司会の後で

 マイクのスイッチを切った後もメグの興奮は覚めなかった。大仕事をやり遂げた達成感はもちろんだが、同僚たちの魔力に度肝を抜かれたのだ。凄い人たちだとは思っていたが、正直なところまさかここまでの使い手揃いとは思っていなかった。メグの知っている魔法使いと言えば主に魔法学校の先生たちだが、校長を除けばこれほどの力はなかったと思う。


 ステージを降りると、みのり、史人、琴音が集まっていた。いち早くみのりが気づきメグを労った。


「よく頑張ったわね、メグちゃん」


「お疲れ様、メグちゃん。素晴らしい司会ぶりだったよ」


 それぞれにお礼を言いつつも、メグは同僚たちの表情の暗さが気になった。


「もしかして、さっきのカラスの件ですか?」


 そこへ意外な人物が現れた。魔法学校校長の田嶋紫苑たじましおんだ。相変わらずのロングスカートに、今日は同じ色のつばのある帽子をかぶっている。紫苑は魔法課の面々とは知り合いのようで、軽く挨拶してからメグと向かい合った。


「校長先生! いらしてたんですね」


「ええ、知事からお招きいただいたのでね。それにしても素晴らしかったわ、望月さん。本当に堂々とした司会ぶりで、見ていてとても誇らしかったですよ」


「そんな……」


 メグは少女のように頬を染めた。学生時代はダメ出しの連続だったメグにとって、こんなふうに教師に褒められることは奇跡に近い。いつの間にかそばにゴン太が来ていた。


「メグはやればできる子やで。まあ、このわしがそばにおればこそやけどな」


「まあ、レオったら、相変わらずだこと。で、さっきのは何かしら?」


「そのことやけどな」


 ゴン太はメグの肩に乗ると魔法課の面々に向かって話し始めた。


「会場にちょっと場違いな黒ずくめの小柄な奴がいてたやろ」


「ああ、僕も違和感持った」


 史人が声を上げる。


「犯人はあいつや。気になってマークしとったんやけど、カラスになって飛んでいったで」


「犯人って、さっきのカラスの騒動のこと言ってるの?」


「そや。知り合いの魔カラスに探らせたが指輪の反応はなかったみたいや」


 全員が息を呑んだ。それはその人物がである可能性を示唆している。メグは続けて尋ねた。


「ゴン太は直接調べなかったの?」


「出番があったさかいな。山の上からよう動かれへんかったんや」


「そうだよね。……ってことは、あのたくさんのカラスはみんな魔カラスだったってこと?」


「いや、あれは操られて出て来た普通のカラスや。あいつがいなくなって我に返っとったわ」


 そこへ遠山がやって来た。


「おやおや、これは田嶋校長ではありませんか。はじめまして、私、魔法課の課長をしております遠山金次郎と申します」


 遠山は慌ててポケットを探ると紫苑に名刺を差し出した。


「これはご挨拶が遅れまして。田嶋紫苑と申します。生憎と名刺を持ち合わせておりませんが」


「いえいえ、どうぞお気遣いなく。高名な田嶋先生にお会い出来て光栄です。本日の植樹祭はいかがでしたか?」


「それはもう素晴らしいものでしたわ。さすが遠山課長のご指導の賜物ですわね」


「いやいや、とんでもない。魔法使いではない私なんぞなんの役にも立ちませんよ」


 ここで遠山は部下に向き直った。


「ところで先程のカラスの件ですが……」


 みのりたちが状況を説明し始めた時、ゴン太が耳元で囁いた。


「あれ、お前の母ちゃんちゃうか?」


 ゴン太の指す方を見ると、駐車場の端でしきりに手を振っている人がいる。確かに母の雛子ひなこのようだ。ゴン太はすぐさま飛んで行ったが、メグは遠山に確認を取った。


「すみません、母が来てるみたいなのでちょっと行って来てもいいですか?」


「ああ、今なら大丈夫ですよ。僕も挨拶したいので後で行きますね」


 メインステージでは手作業での植樹を終えた中学生たちが今日の感想やお礼を述べている。閉会まではまだ少し時間がありそうだ。メグは急いで母の元に走った。するとそこに信じられない人がいた。


