第2話 母娘の再会

*** 2023年7月1日(現在)***



 美羽はスーパーマーケットで買い物をしていた。


「ええと、お塩と、それから季節の果物を少し、ね。

 お父様は、明日は亡くなった方たちの魂に祈りをささげるミサの準備に忙しくしていらっしゃるし……。明日までシスターの皆さんの食事のお手伝いをすることにしたけど、手の空いてるシスターさんもいないから買い出しもお料理の補助もたぶん頼めないわね」




 美羽はぶつぶつと呟きながら、数種類の果物を手に取って買い物カゴに入れると、今度は野菜を品定めしている。






 教会のシスターたちの忙しさを見て、寮に泊まり込みで二日間の食堂の担当を買って出た美羽は、責任重大で食材選びをしていたのだ。いつもならシスターが交代で食事当番をになってきたが、今度のミサは招待客も多く、皆その準備にてんてこ舞いしていたからだ。


 ようやくリストアップしたものをカゴに入れてレジに並んでいたときだった。突然背後から肩をポンと叩かれた。

「こんにちは、美羽さん!」


 驚いて振り向くと、見知らぬ若い女性がニコニコしながら立っている。




「――えっと、あのぉ、すみません、どなたですか?」

 知らない女性に声を掛けられ美羽はうろたえた。



「あ、そうか。記憶が消えてるんだった。仕方ないか……あの、私のことは後でちゃんとお伝えします。とにかく美羽さんは私と前に会ったことがあるんです」




「前に? そうでしたか。それは失礼しました。私、なんだか最近もの忘れが多いのかな」



 すると、レジの順番が回ってきて、店員がじれったそうに美羽を待っていることに気付いて、慌ててカゴをレジスターの台に置いた。


「あ、すみません、レジを終えたらお話をお聞きしますね!」


 会計を済ませて買い物袋に詰めていると、さっきの女性が美羽のすぐ横にやってきた。



「美羽さん、お願いがあるんです。私、前にも家から出てきて泊まるところがなくて、教会のシスター寮にお世話になったんですけど、今回も美羽さんのところに行っていいかしら?」と両手をすり合わせてお願いするようなポーズをしている。



「え? 私があなたをうちの教会の寮にお泊めしたんですか?」 

 ──全然覚えてないわ。そんなに親しい関係だったなんて……。


「あ、でも、お父様にお聞きしないと……」




「はい、もちろん神父様の許可を得てからで結構ですから、お願いします!」



 女性は美羽がスーパーマーケットを出てからも当たり前のように美羽と並行して付いてくる。




「あ、あのお、ちょっとお聞きしていいですか? 前にシスター寮にお泊めした時は、どなたの関係者としていらしたんですか?」

 美羽は、さっきから軽快な足取りでニコニコしながらついてくる隣の女性に恐る恐る訊いた。


「もちろん、美羽さんのです!」


「私? でも、私とはどんな関係? ……もしかしてお父様のお友達の娘さんとか?」



「いいえ、私がまだ10歳だったころ、美羽さんの知りあいとして泊めていただいたんです!」


「私の……知り合い? それも10歳の頃に?」



「そう。美羽さんの娘なのよ、私」


「なあんだ。ええっ? どういうこと? 私の娘って……」

 美羽は驚いて道の真ん中で立ち止まった。



「はい、そうです、娘ですよ」

 そういうと、女性は笑顔で美羽が重そうに持っていたショッピングバッグの一つを奪い取るようにして持ってあげた。



 美羽は呆然として女性を見ていると、あることが記憶の奥からよみがえってきたのだった。


 ――日記だった。




「もしかして、もしかしてだけど……私の日記に手紙を書いた人? 私の子供って書いてあっただけで、名前も性別も年齢も書いてなかったの。

 誰が書いたか分からない不思議な手紙みたいなページがあったのよ。


 小さい子供の字で、ひらがなが多かったけど、未来から私に会いに来たって……。じゃ、じゃあ、あなたがその本人なの?」


 美羽は心当たりがあった。不思議な日記の手紙でタイムマシンのことを思い出し、自分の娘だと名乗る年も変わらぬような若い女性を見て半信半疑で訊いた。


「そうよ、ママ! 日記のことは、実は私も忘れていたの。タイムスリップから帰ると別の時代に行ってた記憶は忘れてしまうみたいなの。

 だけど、私、頭がいいのよ。今までのことは忘れる前にちゃんと記録しておいたの! きっと以前に来たときもママの日記に書いておいたのね? 今の私でもそうするもの。

 今、日記を見ても思い出はないけど、その時のことが分かるように記録しておいたのね。ママとの交換日記みたいに」


 キラキラと瞳を輝かせながら話す女性を見て、美羽は少し押され気味だった。


「タイムスリップのことは私も知ってるわ。でも、日記に書かれたことによれば、私の子供が私に会いに来てくれたことも分かってる。

 だけど、それには私と裕星さんが危機に陥ったときにまた来るって書いてあったの。

 もしかして……私たちに何か悪い事でもあったとか? もしかして結婚する前に別れちゃったとか?」


 恐々きょうきょうとした顔でいう美羽を見て、結海はアハハとお腹を抱えて笑った。


「やだぁ、ママはやっぱり天然ね! 二人が結婚してなかったら、私はここにいないでしょ? ホントにママはそそっかしいんだから。話は最後まで聞いてね」





 夢中で話しながら歩いているうち、とうとう二人は教会の門の前に着いてしまっていた。


「あ、後は中で話しましょうか? 私も何が何だか分からなくて、気持ちの整理がつかないの。シスター伊藤には私の幼なじみってことで紹介するわね。名前は何というの?」




 美羽は結海を連れて事務室に向かった。



 二人は事務室のドアをノックして入ったが、シスター伊藤は明日の大規模なミサの準備に余念がないせいか、電話を掛けたり参拝者名簿をチェックしている最中で、二人がいることも気づかないようだった。

 そのせいか、美羽たちが宿泊を申し出るなり、結海のことをろくに確かめもせず忙しそうにすぐに許可をくれた。




「シスターたち、すごく忙しそうね」

 結海がシスター寮の廊下で美羽にささやいた。


 結海は廊下のあちこちに目をやって興味津々に見ている。重厚な大理石の廊下には、ところどころ古い置物や絵画が飾られ、100年以上の歴史ある建物であることをそれらは物語っている。



「ここよ」


 美羽が客室に案内すると、結海は部屋に入るなり、何かを思い出したようにキョロキョロと見渡している。



「結海ちゃんだっけ? ここに泊まったのは覚えてるの?」

 美羽が訊くと、「え、っと。覚えてないけど、なんとなく懐かしい感じがするわぁ」とあちこち興味深げに見回している。




「それともう一つ質問していい? どうしてこの時代にやってきたかということ」

 美羽は部屋に入ってドアを閉めて訊いた。



「ああ、そうそう。それはしっかり覚えているわ。たとえタイムスリップの衝撃が大きくても。そのために来たんだもの。あのね、ママ、心して聞いてね。実は――──パパ、つまり海原裕星が今浮気をしてるらしいの」

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