第18話 ハッピーエンドへの仕掛け
翌日、裕星は生放送のリハのため朝早く出かけて行った。美羽は夕方の生放送を見るのを楽しみに、日中は孤児院と教会で自分の任された仕事に夢中で従事していた。
気持ちのいい朝だった。早朝から良く晴れて、もうすでに熱い太陽の日差しが地上に降り注いでいる。
美羽は教会の新聞受けを覗いて、朝刊を取り出すと、事務室に運んで行った。
「おはようございます、お父さま、シスター伊藤」
「おや、おはよう、美羽。今日はやけに嬉しそうだね」
天音神父がにこやかに振り向いた。
「え、そう? でも、今日は夕方から裕星さんたちのロックフェスティバルがあるの。
生放送なので朝早く出かけていったわ。久しぶりにラ・メールブルーの皆さんの演奏を聴けるのが楽しみだからよ」とウキウキしながら答えた。
美羽の話を笑顔で聞きながら新聞に目を通していたシスター伊藤が、突然眉をひそめた。
「あらやだわ、この新聞記事。やあねえ、未だに不倫をする人がいるのね?
何度も芸能人が不倫で仕事を失っているのを分かっているのに、まだこんなことをする人もいるのねえ」
シスターが新聞の広告に出された週刊誌の記事を指さした。
「不倫ですか? どんな事情か分かりませんが、不倫だけはだめですよね。周りのみんなが必ず不幸になりますから」
美羽もシスターが広げた新聞を覗いている。
「あら、この人、ロックバンドの方ですってよ! 婚約者がいるのにトップモデルの朝倉リンという方と不倫してたんですって。まあモデルさんは綺麗だから、ついつい惑わされたのかしらねえ? そういう海原さんは大丈夫なの?」
「裕くんは不倫とは全く無関係よ。心が真っ直ぐで真面目な人だから大丈夫です。私は将来もずっと安心していられるわ」えへへと美羽が笑った。
「まあまあ、美羽ののろ気には付き合いきれないわね」
ホホホとシスターも嬉しそうに笑っている。
夕方すぎに美羽が仕事を終えマンションに帰宅すると、もう既に生放送の音楽番組が始まっていた。
「いけない、いけない、急がなくちゃ! 裕くんたちの出番はまだ後みたいだから助かったわ」
独り言を言いながらテレビを付けると、画面の下にテロップが流れてきたことに気付いた。
ん? 気になって美羽がテロップを読んだ。
『ロックフェスティバルに参加予定だった「デンジャラスゾーン」のリーダー
「デンジャラスゾーン? 確か裕くんの昔のお友達だったかしら。不倫を報じられたのね? そういえば、裕くんがこの間、この人と飲みに行って、婚約者がいるのに他の人と付き合ってると聞かされたって言ってたわ。
週刊誌に見つかって
美羽がテレビを見ながら呟いた。
裕星たちラ・メールブルーは最後から二番目の演奏だ。大きな歓声と共にラ・メールブルーが登場し演奏を始めると、観客たちは総立ちになって頭の上で手を叩いている。
「わあ、裕くん、テレビで観てもカッコいい! さすが私の未来の旦那様! 将来私たちの間に生まれる子供は、男の子でも女の子でも裕くんに似て、心の真っ直ぐな子だと嬉しいな」
そんな独り言を言いながら、美羽はテレビの裕星に見入っていた。
美羽は番組が終わってテレビを消すと、ゆっくりと風呂に浸かった。
裕星たちは社長の主催でレストランを貸し切って打ち上げをするため、帰りが遅くなると連絡が入ったのだ。
美羽は布団に入る前に、ふとベッドルームの机の上に置いてある日記が目に入って手にとった。
ペラペラとめくっていくと、新しく書かれたページが出てきた。
「あら? 私、いつ日記なんて書いたかしら? 変ね。書いたことも覚えてない」
そこには確かに美羽自身の字でこう書いてあったのだった。
『私の大切な子供へ
この手紙を読んだら、必ずしてほしいことがあるの。2023年7月10日に、裕星さん、つまりあなたのパパのことを誤解した記事が週刊女の春から出されることになってるの。
そのせいで、社会人になったあなたがこっちの時代にやってきて、それを阻止しようとしてくれた。だけど、私たちがどんなに頑張っても、記事はとうとう出されてしまうことになるの。
それでお願いがあります。どうか、あなたはこの時代のこちらには来ないでください。
いえ、たぶん、来なくて済むと思うから、この手紙の内容は要らなくなると思うけど。
なんだか書いていても分からなくなってきたわ。
つまり、あなたが心配して来なくても私たちは大丈夫よと伝えたくて。
必ずあなたのパパは真面目で誠実な人だと分かるから。
私が何を言いたいのか、きっとわからないよね? でも、それでいいの。たとえ万が一、パパのおかしな記事が出たとしても、そんなデマを信じないでね。
私はこれからもずっと裕星さんのことを信じてる。でも、もしそれでも夫婦喧嘩していたら、未来のママに注意してやってね。
それだけ言いたくて。私の日記、あなたが前に時々読んでるって書いてあったから、このページがあなたの目に留まることを祈っています。
あなたのママより』
「どういうこと? でもこれは確かに私の字だわ。ということは、この2023年7月10日、つまり今日、そんな週刊誌記事が出されるはずだったのかしら?
でも、出されなかった。その代わり、裕くんのお友達の不倫が報じられてた。どういうことかしら。
この日記が鍵だったのかな。ああ、そうか、タイムスリップは来た人が戻ったらその時起きたことを皆忘れてしまうんだわ。これを書き残せたということは、間に合ったということなのね?
きっとこの子が私たちに会いに来たのね? 男の子? 女の子なの?
きっとこの子が裕くんの誤解を解きに来てくれたけれど上手くいかなかった。
でも、私はこの子に、来ないでといってる。まさか、この子が来たことで何か良くない方の変化が起きたのかしら?
――まあ、どっちでも今は構わない。だって皆が幸せになったんだから。きっと誤解は生じなかったということね?」
美羽は納得したように日記を閉じた。
そっと布団に潜り込むと、なぜか懐かしい思いが溢れてきて日記を抱きしめたのだった。
「いつもそうだわ。いつの間にか私のところに来て、いつの間にか去って行ってしまう私の未来の子供。きっととても正義感と思いやりのある子なのね? こんなに私たちのことを思ってくれてるんだもの」
美羽はいつしか夢の中に落ちて行った。心はいつにも増して温かく、そして幸せに満ち溢れていたのだった。
※次回が最終話になります。ここまでお読みいただいています皆様、本当にありがとうございますm(_ _)m
この日記が書かれた後に何が起きたのか、最後まで見届けて頂きますよう、よろしくお願いいたします。
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