不穏な気配
使い魔のパフォーマンスの後は魔法体験会のリハーサルだ。まだ魔力が封印されている子どもたちに
このリハーサルは是非自分が体験したいと遠山が立候補した。遠山には魔力がないので難しいかと思われたが、そこは史人の力で次々と枯れ枝に花が咲いていく。遠山のはしゃぎ様は皆が引く程で、メグは改めて遠山の魔法使いへの強い憧れを感じずにはいられなかった。
その後の植樹祭のリハーサルでも大きな問題はなく、メグと史人を残して一同は昼前に県庁へと戻っていった。メグたちは最終的な確認を終えてから帰ることになっている。
「ゴン太ったら課長にあんな口聞いて、隣にいる私の身にもなってよ!」
母特製のお稲荷さんを頬張りながらメグが言った。今日は母の雛子が立派なお弁当を持たせてくれたので、史人やリリアを誘ってふれあい広場の東屋で昼食を取ることにしたのだ。
「どうせわからへんがな」
次々とおかずを口に放り込みながら、ゴン太は悪びれた様子もない。負けじとメグも唐揚げを頬張る。
「そう言う問題じゃないでしょ」
「じゃ、どういう問題やねん」
「課長はあんたの上司でもあるってことよ」
「あのしみったれおやじが? そらかなんなあ」
「ゴン太!」
ふたりのやり取りをにやにやしながら見ていたリリアが口を挟んだ。
「何やかや言っていいコンビかもにゃ」
「はあっ?」
リリアの言葉に目を剥くメグを見て史人がぷっと吹き出した。
「それにしてもメグちゃんのお母さんは料理上手だね。ゴン太がぽっちゃりするのも無理ないよ」
「違いますよ。ゴン太は人並み以上に食事した後でも『ラーメン食うてくるわ』とか言って夜遅くに出掛けるんです。最近は特に!」
「そう言えば、ゴン爺の中華料理屋のツケはいつ終わるにゃ?」
ゴン太が盛大にむせて勢い余って椅子から転げ落ちた。メグの脳裏に魔法学校の屋上でゴン太が土下座したあのコック帽の猫の姿が蘇った。
「リリア、なんでそれ知ってるの?」
「魔界では有名な話にゃよ、学校まで取り立てに行ったってにゃ。こないだ久しぶりに店に行ったら給料天引きで毎月振り込まれるから助かるって言ってたにゃ。メグのお陰にゃねえ」
「え? ちょっと、何、魔界って? もしかして魔法の国のこと? そんなのがあるの? リリアの家がそこにあるってこと? ゴン太もそこに住んでたの? っていうかそもそもどこにあるの?」
前のめりに迫るメグにリリアが尻尾を太くしたその時、突然周りの山全体が鳴り出した。木という木から何百という鳥が鳴きながら飛び立ったのだ。それは何とも不気味な光景だった。
「なに今の?」
「しっ! 静かに」
ゴン太が遠くの森を睨んでいる。史人の表情もにわかに厳しくなった。
「ゴン太?」
「ちょっと見てくるわ」
「え? 何?」
「僕も行く。リリアはメグちゃんを守ってて」
「了解にゃ。気をつけて」
「え? 守るって? え、何、どういうことですか?」
戸惑うメグを尻目に、ゴン太と史人は巻き上がった一陣の風に乗ってあっという間に見えなくなった。振り向いた先のリリアは目を細め、森の奥を探るようにじっと見ている。頭上を数羽のカラスが飛んでいった。
「リリア?」
「あっちの森から強い魔力を感じるにゃ。今飛んでいったカラスは魔法を監視する使い魔にゃよ」
「え、誰か魔法使いがいるってこと?」
「うーん、魔法使いか使い魔か。いずれにせよいい雰囲気ではないにゃ。ちょうどこの辺りだし、こないだ話題になったのらかもにゃ」
その能力によってはテロリスト並みの警戒が必要だという
「ふみがいれば大丈夫にゃよ。あんなでもゴン爺も使い手にゃ」
忌々しくはあるけれど、その点についてはメグも認めざるを得ない。リリアはすっかり落ち着いた様子で座り直し、ポテトサラダを自分の皿に取り分けた。
「ところでメグはゴン爺の何を知ってるにゃ」
「何って、ゴン太ならデブでわがままで自分勝手で……」
「いやいや、そういう意味じゃにゃくて、何故ゴン爺がメグを選んだかにゃ」
「選んだ? ゴン太が私を?」
キョトンとするメグに、今度はリリアが面食らう。
「まさかそれも知らにゃいにゃか? あんたはもう一度魔法学校に戻った方がいいにゃね。そもそも魔猫が魔法使いを選ぶにゃよ。ふみはいちばん人気だったにゃ。あたしたち使い魔は能力順に選ぶ権利があるから、いちばんのあたしといちばんのふみのコンビが誕生したにゃよ」
得意げなリリアの横でメグは初めて会った日のゴン太を思い出していた。
じゃあ、ゴン太が私を選んだの?
それとも……残り物同士ってこと?
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