「おばあちゃん!」


 酸素を繋いだ祖母のアンナが車椅子に乗ってそこにいた。また少し体が小さくなったように見える。そのアンナが顔を皺くちゃにして両腕を伸ばした。メグがその手を握るとエメラルドグリーンの瞳が見る間に涙で濡れた。


「メグちゃん、立派だったわよ。おばあちゃんもう嬉しくて嬉しくて」


「おばあちゃん……」


「どうしても来たいって聞かなかったのよ。でも、来た甲斐があったわ。メグ、ほんとによく頑張ったわね」


 雛子の言葉にメグの目からも熱いものが噴き出した。ここ数週間の全てが報われた気がした。


「ありがとう、おばあちゃん、お母さん。私今日まで辛くて苦しかったけど、今は頑張って良かったと思う」


「メグ、早よ帰ってもらい!」


 突然ゴン太が話に割って入った。


「どうしたの?」


「もうメグの出番は終わりやし、ここは冷えてアンナの体に障るやろ。話は今度病院ですればええやないか」


「でも、課長が後で来るって……」


「そんなんどうでもええやろ!」


「どうかしたの?」


 ゴン太の様子を訝しんだ雛子が口を挟んだ。


「ここは冷えるから早く帰ってもらえって」


「確かにそうね。ゴンちゃんの言うとおりだわ。じゃあ私たちはこれで。メグ、今夜はお祝いしましょ」


「うん。おばあちゃん、来てくれてありがと。嬉しかった。お大事にね」


 ゴン太にせっつかれて雛子がアンナの車椅子を押し始めたとき、後ろからメグを呼ぶ遠山の声が聞こえた。ゴン太の願いも虚しく車椅子はそこで止まった。


「はじめまして、課長の遠山です。本日はおいでいただいてありがとうございます」


「娘がいつもお世話になっております」


 深々と頭を下げる雛子の横で、遠山は中腰になってアンナにも挨拶をした。


「お祖母様でいらっしゃいますか?」


「はい、長谷川と申します。孫が良くしていただいてありがとうございます」


「長谷川……」


 遠山は不躾にもアンナの顔をまじまじと見つめると「ほおーっ」と驚きの声を上げ、それから満面の笑みで付け加えた。


「失礼を承知で言わせていただきますが、実に美しい瞳をしてらっしゃいますね」


 アンナは困ったように顔を伏せた。ゴン太は再び雛子をせっついて別れを切り出させた。


「これは引き止めてしまい申し訳ありませんでした。それではいずれまた」


 雛子は二度三度と振り向いて頭を下げながら遠ざかった。その後ろ姿を見送る遠山の顔はどこか満足そうだ。メグは少し不思議に思いつつもテントへと戻った。それから間もなく閉会式が行われ、植樹祭は全ての行事を無事に終えることができた。



 これまでにない充足感に包まれてテントでの撤収作業をしていると、メグのもとに六人の中学生が駆けてきた。どの子の顔も一様に上気しており、始まる前の憂鬱そうな顔とはまるで別人のようだ。魔法の凄さ、使い魔のかっこよさを争うようにメグにぶつけてくる。返事に追われながら、これならきっとみんな魔法使いの道を選んでくれるだろうと嬉しくなった。


「ところで、望月さんはどんな魔法が使えるんですか」


 ひとりの中学生が真っ直ぐな目でメグを見た。他の五人の視線も一斉にメグに注がれる。メグの心臓がキリキリと痛み始めた。


「え。えっと、それは……」


「彼女はね、遠視が得意なんだよ。他の生き物の目を通して別の場所の景色を見られるんだ」


「すごーい!」


 間髪入れぬ遠山の助け舟に歓声が上がり、メグは更に質問攻めに遭うことになった。無邪気な質問が次第にメグを追い詰めていく。


 ちっとも凄くなんかないのに


 彼女たちが立ち去るまでの数分間、メグは笑顔を保つのが精一杯だった。

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