地下研究所
市街地から二十分ほど走ると、市内でも有数の高級住宅街に入った。森林公園に程近い高台のエリアだ。夕焼けに際立つ稜線、足元には光の絨毯という絶好のロケーションが広がる。
遠山の車は、その中でもひときわ目立つ建物へと滑り込んだ。今を盛りに色とりどりの薔薇が咲き誇る絵に描いたような白亜の豪邸だ。気落ちしていたメグでさえ、その華やかさには息を呑んだ。
「見事でしょう? この建物は伯母が遺してくれたんです。薔薇は祖母の趣味でしたが、今では有志の方々が管理してくださってます。この庭を無くすのはあまりにも惜しいからってね。この時期は一般の方に開放してるんですよ」
自分の事のように自慢気に話す遠山は至極上機嫌だ。メグははっと我にかえって遠山を急かした。
「ここにゴン太がいるんですか?」
「しっ! 声が大きいですよ。協会の使い魔に聞かれたらどうするんですか。……ねえ、田嶋校長」
その言葉に塀の陰から
「校長先生! どうしてここに」
「気づいてたんですか」
遠山はニヤリと笑った。
「尾行とは品がないですね。まあ、せっかくですから校長先生もどうぞご一緒に」
「嫌だと言ったら?」
ふたりのやり取りを不思議そうに見つめるメグのすぐ横で、遠山が自信たっぷりに微笑んだ。
「嫌だとは言えないでしょう?」
靴のまま上がるスタイルのリビングはゆうに二十畳はあるだろう。高級そうなロココ調の家具が並び、天井には凝ったデザインのシャンデリアがきらきらと輝いている。窓からは先程の庭が一望でき、高級ホテルのロビー以上の贅沢さだ。
「凄いお宅ですね」
メグが感嘆の声を上げると、遠山はますます上機嫌になって鼻を鳴らした。
「まだまだこんなものじゃないですよ。これを見てください」
暖炉の脇に立った遠山が壁を押すと、その壁が音もなく動き地下へ続く階段が現れた。メグの驚く顔を満足そうに見ながら遠山が言った。
「さあ、下へどうぞ」
微笑みを浮かべてはいるものの、遠山のどこか威圧的な態度に押されて紫苑を振り返ると、紫苑はメグの目を見て真顔で頷いた。メグはゴクリと生唾を飲み込むと意を決して一歩を踏み出した。
長い鉄製の階段は一段ごとにコツンコツンと足音を響かせた。壁はコンクリート打ちっぱなしで、リビングよりひんやりと感じる。メグは慎重に歩みを進めた。すぐ後ろに紫苑が、その後ろには遠山が続く。十段ほど下りると、広さも雰囲気もまるで理科室のような空間が見えてきた。
「僕の研究室ですよ。さ、どうぞ中へ」
メグは促されるまま部屋の中へと進んだ。左右の壁には一面に棚が作り付けられていて、箱だったり何かの機材だったりが雑然と置かれている。右手奥は水場で、その横には扉が見える。正面の壁は本棚のようだ。二列に並んだ四つのステンレス台の上には、パソコンやらファイルやら実験道具が所狭しと置かれていて、ここで何か熱心に研究していたことが窺える。
その中で一際目を引くのが部屋の中央の高い台に置かれた透明の球体だ。直径五十センチほどの大きさで何本かのコードに繋がれており、内部ではオーロラのような光がゆらゆらと煌めいている。その神秘的な姿にメグは暫く釘付けになった。
「どうです? 綺麗でしょう。どうぞ近くで見てください。僕はね、ここで魔法と科学を融合させるための研究をしてるんですよ」
遠山はにこやかに丸椅子を動かしてメグと紫苑に勧めた。それまで雰囲気に呑まれていたメグだったが、再び本来の目的を口にした。
「あの、ここにゴン太がいるんですか?」
突然、遠山が笑い出した。不快な反響がうわんうわんとメグを襲う。この状況に不釣り合いな高笑いは不自然なほど長く続いた。
「あはは……ふぅふぅ……全く、田嶋校長、あなたの生徒はどこまでバカなんでしょうね。いひひ……」
「課長……?」
「ゴン太はここにはいない。あの時死んだんだよ。僕の魔法カウンターから生体反応が完全に消えたんだ、間違いない」
憎々しげにそう言うと、遠山は左腕の時計に触れた。それを合図にメグと紫苑の左手首に天井から降りてきた細いコードがシュルッと巻き付いた。それは中央の球体に繋がれたコードに似ていた。
「あっ!」
メグは急いでそのコードを外そうとしたがビクともしない。紫苑の顔を見ると紫苑は眉をひそめて首を横に振った。メグはまだ事態が飲み込めないでいた。
「課長、これはいったいどういうことなんですか」
「ふふん。とりあえず座ってもらおう」
紫苑は戸惑うメグの右腕を掴むと丸椅子に座らせ、自分もその隣に座ってメグの手を取りぎゅっと握った。そしてすがるように見つめるメグに唇だけで「大丈夫」と伝えた。
「さて、準備が整ったようだね。改めて、ようこそ僕の研究室へ。ここには僕が発明した魔法道具が山ほどあるんだよ。田嶋校長は既に気づいているようだが、例えば今その腕に巻き付いているコードは魔力を封じることができる」
メグの驚く顔を満足そうに見つめながら遠山は続けた。
「そして僕のこの腕時計にはありとあらゆる機能が備わっている。今みたいにリモコンとしても使えるし、近くの魔力や魔法使いの存在もわかる。だからあの時ゴン太の存在が完全に消えたことも確認できたのさ。何なら使い魔の言葉だって翻訳してくれるんだよ」
そう言うと、遠山は左耳にかかった髪をどけてみせた。その耳にはヘッドセットらしきものがついている。
「君たちが内緒のつもりでしてた会話は全部聞こえてたってわけさ。あのブタ野郎、僕を馬鹿にしやがっていい気味だ」
メグは混乱していた。目の前の遠山は本当にあの遠山なのか。それとも悪い夢を見ているのか。
「課長……」
「ふふっ、相変わらず情けない顔だな。よし、せっかくの機会だ、君のその頭でも理解できるようにここまでの経緯を説明してやろう。まあ、聞いたところで誰かに話せるチャンスはないがな」
遠山は丸椅子を引き寄せるとふたりの前に座った。
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