『のら』の正体

「いやーーーーっ!」


 メグの叫びが響き渡った部屋にみのりと史人ふみひとが飛び込んできた。急遽イベントを抜けて戻ってきたのだ。みのりはメグをきつく抱いて魔法で持ち上げるとそのまま向かいの会議室へと運んだ。史人はパニック状態のメグの手を握り癒やし魔法をかける。緑色のミストがメグを包み込むと、呼吸もままならない状態だったメグが、数分後、会話ができる程度まで落ち着くことができた。みのりがしっかりと肩を抱き、リリアが膝に乗ることで何とか保っているようにも見える。


 魔法課には警察やら救急隊やらが押し寄せて大騒ぎになっているようで、事の次第を大声で説明している琴音ことねの声が聞こえる。そんな中、会議室のドアが開いて遠山が入って来た。少しふらつく足取りだが目立った怪我などは無さそうだ。


「メグ君、大丈夫かい?」


 遠山は円卓の斜向かいに座るとメグに声を掛けた。神妙な面持ちだ。


「はい、何とか」


 メグは精一杯気丈に振る舞った。すかさず史人が緑のミストを振りかける。


「ゴン太君のことは残念だった。こんな時だが、沢渡さわたり専務理事から緊急テレビ会議の召集だ。参加してくれるね?」


 メグの顔を心配そうに覗き込むみのりに頷き返してメグは答えた。


「もちろんです」



「大まかなことはわかりました。で、最終的にその魔カラスは複数の魔カラスによって運び去られたと?」


 沢渡は前回にも増して不愉快そうに顔を揺らしながら話した。遠山が背中を丸め汗だくで対応する。


「そのとおりです」


「行き先は?」


「わかりません」


「そもそもそれは何をしに来たんだね?」


「はっきりした目的はわかりませんが、開口一番『ゴン太はいるか』と言いました」


「ゴン太? それは何だ?」


「ここにいる望月メグ君の使い魔です」


 沢渡はメグの顔を見るとあからさまに眉をひそめた。


「また君か……で、そのゴン太とやらは今どこにいるのかね」


 会議室に沈黙が流れた。遠山が絞り出すように答える。


「戦いの末、負傷して消滅しました。もはや命は尽きているかと……」


「ほう? 死んだ? 消滅したと言ったが死体はあるのかね?」


「いえ、それは……」


 沢渡はメグの方に向き直った。


「望月君だったね? 前回のこともそうだが、君は本当に心当たりがないのかね?」


「わ、私は何も……ゴン太は困ったところもあるけど大切なバディです」


「なるほど、信頼しているというわけか。では、質問を変えよう。君の使い魔が何かしらトラブルを抱えていたということは?」


「それは……ないと思います」


「ないと思う……ほう。遠山君はどう思う?」


「ゴン太君は我々の大切な仲間です。トラブルがあったとは思いたくありません」


「思いたくない……どうしてふたりともそんな奥歯に物が挟まったような言い方しかできないんだ」


 会議室に重苦しい空気が流れる。


「では、都合が悪くなって姿を消したという可能性もあるのだね?」


「そんなことはっ……」


 反論しようとしたメグを制して琴音がすっくと立ち上がった。


「ご無沙汰してます、一条です」


「ああ、君の職場でしたか」


 沢渡の顔が強張った。琴音の家系は政財界に顔が広く、しかも母親の実家が伝統ある陰陽師で、更には琴音自身の能力の高さも有名なため、沢渡にとっては無視できない存在なのだ。


「ここで望月をネチネチ責めたところでなんの解決にもならないことは専務理事も既におわかりでしょう。望月は嘘をついていません。何の情報も持ってないし、むしろ彼女がいちばんゴン太の消息を知りたがっているんです。そもそもや魔カラスの正体を早期に暴けなかった協会側にこそ重大な落ち度がありますよね? こうしてくっちゃべってる間に次の事件が起こったらどうするんですか? それこそスイスの本部から何を言われるかわかりませんよ? ゴン太を探すのだって私達よりそちらのほうがずっと得意ですよね。とにかく今すぐ本気を出してゴン太との捜索をしてください。もし市民に被害が出たら、沢渡専務理事、あなたの責任も問われかねませんよっ!」


 琴音の迫力ある演説を目を伏せて聞いていた沢渡がゴホンと咳払いをした。


「まあ、君の言うことにも一理ある。では、こうしよう。これより日本魔法協会の総力を挙げて使い魔ゴン太とを捜索し、その間、望月君は協会の監視下に置かせてもらう。自宅には複数の使い魔を配備することにして、それ以外の時間は遠山君の責任で監督すること。これでいいかね」


