植樹祭

 あのリハーサルの日の魔力の発生源は史人やゴン太でさえ見つけることができなかった。多少の議論はあったものの、警備を増やすという条件で予定通り植樹祭は行われることになった。


 幸い天気に恵まれ、メグは多くのスタッフに交じって早朝から会場の設営に汗を流した。ふれあい広場の入り口には受け付けのテントが置かれ、ステージ前には百余りのパイプ椅子が並んだ。人の流れがスムーズになるようにロープも張られている。一般客も含めると数百人が参加し、マスコミの取材がある程の大きなイベントなのだ。準備の整ったステージに立ったメグは、ほんの一部とはいえここで司会をするという重責に今更ながら足が震えた。


 この日のために母が新調してくれたスーツに着替え身なりを整えた頃には既に多くの来賓が着席していた。最前列には魔法使いの卵である六人の中学生が付き添いのソーサラーと一緒に座っている。自分たちが主役であることにどこか戸惑っているような顔つきだ。


 その一方でソーサラーたちは晴れやかな顔である。ソーサラーとはそれぞれの地域に住む世話役で、公務員を引退した魔法使いが務める。魔法使いが生まれることは滅多にないため、こうして付き添いができるのは名誉なことなのだ。その顔は後ろに座る保護者よりも誇らしげにさえ見える。


 やがて厳かに開会式が始まり、中学生には退屈であろう来賓の挨拶が続いた。それが終わればいよいよメグたちの出番だ。メグはテントの裏で既に頭に入っている進行表を何度も何度も読み返した。学校のテストでさえこんなに頑張ったことはないくらいだ。そこまでしたのに、できることなら今すぐここから逃げ出したい。


「大丈夫ですよ、メグ君。君は十分に準備しました。もっと自分に自信を持ってください」


「そうだよ、メグちゃん。僕もそばにいるから大丈夫」


 見兼ねた課長と史人ふみひとに励まされ、メグは腹を括った。マイクを受け取りステージに立つ。一斉に注がれる視線の中、体が数センチ浮いているような気分のまま深々と頭を下げた。


「皆様、本日はようこそおいでくださいました。ここからは、私望月メグが司会進行を勤めさせていただきます。入庁一年目の新人ですので至らぬ点もあるかと思いますが、どうぞよろしくお願い致します」


 倒れそうな程緊張していたにも関わらず、自分でも驚くほど大きな声が出た。職場でも自分の部屋でもお風呂場でさえも何百回と繰り返した練習はムダではなかったようだ。いつしか脚の震えは止まり、ゴン太たちのパフォーマンスに目を輝かせる中学生の表情を見る余裕さえ生まれていた。


 使い魔のステージは想像以上に盛り上がった。また、史人の魔法体験も中学生のみならず会場中を虜にした。


 次はいよいよメインイベントの植樹だ。ここでも進行と解説はメグの役割である。ここまでいい感じで進んできたことで、メグの心にも少し余裕が生まれていた。


「それでは皆様、次はいよいよ魔法による植樹を披露します。ステージ後ろの斜面をご覧ください。今回はここに樫の木を植え、どんぐり広場を作る予定です。木が大きくなってどんぐりがたくさん実る頃には、ここにいる魔法使いの卵たちが立派に成長していてほしいという願いを込めました。では、参加する県庁魔法課職員の紹介です」


 ステージ上での紹介が済むと、メグを除く三人の魔法使いと使い魔が斜面の前に移動し整列した。斜面は長いこと手入れがされていないのか荒れた印象だ。草は伸び、何だかわからない低木がそこここに生えている。実は、植樹祭が決まってから敢えて放置しておいたのだ。ギャップがある方が盛り上がるだろうという計算である。


「皆様、この荒れた斜面をご覧ください。こんなところにどうやって植樹するのだと疑問に思われたのではないでしょうか」


 ここでメグは大きく息を吸った。


「お任せください! 本県が誇る魔法使いとその使い魔たちの手にかかれば、この荒れ地がたちまちのうちに豊かな土地へと変身します。ではとくとご覧ください」


 その言葉を合図に、みのりはくるりと背を向け数歩斜面に近づき、レース直前の陸上選手のように首を回しながら両腕を振り足踏みをした。それが終わると静かに頭を垂れ指輪に向かって何やら呪文のようなものを唱え始めた。場内が固唾を呑んで見守る。


