第10話 スキャンダルの作り方

<不倫ってこと? どうだろうな。いや、でも彼女が今付き合ってるのは誰か知らないけど、一つだけ言えることがある。彼女は狙った男は絶対に自分のものにする性格だからね。


 昔はそうじゃなかったんだ。純粋で素直でね。――金のせいだろうな。

 有名になって金がどんどん入るようになると、逆に他人を信用しなくなり、昔からの付き合いをキッパリやめて、自分に相応ふさわしいレベルの高い特定の人とだけ付き合うようになったんだ。


 ああ、こんな話をするつもりじゃなかったな。まるで俺が未練たっぷりみたいじゃないか。すみません、この辺でいいですか?>




「あ、本当にお時間いただいてすみませんでした。最後にもう一つだけお聞きしたのですが。

 朝倉さんてロックバンドとかアーティストの男性がタイプだったりしますか? たとえば……ラ・メールブルーとか」




<ラ・メールブルー? ああ、海原裕星か。彼、婚約中でしょ? それも最近公表したばかりの。

 ――うーん、でも、彼女の男のタイプとしてはど真ん中だな。寡黙かもくでクール、背が高くてモデル体型、女顔負けの綺麗な顔立ち。

 その彼がリンのターゲットにされていたとしたら、彼もリンにイチコロだと思うよ。男なら誰でも彼女の誘惑には勝てないからね。あ、ゲイじゃない限りね>と電話の向こうでフッと笑っている。




 ありがとうございます、と結海は電話を切ったが、に落ちなかった。


 ――パパが他の女性に、それもどんなに綺麗でスタイルの良いトップモデルだとしても振り向くわけがないわ。






 そのころ、朝倉は東京駅で取材陣に囲まれていた。


「朝倉さん、おかえりなさい。京都はいかがでしたか? 素敵な写真集が出来そうですか?

 ――ところで、彼氏とは京都で熱い夜を過ごせましたか? お忍びならぬ、仕事を合わせての計画デートだったんでしょ?」


 記者の一人がついに直球を投げた。


「お相手の海原裕星さんとはいつ知り合ったんですか? 海原さんとなら美男美女で目立つカップルでしょうねえ」


「海原さんには最近婚約した彼女がいますが、それはご存じでしたか? そうなると、不倫ということでしょうか?」


 記者は遠慮なく言いたい放題の質問を朝倉にぶつけている。




「どいてください! これからまた次の仕事なんです」

 駅に迎えに行ったマネージャーの山田が取材陣をかき分けながら朝倉を自分の車の方へと誘導していた。





 マネージャーの運転する黒いリムジンに乗り込んだ朝倉に、車の窓越しに記者たちは声をかけ続けている。


「京都の神社はいかがでしたか? 二人仲良さそうで羨ましかったと目撃証言がありましたよ」



 しかし、朝倉を乗せたリムジンは、取材陣が離れるのも待たずグインと動き出し、見る見るうちに遠くに消えてしまったのだった。









 そのとき回していたテレビ中継が夕方のワイドショーで流れた。




 JPスター芸能事務所では、社長の浅加と、ラ・メールブルーたちが社長室でスケジュールの調整をしている間ワイド画面のテレビで何気にニュースを流していたが、「海原」という名前に反応して、皆一斉に振り向いて画面にくぎ付けになっている。



「ねえ、今、海原裕星って言わなかった? この女の人とどういう関係?」

 ドラム担当のリョウタが首を捻っている。



「ああ、確かに言ってた。それも昨日裕星は京都の仕事で行ってたからな。京都でデートしたとかなんとか聞こえたが、まさかだろ?」

 光太も聞き間違えかとばかりにテレビの声に集中している。




 すると、中継が消え、苦い顔の司会者がアップになった。


<いやあ、海原裕星さんと言えば、ラ・メールブルーのメインボーカルですし、しっかり者で最近元女優の方と婚約を発表されたばかりですよね? いったい彼にどんな気の迷いがあったのでしょうかね?>


 すかさずコメンテーターの男性が言葉を入れた。


<彼だって普通の男ですよ。あれだけの人気と名声の上、あのスタイルと顔面偏差値の高さにつけ才能を持った男です。世の女性が放っておくわけがない。

 そりゃあ、婚約者がいても、目の前に美味しいディナーを付きつけられたら、そっちを食べちゃいますよ>などと言って下品に笑っている。





「社長、これ、どう思いますか?」

 陸が訊くと、浅加は腕組みをして、「ハハハ、また懲りない奴等の仕業さ。裕星は今、来年の夏に上映する映画の主演が決まってる。それにあやかって部数を売ろうとしてガセを吹っかけてきたんだよ。

 裕星に直接聞いてみるといい。ただし、この報道を慎重にスルーしないと、まるで後から後から勝手に取って付けたガセ情報を出されるからな」と眉を寄せている。





 ちょうどそこに京都から戻って写真集の打ち合わせで席を外していた裕星が社長室に入ってきたが、皆の様子がおかしいことに気付いた。



「何かあったんですか?」



「裕星、まただよ。お前、京都で誰かと会っていたりしてないか? 『古都出版』の記者のほかに」


 浅加がワイドショーで大写しになっている暗い写真を見ながら裕星に訊いた。


 裕星は訝しげにテレビの画面を見ると、自分の名前で挙げられている影絵のような写真を見て、ああ、と唸った。



「なんだ、やっぱりこの写真、身に覚えがあるのか?」

 浅加が問いただすと、裕星は一笑してテレビを消すと、皆の方へ向きあった。


「この写真は確かに俺ですね。まさか週刊誌の記者が近くに付きまとっていたとは知らなかったけど、こんなとこまで付いて来たのか。ご苦労な奴らだな」ハハハと笑っている。



「お前、笑い事じゃないだろ! 美羽さんに対してどう言い訳するんだ。これはどう見ても取材というより抱き合っている写真に見えるぞ」

 光太が裕星のはぐらかすような態度を見て不愉快そうな顔をした。




「ああ、悪い悪い。別に抱き合ってたわけじゃない。彼女は俺の……いや、取材をするために来た記者なんだが、この場所で帰り際につまづいて転びそうになったから俺が咄嗟とっさに支えただけだよ。別にやましいことなんてない。それに美羽も一緒にいたからね」

 裕星はまだ笑っている。



「裕星さん、もうこりごりだよ。こんな誤解されるようなことばっかりで僕の心臓に悪いよ」

 陸がやれやれとソファーに倒れるようにドサッと座った。




「とにかく注意しろよ。あいつらはお前が婚約したことで結婚までの間にスキャンダルを仕掛けて派手な記事にしてやろうとして躍起やっきになってるんだ。


 今まで結構やり返されてきたから逆切れしてるんだろうよ。まあ、お前は大丈夫でも、女性絡みはファンの子たちの精神にも支障をきたすからな」

 浅加はやれやれとデスクに腰を下ろしたのだった。

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