「承知しました」


 まだ言い足りないという顔をしている琴音を押し留めて遠山が答えた。


「それでですね、今日はもう定時を過ぎていますし、今回のことで酷くショックを受けていますから、望月君を家に帰してやりたいのですがいかがでしょうか」


「まあ、いいでしょう。残りの者はこれより協会の指揮下に入ってもらいます。田嶋君の姿が見えないがそこにいるのかな?」


「いえ、今日はこちらには……」


「私ならここにおります」


 いつの間にか紫苑しおんが入り口に立っていた。いつにも増して凛々しい姿で沢渡と対峙する。


「こちらのことは全て私にお任せください」


「よろしくお願いしますよ」


 沢渡は早口でそう言うと、挨拶もそこそこに接続を切った。会議室にはほっとした空気が流れたが、ひとり琴音だけが苛立っている。紫苑が全員に向けて言った。


「お聞きのように以降は私の指揮下に入っていただきます」


 メグがよろよろと立ち上がった。既に涙目だ。


「校長先生、私もお手伝いしたいです」


 紫苑はメグに近づきその手を取った。


「あなたにはあなたにしかできない役割があります。その時が来ればわかるわ。だから今日はお帰りなさい」


 紫苑の瞳には否と言わせない力があった。


「……わかりました」


「では、遠山さん、この子を送っていただけますか? 私たちはこの後会議をして、その結果をご報告しますから」


「わかりました。宜しくお願いします」



 遠山の車の助手席で、メグは声を殺して泣いていた。史人の癒やし魔法だけではこの涙は止められないようだ。目の前に箱ティッシュが差し出される。この車に乗るのは三度目だがいつも泣いてばかりだ。


「ありがとうございます」


 混み始めた国道に連なる赤いテールランプを見つめながら、座り心地のいいシートに身を委ねて、メグは出会いからこれまでのゴン太とのあれこれを思い出していた。


 嘘つきでわがままで食い意地が張ってて、横柄で自分勝手で腹黒くて……でも、一生懸命魔法を教えてくれて、いつでもちゃんと私を見ててくれて……おばあちゃんのことだって……ゴン太……どこにいるの? 本当に死んじゃったの?


 メグは上を向いたが、溢れる涙は止めようがなかった。


「メグ君、ちょっといいかい? 驚かないで聞いて欲しいんだが」


 メグは慌てて涙を拭うと、遠山の横顔を見た。何だか嬉しそうだ。


「実は、僕、ゴン太君の居場所を知っているんだよ」


「えっ!」


 自分でも驚くほどの声が出た。シートベルトがなければ遠山に掴みかかっていただろう。


「どういうことですかっ!」


「まあまあ、落ち着いて。実はね、今日のあれはを油断させるための作戦だったんだ。ゴン太君はわざとやられるふりをしただけなんだよ。もちろんピンピンしているよ」


 ゴン太が生きてるっ!


 その言葉はどれほどメグを喜ばせただろう。それと同時にこれ程心配させたゴン太に腹が立った。


「でも、ゴン太はそんなことひと言も……」


「敵を欺くにはまず味方からと言うだろう。君に言えばに情報が伝わってしまうかもしれないからね」


「え、どうして私から情報が漏れるんですか? ……それってまさか……の正体がわかったんですか?」


「ああ、まあね……でも、聞かないほうがいいかもしれないな」


 遠山の言葉は歯切れが悪い。


「教えてください! 私も一緒に戦います!」


「そうかい? では言うよ。の正体はね、実は……魔法課のみんななんだ!」


「え、まさかそんな……」


 ずっと肩を抱いていてくれたみのり、癒やし魔法をかけてくれた史人、専務理事に食ってかかってくれた琴音、それぞれの顔が浮かぶ。メグは誰もが大切な仲間だと思っているのに。


「そんなこと、あり得ません! あの人たちがそんな……何かの間違いです!」


「僕も信じられなかったよ。でもね、前にも言っただろう、先入観を捨てて疑ってみるべきだって。あれから僕なりに必死で調べたんだ。そうしたらゴン太君だけは味方だとわかった。まずはゴン太君に会いに行こう。話はそれからだ」


 沈痛な表情のメグと、どこか前のめりな遠山。先程までとは別の意味で緊張感の漂う車は、次の交差点をメグの家とは違う方向に曲がった。そして、その車を密かに追い続ける一台の公用車があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る