第5話 家族が揃う日

 扉が閉まると、女性はチラリと結海の方を振り返って突然声をかけた。

「新人モデルの子?」



「あ、は、はい。あ、いいえ、これから面接なんです。まだモデルでもなんでもありません」

 慌てて結海が答えると、女性はふふふと涼やかに笑った。

「あなたなら大丈夫よ。すごく綺麗な顔立ちだわ。それにスタイルもいいし」



「いえ、私なんて」

 結海が彼女の方を向くと、ちょうどエレベーターが十階に到着しポンと音を立てて扉が開いた。




 先にスッと出ていく女性を見送り、結海は女性の背中に声を掛けた。

「あの、あなたは?」



 すると女性は立ち止まって振り向くと、不思議そうな顔でじっと結海を見ていたが、「私は朝倉リン。あなたは?」と問い返した。



「私はかいば、あ、いえ、佐藤結海さとうゆうみといいます!」

 結海はエレベーターから急いで降りると慌てて頭を下げた。





「結海さん? よろしく! あなたきっと合格よ! 私の推薦って言っておくわ」とウィンクしたのだった。



 結海は美しい朝倉の気の利いた言葉を聞いて、同性ながら憧れの人に会ったかのようにドキドキしていた。


「素敵な人……朝倉さんかぁ。え……朝倉リン? そうよ、あのモデルの名前じゃないの! パパの相手だと言われたモデルってあの人のことなの? 週刊誌の写真より実物の方がずっと大人っぽかったわ」

 しばらくエレベーターホールの前で立ち尽くしていると、後ろからやってきたスタッフに声を掛けられ我に返った。



「面接を受ける方ですか? どうぞこちらに」





 結海がスタッフの後に付いて入った部屋は壁一面に大きな窓があり、デスクが一つと応接間のようなソファーとテーブルが置かれていた。


「やあ、君、ええと、佐藤結海さんかな。わたしは社長の早川です。それと、君はうちの朝倉リンと知り合いなのかね? さっきリンから、君は自分が推薦するから合格にしてくれと言われたよ」


 社長と思われる初老の男性が、にこやかに結海に近づきながら言った。




「あの……、朝倉さんとはさっきエレベーターで会ったばかりなんですが……」



「ん? さっきエレベーターで? 冗談でしょ? 君は、これほど整った顔立ちとスタイルなら、前にもどこかの事務所でモデルかタレントをしてたのではないかな?」


「いいえ、モデルは一度もしたことがありません。でも、朝倉さんに推薦して頂けるなんて……嬉しいです!」

 結海は朝倉との繋がりを持ちたくて名前を上げた。




「ああ、彼女はトップモデルだからね。以前はパリコレの経験もあって、今は女優としても人気だしね。でも、君なら超えられるかもしれないよ。そんな逸材いつざいに感じる。私の勘は当たるんだ」

早川はワハハと豪快に笑っている。



 結海は褒めちぎられ困った顔をしたが、ここで何か手掛かりを掴んで行こうと、早川に恐れず詰め寄った。



「あの……モデルをするにあたって質問があります。例えば、モデルになったら恋愛禁止になるんですか? その……先輩モデルさんたちでも熱愛の噂になったりするのはご法度ですか? たとえば、朝倉さんみたいなトップモデルは……」


 なんとも大胆な質問に早川はキョトンとした顔で結海を見た。

「どうしたんですか? 変な噂でも聞いたのかな? それなら大丈夫ですよ。うちの事務所は別に恋愛禁止というわけじゃないからね。ただ、朝倉みたいなトップモデルにもなれば、噂は致命傷にも後押しにもなるかもしれないね。なにせモデルと女優としても売れっ子で、影響力があるからね」



「朝倉さんレベルだとそうなりますか? あ、すみません、変なことをお伺いして。失礼いたしました」と頭を下げて部屋を出たのだった。


 ――さっきの綺麗な人がやはり朝倉リン、パパとこの後週刊誌の記事にされる人よね? でも、あの人、綺麗だけどツンとすました感じで完璧すぎてパパのタイプじゃないわ。それに、いつパパと接点があったのかしら?

 とにかく、こんなに早くターゲットを見つけられたなんて奇蹟ね。さあて、次はどうしたらいいかしら?






 結海は事務所を出ると、急いで美羽との待ち合わせ場所へと向かったのだった。



 モヤイ像の前には約束した時間の十分前だというのに、もう美羽がキョロキョロしながら待っていた。



「ママー、ここよ!」

 結海が手を振って美羽に近づいていくと、美羽は結海を見つけて小声で「結海ちゃん、『ママ』は止めて! どうみても、まだ私そんな年じゃないもの」と眉を寄せている。




「アハハ、ごめんなさい。じゃあ、美羽ちゃん? みーちゃん? どれにする?」



「美羽さんで。年上なんだから」

 美羽が頬を膨らませて言った。




「私は今22だから、今のママは一つだけお姉さんよね」

 ペロリと舌を出して肩をすくめた。






 結海はレストランのテーブルに着くなり、さっそく話し始めた。

「それでね、すんごいことが分かったわ。あの写真のモデルに会えたの! あの人の事務所がこの近くだったから行ってみたけど、まさかもうあの人に会えるなんて」



「結海ちゃん、偶然にその人に会えたのね? それで? 何か分かったの?」



「うん。彼女はトップモデルだし女優もしてるって。だから、事務所的には恋愛はオッケーでも、スキャンダルはダメみたいよ」




「それは誰でもそうでしょ。どんなモデルでもスキャンダルはご法度でしょ? それに、あの記事が本当なら、明日彼女と裕くんは京都で密会するってこと?」



「それがね、本当に偶然なんだけど、パパは今京都にいるみたいなのよ。 だから、明日さっそく私が京都でパパの取材をすることにしたわ」



「裕くんが今京都にいるなんて知らなかったわ。何も言ってくれなかったから。

 でも、どうやって取材の約束を取り付けられたの?」



「うふふ、そこは私だって正統派記者の端くれよ。堂々と正面から事務所に行って交渉したのよ」


 結海はさも自分の力かように少し大袈裟に言った。



「いつの間に……。それで、京都には一人で行くの?」


「出来たら、ママ、ううん、美羽さんも来てくれたら心強いけど」



「明日かあ……。ミサも無事に終わったし……分かったわ、孤児院には明日から二日間お休みをいただいておくわ」



「わあ、ラッキー! 明日は京都をママとパパで家族旅行できるのね? 嬉しすぎ!」



「結海ちゃん、遊びじゃないのよ! その京都で裕くんがあのモデルと密会してたと書かれてたんでしょ? だから私たちはそれを阻止しに行くのよ」



「そうそう、その通り! でも、パパの驚いた表情を見るのもちょっと楽しみじゃない? 設定としては、古い工房を巡ったり、歴史ある場所でインタビューすることにしてるけど、そんなのは建前たてまえよ。ほら、カメラもちゃんと持ってきたし、取材記者としてはバッチリでしょ?

 ただし、相手の朝倉リンが京都に来るかどうかはまだ掴めてないんだけどね」




「楽しみって……。裕くんにもあなたの子供ですって言うつもりなの?」

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