第14話 運命を分ける光と影

 夕飯の片づけをしながら美羽が裕星に声を掛けた。


「裕くん、さっきの結海ちゃんの話だけど、今までずっと信じていたのに、どうして突然裕くんのことを疑ったりしたのかしらね? それに裕くんとそのモデルさんが一緒にいるのを見たと言ったり」


「――ああ、きっと誤解だろうな。どうしてあんなことを言い出したのか、俺にも分からない」




「朝倉さんて人とは過去に会ったことあるの?」

 美羽は裕星を疑っているわけではないが、確信が欲しかった。



「俺はその人のことを名前も顔も全く知らない。ただ、今日遅くなったのは、事務所を出てから、途中で友人に電話を入れてちょっとだけ会ってきたからなんだ。


 そいつは俺の昔の友達で、初めはフリーで活動していたんだよ。俺と同じライブハウスでね。

 だけど、俺がラ・メールブルーのボーカルとして社長に拾ってもらってからも、あいつはしばらくあの場所にいた。


 それから二年遅れてデビューしたんだけど、ラ・メールブルーほどはヒット曲を出せなくてね。いつの間にか活動が減って行ったんだ。

 でも、今年出した新曲が異例のヒットを記録したみたいで、今度の10日のロックフェスティバルに出演することになったのを番組のHPで知って、懐かしくて連絡したんだよ」



 それで? と美羽はソファーにココアの入ったマグカップを二つ運びながら裕星の隣に座った。



「それで、気になっていたことがあった。当時、あいつには付き合っていた女性がいたはずなんだ。ああ、もちろん俺は誰もいなかったよ。


 あいつの方は学生の頃から付き合っていた彼女と早々に婚約してたんだ。デビューが決まってからもしばらく付き合っていたはずなんだけど、結婚の話を聞かないなと思って、酒のついでに昨日少し訊いてみたんだ。


 そうしたら、どうやら結婚はするらしい。まあ、10年近い付き合いだし、彼女の親には相当借金してたみたいだから。

 彼女の親はコンサルタント会社の社長をしていてね、仕事も不安定なあいつと娘が付きあうことに初めは反対だったみたいだけど、そのうち、娘に説得されて許したみたいだな。金も結婚資金にするならと貸してくれたらしいんだ。


 でも、なんかに落ちないんだ。あいつ、最近ではその借金も返さず、それに、婚約者とも会ってないらしい。不自然だろ? 

 まあ酒が入ってあいつもペラペラ話してくれて分かったんだが、他に好きな女性が出来たと聞いた。


 メジャーデビューしてから出会った女性らしい。それなら、きっぱり婚約者と別れて借金を返し新しい女性と付き合うか、それとも新しい女性とは縁を切るかが、どちらの女性に対しても誠意というものだろうと言ったんだが、あいつが言うには、婚約者は彼女の存在を知らないから借金のために結婚だけはすると言うんだよ」




「そんなあ。他に好きな人がいるのに婚約者さんと結婚するというの? どうかしてるわ」



「婚約者の父親がかなり歳をとってて生きているうちに孫の顔を見たいと言ってると。だから結婚して子供はもうけるつもりらしい。


 あいつは彼女の父親の財産も当てにしてるみたいだった。まだ他にもかなりの借金があるみたいだからな……。

 婚約者と生まれてくる子供にとったら、全くふざけた話だけどな」




「でも、その後はどうなるの? お子さんが生まれたら」



「――いずれは別れて新しい彼女と結婚するそうだ」




「そんな……」


「婚約者の女性はあいつの気持ちがずっと自分にあると信じているらしい。

 陰で他の女と会ってることも知らず、純粋にあいつのことを支えようとしてるんだ。本当に健気けなげな女性だと思うよ。


 まあ、あいつは芸能界に入って売れた途端すっかり変わってしまったな……。

 派手な世界のやつらとつるむようになってから、自分もそっちの人間だと勘違いして背伸びしてるんだと思う。俺には全く理解できないけどな。

 根は真面目でいい奴だったんだ。本当に残念だよ」



「裕くん、それで今日遅くなったのね? その方と話していたから」



「ああ、結海にもこの話をするつもりだった。それに、芸能界には芸能人とそこに群がり芸能人のスキャンダルを餌に生きてる週刊誌のやつらがいること。何万部という記事に出されれば、出されたことで、ある意味世間に名が知られることになる。

 嫌な持ちつ持たれつのブラックな構造なんだ。俺は、そんな関係はクソ喰らえだよ。

 どんな世界にいても、自分らしくいたいからね。それに一番大事な人を失いたくないから」と美羽の顔を見つめて頷いている。





「その彼、週刊誌の記者に狙われないといいね。せっかく今年のロックフェスティバルに出られるのに。――ただ、その婚約者の女性のことを考えると胸が痛いわ。もし本当のことが分かったら、どんなに辛いことか……」




「――結海はそんな芸能界に入らなくて本当に良かったよ。これからもその真面目な出版社で頑張ってほしいな」


「うん。彼女は私たちの娘だもの。派手な人に惑わされるより、人間の本質を見抜く力を持ってるはずだから、きっと大丈夫よ。だけど、今回のことはどうやって彼女に話すの?」




「10日のロックフェスティバルの生放送までの間に、結海と話す時間を取るよ。でないと、俺はいつまでもあの派手なモデルと不倫してると思われてるだけだからな」ハハハと笑ったのだった。











 あれから、裕星のところにはもちろん、美羽のところにも結海から連絡はなかった。

 いったいこの一週間何をしているのかと心配して待っていたが、シスター伊藤が逐一ちくいち結海のことを報告してくれていたお陰で、余計な心配をせずにいられた。



 結海は最近モデルの仕事が入るようになり、時々事務所に出かけているようだとシスター伊藤から聞いている。

 美羽も教会と孤児院の仕事を続けながら、いつか結海としっかり話し合いが出来る日を待っていたのだった。




 9日の午後、珍しく結海の方から教会の事務室に電話がきた。美羽が急いで部屋に入るなり電話を取ると、結海の小さな声が電話の向こうで震えている。


 <美羽さん、ごめんなさい。今まで連絡しなくて……。私も、パパのことで頭がいっぱいになって何も考えられなくなって……。だけど、今夜はとうとうパパがあの人との密会を撮られる日よ。明日には大々的にトップ記事として出されるはずなの。


 ――もう私には無理。阻止できないわ。

 パパがいつまでもしらばっくれて、あの人との付き合いを止めない限りは何をしても無駄だから。


 それに、あの人、朝倉リンは人の婚約者を盗っておいて、何だか益々生き生きとしてるわ。私には理解できない。だけど、昨日、彼女が私を食事に誘って来たの。だから今夜7時に、前に彼女とパパを見かけた会員制バー『In Mezzo al mondo』に行くわ。彼氏も来るって言ってたから、きっとそこにパパが現れるはず。


 どうする? ママも来る? だけど、かなりショックかも。ただし、パパには絶対に知らせないでね。もし私が行くことを知られたら現れないと思うから>

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