハッとして身を引くと、筋肉質な馬の四つ足が見えた。

 上から降ってきた声を追うように見上げると、声の主がいた。太陽の逆光にさらされて、健康的な肌と髪が光っている。ショートカットの金髪は、まるでおとぎ話の王子様のよう。


「朝からぼーっとしてるとケガするからね。気をつけるように」

「あ、はい…… ありがとう、ございます……」


 軽く微笑むと、軽快な足音を立てながら彼女は去っていった。

 ……心臓がどきどきと高鳴っている。いわゆる、ケンタウロスだ。初めてあんなに近くで見た。かっこよかったな……。


「ねえ、あんたラッキーじゃん!」


 走り去っていくケンタウロスの後ろ姿に見とれていると、今度は後ろから肩を叩かれ、思わず大きな声が出た。


「はいぃっ!?」

「今の! 3年のミラウさんでしょ?」


 突然話しかけてきた女の子に、耳打ちしなくてもいいような声量で耳打ちされた。耳の奥がキーンとする。


「いいなー、アタシも話しかけられたい!」


 女の子が羨ましげな表情で私を見つめる。

 肌は黒く、全身がもこもこの白い毛で覆われている。特徴的な横長の瞳孔に長いまつ毛、健康的な脚。くるくるとカールした髪の毛をギブソンタックでまとめあげている。

 どうやら、羊の子のようだ。制服もゆるっとしたTシャツにホットパンツと、活発な印象を受ける。


「ん? 何ジロジロ見てんの?」

「いや! えっと、さっきの人?」

「あんた、ミラウさん知らないの? えぇ~、話しかけられたのに勿体ない! あんなチャンス滅多にないのにさ」


 今度はがっかりした様子。どうしていいかわからず、苦笑いを返す。

 羊の子はしばらく独り言をつぶやいていたが、ふと何かに気づいたように私を見直した。


「ん? あれ? あんたもしかして、今日転校してくるっていう人間?」


 悪さがばれたかのように、心臓が跳ね上がった。顔が熱くなり、背中に汗が噴き出る。両手を前に出して後ずさりし、距離を取るようにする。自分でも驚くような早口で言い訳がましいことをまくしたてた。


「あー! えっと、その! 全然! 普通にしたいだけで! 迷惑とかかけないので!」

「え? 何言ってんの! 人間が来るって噂になってから、みんな楽しみにしてたんだからね!」


 羊の子があっけらかんと答えてくれた。その言葉を聞いて、両手をゆっくりと下げた。


「……え、本当に?」

「本当も本当よ。どのクラスになるんだろーって予想なんか立てちゃったりしてさ! こんなとこで会えるなんてアタシもラッキーだね」


 羊の子がケラケラと笑う。

 こ、これは、歓迎されているってことでいいんだろうか……?この笑顔は、私に向けられているってことだよね?


「せっかくだしさ、職員室まで案内するよ! つっても、案内するほど立派な校舎じゃないんだけどさ」




***




「──てなわけで、ここが職員室ね! アタシの付き添いはここまで」


 世間話をしていたら、いつの間にか目的地に到着していたようだ。

 大き目の扉の前に、『職員室』と書かれたプレートがぶら下がっている。ここが職員室で間違いなさそうだ。

 羊の子が手を振ってくれている。


「案内してくれてありがとうございました! えっと、名前……」

「いーのいーの! 名前も、今じゃなくて後でね。改めて仲良くなりたいしさ…… じゃ、またねぇ」


 ニカッと笑うと、蹄をコツコツと鳴らして行ってしまった。初めは少し警戒したけど、いい子だったな。同じ学年だろうか?また会えるといいなぁ。

 後ろ姿を見送った後、職員室の扉に向き直った。人間の学校では見たことないくらい大きい扉だ。体の大きい人外もいるからだろうか?

 一度呼吸を整えてから、扉をノックした。『職員室』のプレートが少し揺れ、金属的な音を立てた。


「はぁ~い、なんのごようですかぁ?」


 扉が音を立てて開き、間延びした声が廊下に響いた。

 どーんと、目の前に大きな影ができる。

 グレーのスーツを身にまとった先生だ。頭には小さな角が横向きに生えており、髪は少しウェーブのかかったグレーのショートボブ。身長は……180㎝はありそうだ。それに、なんといっても目を引くのは、その大きな胸と腰。特注サイズであろうスーツがはち切れそうなまでに伸ばされている。

 こ、これが人外学校か。少し感動してしまった。


「あ、えっと…… 今日編入の者なんですが」

「あらぁ、人間の転校生ちゃんねぇ? 待ってたわ~。どうぞ、中に入って~」




***




 職員室で会った先生──ララミー先生は、どうやら担任らしい。手続きを済ませ、一緒に教室に向かう。


「私たちにとって人間ってあんまり見慣れないから、人間の子が来るって噂で持ち切りだったのよぉ~」

「そうなんですか。実はかなり不安で、みんなに迷惑かけちゃうんじゃないかなーとか……」

「不安になる必要なんかないわよ~。きっと、みんな楽しみにしてくれているから~」

「そういえば、学校に来るまでに二人も話しかけてくれたんですよ。それで少し安心しました」

「あら、さっそくお友達もできちゃったのかしらぁ? これからもきっと、楽しいわよぉ~」


 気さくな先生でよかった。身長差のせいで、ちょうど目の前に大きな影が2つできること以外は、安心して話せる。


「さて~、ここがあなたの教室になるわぁ」


 ララミー先生が足を止めた。『1‐2』というプレートがぶら下がっている。


「ここで少し待っててねぇ」


 そう言うと、ララミー先生は教室のドアを開けた。少しだけ中の様子が見える。生徒たちの話すざわざわした声は人間の学校と変わらないようだ。

 HRホームルームの話をしているようで、ララミー先生の声しか聞こえなくなった。きっとこの後、紹介されるのだろう。ああ、緊張してきた。


「さてと。じゃあ、皆さんお待ちかねだと思うけど~、今日から転校生が来てるのぉ」


 教室が一気にざわつき始める。


「キタキタ!」「本当に人間なの?」「どんな子なんだろー」

「はぁい、静かにねぇ。じゃあ、入ってきてくれる~?」


 逆に一瞬にして静まり返った教室に足を踏み入れる。生徒たちの視線が一斉に集まるのを感じる。


「自己紹介をお願いしていいかしらぁ?」


 ララミー先生が差し出したチョークを受け取り、黒板に名前を書く。チョークが削れる音だけが教室に響く。

 名前を書き終わり、生徒たちに向き直った。すごい、見たこともない人外がたくさんいる。仲良くなれるだろうか。


「──モリノ、です。人間です。よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げると、ぱらぱらと拍手が起こった。また教室がざわつき始める。


「本当に人間じゃん!」「どこの席なんだろ」「早く話したいなあ」

「席は、そうねぇ…… じゃあ、カラオさんの隣がいいかしら~」


 先生が視線を向けた先には空席。教卓から見て、右上の位置。あれが私の席。

 いくつかの席の間を通り抜けて、その席に座った。


「私の隣か~、やったね」


 隣の席の子が小さくつぶやいた。ちらりと見ると、ばっちり目が合う。特徴的な横長の瞳孔には見覚えがあった。


「さっきぶりだね。アタシはカラオ! よろしくねーっ、モリノちゃん!」

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