第19話 最終話 大切なものは一番近くにある
美羽は夢の中にいた。
暗い道の向こうに一筋の光が見えてきた。それがいきなりパッと開けたように明るくなったかと思うと、いつの間にか自分は広い野原の真ん中に立っていた。
「ままぁー、こっちきてえ!」
子供の声で振り向くと、裕星が小さい子供と一緒にこちらに向かって手を振っているのが見えた。
「美羽、おいで。今いいものを見つけたんだ」
「いいものってなあに?」
美羽が訊くと、「ないちょよ!」小さい子供がモミジのような手のひらを口に当てて笑った。
「どれどれぇー」
ゆっくり近づいた美羽に、子供が我慢できずキャキャキャと笑って抱き着いてきた。
「ままに、ぷれじぇんと! ほら」
小さな三つ葉のクローバーの上にあったのは、小さな小さな赤い背中の七星テントウムシだった。
「てんとおむち! おひしゃまのむちー! ままが大しゅきなむち! あたちもしゅきー!」
嬉しそうに手のひらの上にてんとう虫を載せて、くるくると踊っているのが可愛くて、美羽は目を細めて笑っている。
「美羽……」
小さな
パッと瞼を開けた目の前に、裕星がベッドの側で美羽を見つめていた。
「裕くん、お帰り。もう朝なの?」
「ううん、まだ夜中の1時だよ。あれからすぐ帰ってきた。みんなはまだ飲んでるけどな」
「今日はお疲れ様。ごめんね、私、先に寝てた」
「もちろんだよ。美羽もお疲れさん。この一週間は忙しかったからな。先週は雑誌の撮影で俺一人だけ京都に行ってたけど、仕事以外はどこにも行かずに部屋に
まあ、ゆっくりできたのはいいけど、つい美羽に電話したくらい暇だったからな。一緒に京都に行けたら良かったのにと思うよ」
「京都までは付いては行けないわよ。それに、プライベートじゃなくてお仕事だったんだもの。
でも、次は裕くんと旅行で京都に行きたいな。そうしたらゆっくりお寺や神社を回りましょうね。あ、前にテレビで観たことがある八坂神社に行ってみたいな。赤い門が神秘的で綺麗なところなの」
「そうだな。一緒に行ってみよう。まあ、結婚してから家族でも行こうと思ってるけどな」
「気が早いわね。家族って、もしかしてその時は子供がいる設定なの?」
「もちろんそうだよ。ああ、結婚といえば、とうとうあいつ、俺の昔の友達が不倫が見つかって大変なことになったよ。やっと自分たちの努力が実って曲がヒットしてこれからと言う時に、バンドも人生もめちゃくちゃにしてしまったからな。
あいつは真面目なのに周りに流されやすい欠点があったから、ああいう派手な女の
「―—私もテレビを見て知ったの。大切な婚約者がいるのにって」
「人は自分を買いかぶって調子に乗ってるときは、出鼻を
「なんだか気の毒な気もするわ。でも、その婚約者の方が一番辛いわよね」
「ああ。あいつもきっと婚約者の大切さに気づいて気持ちを立て直すと思うけど、それまで俺たち部外者はただそっと見守るしか出来ないな……。
俺はずっと美羽のことを考えているから、悪いけどあいつの気持ちは一生理解できないだろうな。美羽との未来を考えるだけで幸せ感じてる俺は単純な男だな?」
「ふふふ、そんな真っ直ぐな裕くんのことを私もずっと考えてるよ。そういう裕くんだから信じていられるの」
「俺も美羽を信じてる。これからもずっと一緒にいような」
美羽がこくりと頷くと、裕星は美羽の頬を右手で引き寄せそっと優しくキスをした。
その夜、二人は一枚の毛布に包まれて寄り沿い眠りについたのだった。
翌朝、裕星が仕事に出かけた後で、美羽が朝ごはんの後片付けをしてから孤児院の仕事に出かけようとしていた時だった。
バッグを取ろうとしてベッドルームに入ると、机の上の日記が開いたままになっていることに気づいた。
「あれ? 昨日は日記を書いてなかったはずだけど、どうして開いているのかしら?」
美羽は訝しげに日記を手に取って開いているページを読んだ。
『ママへ
日記の手紙読んだよ。初めは何のことか分からなかったけど、いつも仲良しのパパとママに何かあったんだと思った。
今はまだ高校2年生だよ。実はね、この日記を読んでちょっと気になって、タイムスリップして若い頃のパパの夏フェスを観てきたんだ。カッコよかったなあ。
でも、社会人になってから、ここ2023年7月にはママたちに会いに行かない方が良いんだよね? 何だかよく分からないけど了解だよ。
ママに安心して欲しいから、ここに来たついでに手紙の返事を日記に書いておくね。何だかママとの交換日記みたいだよね。
それに今のパパとママを見ていたら、しばらくは行く必要もないみたいだね!
いっつもラブラブだよ( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )♡♡
じゃあ、またいつかお会いする日まで。 あなたの子供より』
「まただわ! 私の子供からの手紙が新しく増えてる。
これって、私が書いたと思われるあの手紙への返事なの? 忘れている間の出来事がたくさんあって不可解だったけど、何かが解決したことは確かなんだわ。
私は気付かないうちにいつも守られてる気がするわ。自分だけが苦労してると思う時もあるけど、何気ない普通の幸せにもっと感謝しなくちゃいけないわね。これからも小さな幸せを見落とさないようにしなくちゃ」
美羽は笑顔でそっと日記を閉じると、もう一度バッグを肩にかけ直してマンションを後にしたのだった。
美羽が日記に「この時代へは来ないで」と書いたお陰で、誤解の元になった社会人の結海は来なかったのだ。
いや、裕星に掛けられた疑惑を防げたおかげで、結海が来る必要がなくなったのか?
どちらにしても、美羽の言った『卵が先か鶏が先か』の複雑な事態も、いい方向に作用したことは間違いなかった。
11日の朝、街を行き交う人々は、いつもの通勤時間であるのに少し違っていた。暑い日差しの下にも関わらずどこか軽い足取りで、もうすぐ始まる夏のバカンスに向けて、人々の気持ちも高まっているように美羽には見えた。
美羽は孤児院へ向かう道すがら、ふと小さな天使のことを考えていた。
いつの間にかやって来ては、自分たちを救いいつの間にか去っていく。
そんな小さな天使を裏切ることは決して出来ないと。
美羽は、まだ芽生えてもいない天使の姿を想像しながら、もう既にその子を守りたい温かな気持ちが溢れてくるのだった。
運命のツインレイシリーズPart15『不倫の真実編』終
運命のツインレイシリーズPart15『不倫の真実編』 星のりの @lino-hoshi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます