第7話 親子水入らずの京都観光

「落ち着いて、パパ。私も嘘だってわかってるよ。でも、週刊誌は30年以上経った後まで噂を否定しないから、ずっと本当のことだって言われてた。パパの当時のコメントもなかったしね。

 それが最初の密会場所は今日のこの京都だったからよ」



「まさか……なんで俺が? それに、京都には急遽ファッション誌GP‐JAPANの撮影で来たんだ。昨日突然入った単独の仕事だよ。俺がここに女連れで来ると思ってたのか?」




「ううん、まさかそんなこと。裕くんがそんな人だなんて思ってもいない。でも、これから週刊誌がそんな記事を出すらしくて、それを阻止するために結海ちゃんが私のところに来てくれたのよ」

 美羽が結海を見ながらフォローしている。



「――名前、ゆうみっていうのか?」


「うん、パパが付けた名前よ。海を結ぶって書くの。パパはこれから海外に進出するお仕事が増えるからね。日本に残したママと私の架け橋になるようにって」 



「俺が海外の仕事を? まさか。今、国内だけでも手一杯なのに」



「ふふ、結婚してから幸運の女神のママのお陰で運がよくなっていくみたいよ。七年後には二人は海外で式を挙げるのよね? えっと、モルディブだったよね」




「―—まだ予定でしかないけど。本当に何でも知ってるんだな。じゃあ、俺たちの子供っていうのは本当なのか?」


「まだ疑っていたの? 本当よ! 二人のことなら大概知ってるわ。出会ったライブハウスのことから、初めての喧嘩のことまで……あ、そうそう、そのことでここに来たのよ!」





「俺たちが離婚でもするのか?」



「ううん、でも、その危機にあるのは確かよ。私、もう22になったの。出版社で働いている立派な社会人よ。でも、二人のことが心配でまだ一緒に住んでるわ。もちろん独立したいけど、いつも喧嘩ばかりだから。それもこれも、この記事が大きな原因みたい」


 そういうと、結海は持ってきたファイルの中の記事を見せた。






 裕星はファイルを受け取りじっと読んでいたが、バサッとテーブルの上に置くと、「これは大ボラもいいとこだ。俺はこんなモデルなんかと会ったことも見たこともない!」と写真を睨んでいる。




「──だと思った。でも、このモデルの朝倉リンも今京都に来てるのよ。もちろん仕事だと思うけど、もしかしてパパを追いかけてきたとか?」



「はあ、まさか! 知り合いでもない女に追いかけられる筋合いはない。それに、俺とこの女はどこに接点があるんだ?」




「それが、出会った経緯も書いてないの。ただ、分かっているのは、二人が今夜、こっそり会ったと言ってこの影絵みたいな暗い写真と、その数日後に撮られたマンション前の抱き合ってる写真があるだけよ。でも、赤外線カメラでパパの顔だけはハッキリ見えてる……」



 裕星がもう一度、これから起きる自分の写真に顔を近づけて凝視していたが、「これはどこなんだ? 本当に京都なのか? これは確かに俺だと思うが、隣の女性は誰か顔もはっきり写ってないじゃないか。本当にこれが今夜起きることなのか?」




「まあ、写真があるからにはこれから起きることよ。だから、今日はホテルから外に出ないか、ママとずっと行動するとかしていてよ」




「ああ、もちろんそうするよ。こんな胡散臭うさんくさい記事を出されたくないからな。それに明日はもう東京に帰るだけだ」




「裕くん、本当にごめんね。私たちが突然やってきて、驚いたでしょ? でも、もし、これが本当なら、一生色んなことを書かれ続けることになるし、私たちが結婚しても溝ができてしまうみたいなの」

