第4話 第二次川中島の戦い、開戦 1555年(天文24年)7月

躑躅ヶ崎館にて


早速、広間に呼ばれたなぁ。まぁ、元服したばかりで赴任したばかりの息子が参戦を表明したら、心配にもなるか。


武田晴信 「信輝よ、軍を引き連れて来たということは今回の戦、参戦するつもりだと捉えて良いのだな?」


「はっ。元服したばかりとはいえ、武田家の武士であることに変わりはございませんし、少しでも名を広めたいので、参戦させて頂きます。」


武田晴信 「領地の方は大丈夫なのか?まだ赴任して間もない頃に、出陣とはあまり聞かんのでな。」


「高坂昌信と保科正俊が留守を守ってくれているのと、6千を残してきたので大丈夫かと。それに、父上が義元よしもと公に書簡で武田領の周りの武家に目を見晴らしてもらうよう頼んでいると思いましたので。」


武田晴信 「よく分かったな。まだ誰にも知らせていない事だぞ。どうして知っておるのだ?」


「いえ、知っていた訳ではないのですが、父上ならそうするかなと推測しておりましたので。」


「ふむ。なかなか良い推察だな。ただ、このことは私の家臣数名しか知らぬ事故、内密にな。あと、この事を知っておるからといって、油断せぬようにな。」


「はっ。心得ました。」


話し合いが終わり、自分の陣に戻った。それと、続々と今回の戦に参戦する者達に挨拶回りをし、出陣に備えていた。

すると、異母兄の義信よしのぶがお供の飯富おぶ虎昌とらまさを伴って現れた。


武田義信 「信輝、久しぶりだな。お前、もしかして今回の戦に参戦するつもりなのか?」


「はい。少しでも武田家の一員としての役割を果たしたくて。」


武田義信 「そうか。くれぐれも俺の足を引っ張らないでくれよ。」


「そうならないよう、気をつけますね。」


義信兄さんが立ち去る時、虎昌はこちらに礼をして後を追って行った。

やっぱり、義信兄さんにはよく思われてはいないな。前線の高遠城の城主が俺になったことが気に食わなかったんだろうな。



躑躅ヶ崎館に到着してから2日後、ようやく全軍集合したみたいだ。


お昼頃、小坊主が近づいてきたので、信房に何があったか聞いてもらった。


馬場信房 「殿、大殿が軍議を開くので、広間に集合せよ、との事ですぞ。」


「分かった。すぐさま向かおうか。」


広間に向かうと錚々そうそうたる面々が揃っていた。信繁叔父さんに諸角もろずみ虎定とらさだ、義信兄さん、飯富虎昌、内藤ないとう昌豊まさとよ山本やまもと勘助かんすけ飯富おぶ源四郎げんしろう(後の山県やまがた昌景まさかげ)、真田さなだ幸綱ゆきつななど有名な武田家武将達だ!



武田晴信 「みな、よく集まってくれた。つい先日、栗田永寿から書簡が届いた。我が方の援軍3千は無事到着したが、長尾景虎軍の軍勢がはるかに多く、籠城していると。このままでは、長尾軍に敗北は必至。なので、更なる援軍を求むと。あの越後の虎から寝返ってくれた大事な家臣がこのままだと危ない。なので、今回、出兵を決断し、みなに集まってもらった。それから、それから、俺の息子達、義信と先日元服したばかりの信輝も今回参戦する。そのことを踏まえて、勘助と布陣を組んだ。皆の者、しっかりと確認しておいてくれ。」


『はっ!』


軍議の後、義信兄さんと俺、信繁叔父さん、山本勘助は父上に呼び出された。


武田晴信 「義信は、信繁と中陣中翼を任せる。信輝、お前は参謀補佐に任命する。なので、勘助と後陣中翼を頼む。お前達、決して油断するなよ。あと、武田家の男児としての活躍を期待する!信繁、勘助、こいつらのことを頼んだぞ!」


『はっ!』


おぉ、俺ら兄弟は中軸を任されるのか。父上なりの配慮だろうな。なら、山本勘助から学び取れるだけ学び取ってやる!



武田晴信 「皆の者、この戦いは我らが北信濃を手にするまたとない機会だ!行くぞ!出陣じゃ!!!!!!」


『おぉーーーーー!!!!!!!!』


こうして、1555年(天文24年)7月初旬、我ら武田軍は躑躅ヶ崎館を出陣し、犀川の対岸へ向かうのであった。

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