第11話 不倫の現場

 裕星は事務所からマンションに帰る途中、愛車のベンツの中に設置されている電話で美羽に掛けた。

 しかし、何度呼び出しても留守電につながるばかりだった。不審に思った裕星は直接教会に電話を入れた。

 すると、すぐにシスター伊藤が出て、美羽はまだ礼拝堂で後片付けの掃除をしているから呼び出してくれると言う。


 ほどなくして、美羽が電話口に出た。


 <もしもし、裕くん。ごめんなさい。まだ仕事をしていたの。裕くんはこれからマンションに戻るところ?>



「ああ、そのつもりだ。ちょっと気になることがあって、美羽が心配になったから電話したんだけど、大丈夫か?」



 <もしかして……京都の記事のことよね? それならもう知ってるよ。今、結海ちゃんが私のケータイをもってモデル事務所に行ってるの。

 さっきは手掛かりがつかめたと言ってたけど、まだ連絡がなくて……。でも、連絡が来たら後で合流することになっているので、その時また連絡するね>



 ――美羽のケータイは結海に預けていたのか。俺が掛けても出なかったけど、どこに行ってるんだろう。






 電話を切った後で、裕星は何度も結海に電話をしたが、何度呼び出しても留守電になってしまうのだった。








 一方、その頃、結海は山田に教えてもらった朝倉の行きつけのバーに向かっていた。


 ――もしかすると、ここに来てるかもしれない。京都から戻ってきてから息抜きに来る可能性が大きいわ。




 バーは会員制で、入り口には黒服のスタッフが立っており会員証を確認していたが、結海は諦めなかった。


「あの……私、実はここの『In Mezzo al Mondo(イタリア語で世界の真ん中での意味)』の特集記事を出したくて来ました『古都出版』記者の佐藤です。

 もしよろしければ、取材の許可を頂きたくて」


 スタッフは始め疑わしそうに見ていたが、あまりにも自信たっぷりに構えた結海に押されたのか、支配人に通してくれたのだった。




 結海は支配人に適当なインタビューをした後、そっと小声で訊いた。

「ここって、芸能人とかモデルさんとかがお忍びで使われていますよね? 私、朝倉リンさんの知り合いなんです。今日は来てらっしゃいますか? 」




「朝倉さまの? ええ、いらしてますよ。京都での撮影から帰ってこられたとかで、ご友人と遊びにいらしています。お会いになりますか?」



「はい。もしよろしかったらご挨拶だけしたいので、案内していただけますか?」

 結海はこの幸運の流れに乗っかろうとした。






 支配人に案内されて、結海は部屋を出て奥へ行くと、少し薄暗いが落ち着いて居心地のよさそうなカウンターと、シックなブラウンのテーブルとソファーがゆったり配置されている広い店内へと出た。


「こちらがお店です。朝倉さまは一番奥のカウンターにご友人といらっしゃいますよ」と丁寧に教えてくれた。




 結海が店内をぐるりと見渡すと、どこかで見たことがある顔があちらこちらに見えた。たぶん、この時代に来た時にホテルのテレビで観たことのある芸能人たちだろう。


 結海が恐る恐るカウンターの奥へと進んでいくと、一番奥に二人連れの客が肩を寄せ合って飲んでいる後ろ姿が見えた。



 ――朝倉リンだ。


 しかし、その隣の友人らしき人物は、女性ではなかった。黒いスタイリッシュな革ジャン、細身のジーンズに身を包み、短い黒髪の男性だ。座っていても足の長さから背の高いスタイルのいい男であることは一目瞭然だ。




「朝倉さんの隣の男性、まさかあの人……すごく似てるけれど、違うよね? まさか、まさかだよね?」


 結海は独り言を言いながら薄暗い店内を一歩ずつ朝倉たちの方へと近づいて行った。



 カウンターへと近づいていくと、周りの客のヒソヒソ声が耳に入ってきた。朝倉の隣の男性を見て、噂をしているようだ。


「ねえ、ねえ、あの人、やっぱりそうだよね。噂の彼でしょ? 朝倉リンって男をとっかえひっかえよね。業界でも有名じゃない? ねえ、後ろ姿しか見えないけど、ここって会員制だし一般人てことはないでしょ? あのイケメンな後ろ姿、絶対、海原裕星で間違いないよね?」

 女性客が小声で勝手なこと言い合って笑っている。




 ――まさか。本当にあの人はパパなの? 東京に戻ってから、こんなところで朝倉さんと密会していたの? 私たちより先に帰ったのに。


 男の年恰好が、見れば見るほど裕星のように見えてきて、結海は今にも泣きだしたい気持ちだった。



 ――じゃ、じゃあ、京都に私たちといたとき朝倉さんと会ってなかったのは、その前にもう会ってたからだったの? それなのに、平然と嘘をつくパパを信じられないわ!



 後もう少しで朝倉たちに手が届きそうなところまで近づいたときだった。

 ふいにカウンターの向こうから誰かが朝倉に声を掛けてきた。


「リンちゃん! ああ、やっぱりリンちゃんも来てたんだね。噂の彼氏さん? こんばんは! わあ、やっぱりロックバンドの人はカッコいいよね! いつもそんなハードな格好なの? 

 でも、気を付けてね。まだ彼女と別れてないんでしょ? 不倫て言われちゃうから大変よね。こんなとこにまで記者は来ないとは思うけど、くれぐれも気を付けないとね」


 結海とは反対方向からやってきたのは、朝倉のモデル仲間のようだった。



 結海は急いでくるりときびすを返すと、朝倉たちから少し離れた柱の陰から様子を見守った。



 すると、男の声は聞こえてこないが、肩を上下させ笑っているようだった。男が朝倉の肩をグイと引き寄せると、朝倉はその男の肩に頭を乗せてしなだれている。

 それをモデル仲間はまた大きな声で冷やかしているのだ。


「やあね、アツアツを見せつけないで! 今夜は一緒なの? いいなあ。私なんて最近彼氏と別れたばかりだから、女同士で寂しい女子会よぉ。じゃあ、ごゆっくりね〜!」

 もう酔っているのか、フラフラしながら朝倉たちから離れていった。





「本当にあの人がパパなの? 嘘でしょ? ああ、どうしよう。ママに連絡して会うことになっていたのに忘れていたわ」


 結海がケータイを確かめると、裕星からの着信が何件か入っていることに気付いた。


「パパ、私に電話してアリバイ工作しようったって無駄よ! だって私はすぐ後ろにいるんだから!」




 結海はもう一度、朝倉たちに近づき、すきをみて裕星に警告しに行こうとした。


 結海が二人に近づこうとしたその時、朝倉の隣の男が席を立ちトイレに向かったのだった。


「チャンス! これでパパ一人に声を掛けられる。トイレから出てくるのを待ちぶせていよう」


 しかし、少したってトイレから出てきた男は、くるりと壁を向いてこちらに背を向けたまま、どうやら誰かと電話をしているようだった。

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