第6話 最愛なる未来の娘
「うん、タイミングを見てね。だって、その方が手っ取り早いでしょ? 朝倉さんを探し出してパパに近づくのを阻止するより、パパ本人に言っておけば、パパ自身が警戒することもできるし」
「確かにそうね。でも、きっとびっくりするわよ。私はあの日記の手紙があったからまだ理解できたけど、裕くんは本当にすっかり記憶にもないから」
「大丈夫! 私に任せて! パパのことだから、最初はツンツンしてるだろうけど、可愛い娘が会いに来て嬉しくないわけないと思うわ」と鼻歌を歌いながらオムライスを口に運んだ。
***2023年7月3日***
新幹線の中、結海は美羽の隣の席で、さっき買ったばかりの袋菓子を開けてポリポリ食べている。
「昨日の夜、あれから裕くんから電話があったの。
美羽が心配そうに訊くと、「あ、大丈夫、大丈夫! 何とかなるから。それに、そんなインタビューなんて真っ赤な嘘だから。あの料亭は私が行きたいところだったからよ。そこで私のことを告白して、楽しくお食事して、パパに警告したら終わりよ!」と笑っている。
「ええ、そうなの? だって、裕くんの仕事の合間にインタビューを申し込んでおいて、そんな感じで大丈夫かしら? 裕くんは今とても忙しいのよ! 私もずっと教会に泊まり込みだったし、わざわざ京都まで行かなくても良かったんじゃないのかしら?」
「ううん。パパはあの未来記事の通り京都に行ったわ! だから放っておいたら記事のようになってしまうかもしれないでしょ? 朝倉さんと会わなければそれでいいわけだから」
「でも、そのモデルさんは昨日は事務所にいたんでしょ? それなら大丈夫なんじゃないの? 京都には行かないんだから」
「確かめてみようか? 私、こう見えても昨日モデルの面接に合格したんだから。電話で朝倉さんのスケジュール聞いてみるわね」
「モデルになったって……いつの間に?」
美羽が驚いている間、結海はもうデッキに出てモデル事務所に電話をかけている
「もしもし、佐藤結海です。あの、お仕事は来週からですよね?
ところで、私を推薦してくださった朝倉さんにご相談があるのですが、今、朝倉さんはどちらに……。
えっ? それ本当ですか? 本当に本当ですか? あ、いいえ、たまたま私も京都に向かっていまして。それでは、京都でお会いできたらお話してみます。ありがとうございました」
結海は電話を切ると、両手で胸を抑えて真っ青な顔で戻ってきた。
「そのモデルさんも京都にいるのね?」
美羽に訊かれて、コクリとうなづいた。
はぁ、と美羽はため息をついた。
「やっぱり二人は私に内緒で京都で密会を……」
「ママ! そんなことないよ! 私に任せてよ! パパはずっとママのことを大切にしてるよ! だけど、この事が切っ掛けで喧嘩になってしまうの。だから私が来たのよ! 絶対に記事を信じてないからよ。パパのことを信じて欲しいからなんだよ!」
結海は興奮して叫んだが、顔を真っ赤にして涙目になっている。美羽がそっとてんとう虫のワンポイントが入ったハンカチを結海に差し出すと、結海はそれを受け取って涙を拭った。
「てんとう虫?」
「そう。私の好きな虫なの。ほら、太陽のことをお
美羽の言葉に結海がやっと笑顔を見せた。
「結海ちゃん。大丈夫、私も裕くんのことを信じてるわ」
美羽は結海をギュッと抱きしめたのだった。
新幹線が京都駅に到着した。駅前にあるという老舗料亭『
「ゆ、結海ちゃん、ここ、凄いとこね。一流料亭じゃないの? 結構なお値段するよね?」
美羽が料亭ののれんをくぐりながら、恐る恐る結海の顔を見た。
「大丈夫よ! 支払いはパパにお願いすればいいわ! なにせトップアーティストなのよ。 ここの支払いくらいなんともないわよ」
結海はへへへと胸を張っている。
中居に案内されて入った個室は、
落ち着いた和室に高級感のあるテーブルと椅子。思い描いていた和テーブルと座布団の形式ではなく、正座が苦手な若者にも優しい部屋だ。
使っている家具の素材やデザインは重厚で、ツヤツヤとした漆黒の木のテーブルは四本の足にそれぞれきめ細かな彫刻が施され高級感に溢れている。
「わあ、いくら何でもここで食べたら幾ら掛かるか……」
美羽は中居が部屋を出ると、結海に小声で
「ま、まあ、夜はたぶんウン十万単位、かな?」
「えぇぇ!」
美羽は両手で口を覆って目を丸くしていると、中居の声が聞こえてきた。「お客様がお着きになりました」
すると、襖をスーと開けて裕星がうつむき加減で入ってきた。ゆっくり顔を上げて美羽を見つけるなり、えっ? と声を上げた。
「美羽、お前なにやってんだ? 俺は雑誌の取材って聞いてきたぞ」
「こんにちは、海原さん。私が古都出版の佐藤です! と言いますか、詳しいことは後で話しますから、どーぞこちらに座ってください」
結海が立ち上がって美羽の隣の席の椅子を引いている。
「美羽はどうしてここに? どうして京都まで来たんだ?」
裕星は椅子に座りながら美羽の顔を見つめた。
「昨日はここに来ることを言わずにごめんなさい。実は、凄く複雑な話なんだけど、驚かないで聞いてくれる?」と美羽が不安そうに裕星を見ている。
「さっそくですけど、まずは自己紹介しますね! 私は古都出版の社員で、今回お世話になります結海と言います。
あ、でも、本当の理由は、パパに会いたかったからなのよ!」
「――パパ?」
裕星は眉をひそめて結海をジロリと睨んだ。
「あ、あのね、これには訳があって、ほ、ほら、タイムスリップお地蔵様、覚えてるでしょ?」
美羽が慌てて割り込んだ。
「タイムスリップ? ああ、あの地蔵のことか。――もしかして、それで俺たちの娘が来たとでも?」
「へえ、パパ、俺たちの娘って、飲み込み早いね! やっぱり美羽さんと結婚して私が生まれるって分かってるのね?」
結海がからかうようにニヤリとして言った。
「本当なのか、美羽?」
裕星は、口達者な見ず知らずの結海を無視して美羽に訊いた。
美羽はこくりと頷き、「そうみたいなの。でも、遊びで来たわけじゃなくて、私たちに危機が迫っているからみたいよ」と恐る恐る言った。
「俺たちの危機? それに、まず、どうしてこんな遠い京都まで来たんだ」
「実はね、パパがここで浮気をして……週刊誌にすっぱ抜かれたのよ」
結海が言い出した途端、「俺が浮気? いったいどこの誰とだよ!」裕星がすぐに突っ込んできた。
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