 突然みのりが両手を突き上げ天を仰いだかと思うと、今度は胸の前で手を組み前屈みになって体を縮めた。普段のみのりからは想像できない荒々しい動きだ。そのときメグは、会場の空気が瞬間的に冷たくなったのを感じた。その直後、みのりは弾かれたように伸び上がった。そしてその大きく広げられた両腕から巨大な炎が吹き出し、一瞬にして斜面を焼き尽くしたのである。


 呆然と斜面を見つめる観衆の中からひと呼吸置いてどよめきが上がり、その後を割れんばかりの拍手が追いかけた。リハーサルでは簡単な動きの確認だけだったので、メグもまたその迫力に度肝を抜かれた。


 みのりが脇に避けた後に史人ふみひとが進み出ると、まだ興奮冷めやらぬといった様子の観客が再び静かになった。史人はみのりと違って軽やかな足取りで笑顔さえ浮かべている。そして斜面の前に立つと、ひと呼吸おいてからタクトを振るように両手を上げた。と同時に観客の足元を風が吹き抜け、その風がみのりが丸焦げにした斜面の灰を端から順に巻き上げていった。そのままの形で炭化していた低木も粉々になり斜面は茶色い更地になった。舞い上がった風は上空で灰の渦を作っていたが、史人が頭の上でぐるぐる回していた手を少しずつ下げると連動するように下がり始め、更地になった斜面の隅から隅まで均等にばら撒かれた。


 大きな歓声と拍手の中、最後に琴音ことねが進み出ると会場中からため息が漏れた。カメラのフラッシュが眩しいほど光る。そんなことは全く意に介さず、琴音は右手を高く上げ、何やら文字のようなものを空中に書き始めた。すると琴音の指の先、青く澄み渡った空にぽつんと灰色の塊が現れた。琴音が両手を天に向かって広げると、それは見る間に横に広がって平らな雲となりざぁざぁと大粒の雨を落とし始めた。


 その時、突然山の向こうから四、五十羽程のカラスの大群が湧き出して、ギャアギャアと不気味に鳴きながらたちまちのうちに雲を蹴散らしてしまった。観客から驚きと不安の声が上がる中、琴音ら魔法課の職員が一斉にステージに駆け上がり客席を見渡した。打ち合わせにない展開に身動きの取れないメグをよそに、琴音は客席に向かって突如印を結んだ。すぐさまみのりがその前に立ちはだかり首を横に振る。その時、客席後方から一羽の大きなカラスが鳴きながら飛び立った。メグにはその声が「アホウアホウ」と聞こえた気がした。


 琴音は舌打ちをしてステージを降り、みのりがそれに続いた。一方で史人はメグに近づきマイクを受け取ると、未だざわめく観衆に明るい声で語りかけた。


「皆様、お騒がせしました。突然の雨でお昼寝中のカラスが驚いたようです。後でお詫びに行ってきますね。これは僕から皆様へのお詫びの印です」


 史人が指を鳴らすと、何もない空からはらはらと花びらが舞い落ち、途端に会場が甘い香りに包まれた。不安の声は歓喜の声に変わり、観客の表情がすっかり緩んだところですかさず史人が声を張った。


「さあ、クライマックスです。続きをお楽しみください!」


 史人はウインクしながらメグにマイクを返すと自分も階段を下りてみのりの近くへ行った。みのりと言葉を交わした遠山が、慌てて本部席へと駆けてゆくのが見えた。


 史人の言葉を受けて、琴音は何事もなかったかのように再び空に雲を呼び雨を降らした。見る間に土はつやつやと黒光りし、そして雲が全て雨粒に変わると同時に斜面に色鮮やかな幾重もの虹が架かった。この世のものともは思えぬ美しさに大きなどよめきが起こり、惜しみない拍手と喝采はいつまでも山々にこだました。


「盛大な拍手をありがとうございます。これで整地が終わりました。さて、これから植樹となります。最前列には未来の魔法使いの皆さんに手植えをしていただきますが、それ以外は使い魔たちにやってもらおうと思います」


 メグのアナウンスが終わるか終わらないうちに数本の苗木を掴んだカムイが頭上を低く飛んで観客を沸かせ、ゴン太たちがいる斜面の上を旋回し始めた。するとゴン太が立ち上がってくるりと体を回し、小さな竜巻を次々と生み出した。リリアとジュニアはその竜巻をひとつひとつ先導して、斜面のそこここに苗木がすっぽり収まるほどの穴を開けていく。そうしてできた穴にカムイが寸分の狂い無く苗木を落とす。すかさずリリアとジュニアが土をかけてものの五分と経たないうちに最前列を残して植樹は完了し、と同時にメグはその大役を終えたのだった。

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