第3話 正統派記者魂
「う、浮気っ? まさか裕くんはそんなこと絶対にしないわよ!」
美羽が驚いて声を上げた。
「待って待って! 最後まで聞いて! それがね、私が今いる会社、伝統工芸や日本の文化を守る職人さんを特集したりする専門雑誌の小さな出版社なんだけど、昔から参考文献として色んなジャンルの他社の雑誌を抜粋して保管しているの。
その中にたまたま古い週刊誌記事があって、ああ、この時代でも有名な例の『週刊女の春』なんだけどね。
たまたまその記事を見ていたら、その中にパパのことが書かれていたのよ。
海原裕星、不倫か? って。
あ、ほら、これがその記事よ。持ってきちゃったわ」
バッグを開けて中から古い雑誌の記事のファイルを取り出してベッドの上に広げた。
「裕くんがこのモデルの人と浮気をしてるの? 嘘よ! そんなことあり得ないわ!」
結海が開いて見せた記事を見て、美羽が大きな声を上げた。
「ふふふ、
でも、写真までご丁寧にあって、パパが抱き上げているのは確かにママじゃない女よね? 顔はハッキリ見えないけど、きっと下品な女ね! マンションの前で抱きつくなんて。
それに、少ししか見えないけど、この服を見て! 何これ、紺のワンピースなんて、今どき地味だし全然センスよくないわ!」
結海は怒りに任せて写真の女性を散々こき下ろしている。
「でも……この写真の裕くんは、隠れるわけでもなく彼女のことを守ってる感じがする。それに、ここは確かに私たちのマンションの前よ。まさか、裕くんはこんなこと、これからするのかな……」
「――だから私が引き止めに来たのよ! もしこの女、『週刊女の春』が送ってきた
「そんな。裕くんはそんな安易なことをする人じゃないわ。見知らぬ女性が倒れていたら、救急車を呼ぶと思うし、もし知り合いだとしても、自分のマンションに入れるなんて絶対にしないはず」
美羽は写真はもう見たくないというようにファイルを閉じた。
「でも記事はまだあるの。この女と出会った経緯まで書かれているわ。どうやら京都でも密会していたって書いてある。パパは今月京都に行く予定なんてある? ママはこの時代のことを私に色々教えて欲しいの」
「京都の仕事の話は全く聞いてないわ。それに、結海ちゃん、もし記事が本当だったら? 裕くんがこの記事のようなことをしたとしても、たとえばちょっとした気の迷いとか……」
「ママ、本当にそう思ってる? ママ一筋のパパが、それもママと一番ラブラブの婚約中に、他の女性をお持ち帰りするって思える?
それにね、ママは未来でパパと時々このことで喧嘩になってるのよ。決まってパパが仕事が忙しくなるときなんだけど、あの記事の女性のことは本当だったの? って。
ママ、今はおっとりしてるけど、結構ヤキモチ妬きで執念深いわよ! パパは全然覚えていないって言ってる。どうしてこの女とそんなことになったか自分でも謎だってね」
「この記事が原因で私たちは喧嘩ばかりなの?」
「そうよ! 昨日なんて、あ、私の時代の昨日ね、パパが家を出ちゃったの。誤解が解けるまで帰らないって。ママは泣いちゃっていたわ。でも私の方が辛かったわよ。
ママはどうしても、何かあるたびにこのことが頭に浮かんで来ちゃうんだって。もうトラウマよ。PTSDということね。
それもこれもパパが覚えてないなんて言ってハッキリしないせいだって私も大人だから分かるけど、でも、だからと言ってあんなガセのせいで二人が離婚なんてことになったら……。私はママもパパも大好きなのに……」と頭を抱えてベッドの上にドサリと仰向けになった。
「――そんな。私、そんなに嫉妬深くなるの? やだわ、年のせいなのかしら?」
23歳の美羽がハア~とため息をついた。
「だけど、ママ、とにかく明日からでもパパの周辺にやってくる女を阻止しよう! あの写真さえ撮られなければ、いや、あんな女と出会わなければ記事にもならないんだから!」
結海は勇ましく立ち上がって美羽の肩をポンと叩いた。
*** 2023年 7月2日 ***
朝から大勢のミサの参拝客が教会の礼拝堂にぞくぞく集まってきている。
天音神父は朝からシスターたちとの打ち合わせに余念がなく忙しく立ち振る舞っていた。
美羽はシスターではないが、父親の手伝いのために礼拝堂に来て他のシスターたちと参拝客を誘導している。
すると、参拝客に交じって結海が美羽の元にやってきた。
「おはよう、ママ。随分早かったのね? 私、寝坊しちゃった。ごめんなさい」
「いいのよ。疲れてぐっすり寝てたから起こすのが可哀そうで。朝ごはんは食べられたの?」
「うん。ママが机の上に朝ごはんのトレイを置いててくれたのをしっかりと」
「それじゃあ、午前中は礼拝だから、少しの間待っていてね。午後には動けるから」
そう言うと、美羽はまた忙しそうに客を誘導しに行ってしまった。
結海は礼拝堂をぐるりと眺めながら外に出た。古い礼拝堂は伝統ある建物の一つだ。100年近く前に建てられたものだろうに、内部に施された彫刻も細かく手が込んでおり、外装は西洋の教会に
結海が伝統ある調度品だけでなく歴史を感じる建物にも興味を持っているのは、やはり日本古来の伝統、文化、技術など日本の歴史を取り扱う出版社『古都出版』の記者の血が騒ぐのだろう。
「ふうん、ここってこの時代でももうこんなに古い教会だったのね。未来では古すぎて一度耐震補強されてたものね」
結海はその足で街に繰り出した。
――このまま午前中ずっとママを待ってボーっとなんてしてられないわ。
出来ることをしておかなくちゃ! まずは……そうそう、パパにご挨拶に行こうかな?
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