 美羽が心配そうに裕星を見て言う。



「美羽、俺を信じろ。俺は浮気なんてしないし、他の女に興味がないことは知ってるだろ? 今夜は一緒にいよう。それが安全策だな」





「うんうん、パパ、それがいいわ! でも、せっかくだから京都の夜をママと楽しめばいいじゃない? ママとなら公表してる婚約関係なんだから」

 結海がウィンクして見せた。








 三人が料亭を後にしたのは、太陽が西に傾くころだった。何時間も話し合って作戦を決めたが、せっかくの親子水入らずの京都だ。結海は一か所だけ皆で行きたい場所があると提案してきたのだった。


「ここにだけは家族で一緒に行きたかったの。後は私は予約したホテルに戻るから、ママはパパのホテルに一緒に泊まるといいわ。明日は予定通り新幹線で帰るから、ね」と満面の笑みを見せた。








 三人は夕焼けに染まった京都の街をタクシーに揺られて目的地に向かっていた。


 美羽は、窓から見える古風な街並みにため息をつきながら、京都へは何度も来たことのある裕星に色々と質問している。


 結海はタクシーの助手席で、仲良さそうな後部座席の両親の姿をチラチラと見て満足げに微笑みながら、地図を見て運転手に指示を出した。




 目的地に着くと、夕日はすっかり傾き、雲が紫色に染められてきた。


「急いで行こう! もうすぐ暗くなっちゃうから」

 結海が先頭だって足早に進んでいく。



「ほら、ここ、八坂神社(※)は縁結びと家内安全の神様なの! わあ、明かりが灯って朱色の門が綺麗!」



 結海はガイドブックの説明文を読みながら急いで本堂を目指した。

 三人が一緒に参拝して振り向くと、まるで神様が願いを受け取ったとでもいうかのように、ゴーンゴーンとどこか遠くの寺から鐘の音が聞こえてきたのだった。




風情ふぜいがあるわね。本当に京都って素敵なところだわ」

 美羽がうっとりと周りを眺めている。


「本当だな。まさかこんなハプニングで美羽と京都旅行できるとは思わなかったよ」裕星も嬉しそうに笑った。




「それじゃ、ママ、パパ、後はどこかでお食事するなり、ホテルにこもるなり、お好きなように。私は先に帰るね。あ、パパ、くれぐれも気を付けてね!」と結海がイタズラっぽく笑った。


 


 並んで歩く裕星と美羽二人の前を対面して後ろ向きで話しながら歩いている結海が、「あっ!」と小石につまづき倒れそうになったその時、裕星が咄嗟に駆け出し結海の体を抱き留めた。すんでのところで、結海は砂利道に転んで怪我をすることもなく無事だった。


「もう、お前は美羽に似てそそっかしいんだな」と笑っている。


「はぁ、ありがとう、パパ。助かったわ。ここにはパンプスを履いてくるんじゃなかったわ」と靴の中に入った砂利を裕星の肩に手を置いて体を支えながらポンポンと落としている。





「じゃあ、今度こそ、二人で楽しい京都を満喫してきてね。じゃあママ、明日の朝9時にホテルのロビーで会いましょうね!」

 バイバイと無邪気に手を振りながら、どっぷりと日が暮れてもう人気の少なくなった神社の境内を後にしたのだった。





「裕くん、結海ちゃんて可愛いわね? 性格は、まあちょっと私に似てるけど、あの行動力は裕くん似ね」うふふと笑った。




「ああ、本当にあの子が俺たちの子なのかまだ信じられないけど、よく見たら、時々お前の面影が見えたよ。綺麗な子だし年頃だから、きっと未来の俺はさぞかし心配してるんだろうな」と苦笑いしている。



 今夜さえ乗り切れば、ここ京都であのモデルと撮られることはないはずだ。

 とにかく今は周りに気を付けながら、美羽は裕星と一緒に行動することでガセ記事を出されないように用心していた。








(※ 注)

 京都市東山区にある「八坂神社」は、全国にある八坂神社や素戔嗚尊すさのをのみことをお祀りする約2300社の総本社。最強の八坂神社ともいえます。『八坂神社HPより引用』

 インスタ映えする綺麗な朱色の門、観光や初詣にも人気の場所だそうです。詳しくは八坂神社HPなどをご参照ください。

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