第9話 美しき魔女の正体

「美羽さん、ここにあるよ!」

 新幹線乗り場の手前にある本屋の店先で、結海は例の週刊誌を取り上げてペラペラとページを開いている。


「あ、これだ。何これ、意味のない記事。女性と神社で参拝していたって? 仲良さそうに暗がりで時折抱き合っていた? なにこれ、この女性って私たちの事よね? なるべくいかがわしくしようとして。まるであの女性とパパが二人きりでいたみたいに書いてる」




「そうね。でも、ほんの小さな記事だわ。記者も記事にあまり自信はないようね」

 美羽が冷静に言葉をかけた。



「でも、やり方が汚いわ。どう考えても、同行者は私たち二人だけよね? なんなら、私はパパの取材という形を取ったのよ!」




「そうね。とうとうこの記事は未来の通り世に出てしまったのね? 仕方ないわ。

 次の大きな記事は絶対に阻止しましょう」

 美羽はまるで子供をなだめるように結海に言った。



 記事の片隅に小さく写っているおよそ影絵かと思えるほど暗い写真には、背の高い男性がしなだれかかっている女性を受け止めているようにも見えた。


 結海は写真を見て、何か引っかかっていたが、あまりに小さく真っ暗な画像では、確かに男女が抱き合っているようにしか見えないが、それが裕星であるとも無いとも言えない粗末なものだった。




 都内に着くと、美羽は真っ直ぐ自宅マンションに戻って行ったが、結海はそのまま例のモデル事務所に向かっていた。

 あの噂のモデル、朝倉リンはどうしているかと気になったからだ。



 事務所では、早々と発行してくれたIDのお陰で、受け付けもすんなり通ることが出来たが、今日はまだ結海の仕事はない。何か理由をつけて朝倉のスケジュールを調べようとしていたのだ。



 すると、タイミング良く、乗り込んだエレベーターに朝倉のマネージャーらしき男が慌てて駆け込んできた。


 なぜ朝倉のマネージャーと分かったかといえば、自慢げに抱えていた朝倉リンが表紙のファッション誌を見せながら、随分と大きな独り言を言ったからだ。

「いやあ、忙しくて参るよ。朝倉は人使いが荒いからなあ。俺が3人目のマネージャーやってられるのも、いつまでかなぁ」



「……お疲れ様です」

 無視するわけにもいかず、仕方なく結海は男に声をかけた。



「いやいや……。あれ、君は新人さん?」


「あ、はい。佐藤結海と申します」



「そうなの。頑張ってね。つうか、そんなに頑張らなくてもいいと俺は思うよ。ほどほどにね」

 朝倉のマネージャーの男は結海に適当なアドバイスをすると、10階に着いたエレベーターの音に気付き急いで出ていこうとしている。



「あの、ちょっと朝倉さんのことでお聞きしたいことがあるんですが……。あの、私、先日、朝倉さんとは知り合ってすぐ目を掛けていただいていて、とても感謝しております。

 実は、ちょっと恋愛の相談にも乗っていただきたくて……朝倉さんのご都合をお聞きしてもいいですか?」





「恋愛相談? へえ、そんなに仲がいいなら、本人に聞きなよ。僕はマネージャーといってもただのパシリなだけだからね」




「そんな。正式なマネージャーさんですよね? 朝倉さんはご自分のことは何もおっしゃってくれなくて、ケータイの番号もまだ教えてもらえてないんです」



「――ああ、彼女は割とガード固いからね。友達も少ないのに、パーティーをやれば100人以上集められる不思議な魅力の持ち主さ。

 彼女のプライベートは謎だらけで、実は僕も彼女については詳しくない。今までのマネージャーも彼女のプライベートを知ろうとして辞めさせられたんだよ。出来れば、俺も触らぬ神に祟りなしで行きたいよ」




「はあ……そうなんですか。とても素敵な大人の女性に見えるのは謎が多いからなんですね。でも、まさか、スキャンダルとは無縁ですよね? たとえば、熱愛とか不倫とかには」


 結海はちらりとマネージャーの様子を窺った。



「スキャンダルねえ。そういえば、彼女、休みの時の居場所も教えてくれないなあ。もしかすると、今新しい熱愛彼氏でもいるのかもな。あ、これ、俺が言ってたってことは内緒だよ。


 昨日は京都に写真集の撮影で行ってたけど、まだ彼女戻ってないんだ。俺は先に帰ってきたからその後のことは分からないな。連絡が来たら後で駅に迎えに行かないといけないけどね。


 彼女のことを詳しく聞きたければ、前のマネージャーで元彼の川根かわねという奴に聞けばいい。

 あいつは朝倉が新人のころのマネージャーで、当時は初々しい朝倉とプライベートでも交際していたんだが、朝倉が有名になるにつれてギクシャクしてきて別れたらしい。


 あいつは俺の同期なんだ。ほら、これが連絡先。あ、これも俺からの情報だって朝倉には内緒だよ。知られたらクビは確実だからな。あ、俺は山田。川根に言ったら色々話してくれると思いますよ」と廊下でメモにササッと書いて渡してくれた。





 結海は口の軽いマネージャーのお陰で有力情報を手に入れることができて、急いで事務所を後にしたのだった。


「美羽さん? 私。今日は少しだけ情報が入ったよ。朝倉リンの元彼のこと。元マネージャーだったらしいの。うん、これからその彼に連絡してみる。美羽さんは仕事が終わったら合流しよう。うん、そこでいいよ」


 結海はケータイを切ると、今度はメモの番号にかけた。



 しばらく呼び出し音が鳴って留守電につながろうとしていた時、やっと<はい……>と男の声が聞こえてきた。



「川根さんですか? あの、突然のお電話すみません。私、アンジェラモデル事務所の新人モデルで佐藤と申します。山田マネージャーからこの電話番号を教えていただいたのですが、お聞きしたことがあるんです。お時間大丈夫ですか?」



<山田から? ああ、いいですよ。今日は仕事が休みで寝てたけど……。何でしょうか>



「すみません、お休み中に。あの……朝倉リンさんのことで。私、後輩なんですが、朝倉さんのことをもっと知りたくて。仲良くなりたいんです」



<どういうこと? 本人に直接言えばいいじゃないですか。僕は彼女とはもう何の関係も……>



「以前お付き合いされているとお聞きしたんですが」




<山田だな……仕方ない、いいですよ。朝倉の何を知りたいの?>




「彼女の性格とか趣味とか、好きなことなら何でも」



<ああ、そういうことね? いいよ。彼女の性格は、大人しく見えて芯がある。それに、一度決めたら突き通す根性もある。ああ、これが長所ね。

 欠点は、頑固で譲らない。好きな男には一途だけど、一旦自分に振り向くと飽きて冷たくなるところ。自分のレベルに合わせて男をアップデートするところかな。とにかく何にでも熱しやすく冷めやすいところがあるね>



「へ、へえ。それは、たとえば気に入った男性に他にステディな彼女がいても、狙うという意味もあるんですか?」

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