リハーサル

 植樹祭本番まで一週間となったこの日、メグたちはリハーサルのため郊外の森林公園にやってきた。すっかり葉ばかりになった桜の木の下の道を機材の入ったコンテナを抱えて歩きながら、メグは季節の移ろいすら気づかずにいた最近の忙しさを思ってため息をついた。


 いやいや、本番はまだ先だから。


 疲れはピークに達しており、ともすると萎えそうになる気持ちを今一度奮い立たせてイベント広場へと急ぐ。そこにはイベントを手伝ってくれる十数名の総務部の職員や魔法課の面々はもちろんのこと、普段は部屋にいない琴音ことねの使い魔カムイや、出動以外では顔を出さないゴン太までもが勢揃いしている。遠山は朝からすこぶるご機嫌だ。


「皆さん、いよいよ残り一週間です。今日のリハーサルで問題点を炙り出し、本番を完璧な形で迎え、是非とも子どもたち全員を魔法使いにいたしましょう。ここ数年の公務員離れは甚だしく、魔法使いになりたいと願う子どもは減少の一途を辿っています。昨年の例で言いますと……」


 県庁にとっても大切な行事とはいえ遠山のテンションは異様に高く、話はなかなか終わらなかった。


「つまらん話やな。いつ終わるねん」


「しっ! 聞こえるわよ、ゴン太」


「何言うたかてどうせわしの言葉はわからへんやろ」


 この会話を理解したわけではなかろうが、遠山はようやく話を切り上げ、つかつかとゴン太に近づくとしゃがみこんで目線を合わせた。


「はじめまして、ゴン太君。やっと会えたね」


 ゴン太は暫く遠山の顔を眺めた後、乾いた声でつぶやいた。


「なんやそばで見るとますますしみったれたおっさんやな」


 メグは思い切りゴン太の腹を蹴ろうとしたが、そのとき既にゴン太は頭上に浮かんでいてメグの脚は虚しく空を泳いだ。


 遠山はゆっくりと立ち上がった。笑顔は崩さぬままだ。


「どうやら嫌われたみたいだね」


「そんなことはありません。普段からこういう人を食ったようなヤツなんです。ふてぶてしくてすみません」


 メグはペコペコと何度も頭を下げて詫びた。


「いやいや、メグ君が謝ることではないよ。少し調子に乗って話が長くなってしまったようだね。こちらこそ申し訳なかった」


 恐縮するメグを尻目にゴン太は広場の上をゆらりゆらりと漂っている。メグは密かに拳を握りしめた。


 

 準備が終わり、いよいよリハーサルの時間だ。これまでの机上の計画がきちんと実施できるのか、魔法を使いながら本番と同じように進めていく。


 まずは使い魔の紹介だ。当日の司会進行はメグに任されている。今日は総務部の職員が客として席についているが、あくまでも主役は魔法使いの卵たちなので、その子たちの興味を逸らさぬように進めなければならない。それに当日はあちこちのお偉いさんや一般市民の見学者も集まるというし、メグにとっては失敗できない一世一代の大舞台だ。台本をぎゅっと握り直し屋外ステージに立ったメグの横に使い魔たちが勢揃いした。


「えっと、あの、今日の司会進行を務める望月メグと言います。入庁一年目の新人です。至らぬ点もあると思いますが、どうぞよろしくお願いします」


 ステージ上でメグは深々と頭を下げた。緊張で声が上ずってしまった。マイクに入らないように一度大きく深呼吸をする。


「ここにいるのは魔法課に所属する使い魔です。彼らは普通の動物のように見えますが、みんな素晴らしい魔法が使えます。今日は彼らの七変化をお見せしようと思います。では、まずは使い魔としては珍しいですがワシミミズクのカムイです。どうぞご覧ください」


 メグの合図で軽快な音楽が流れると、カムイがニメートルにもなる翼を広げ勢いよく飛び立った。雲に隠れるほど高く舞い上がったかと思うと、徐々に高度を下げながら上空を三度旋回してまずは白鳥に変身した。職員たちの歓声の中、更に高度を下げながらもう三度旋回すると今度はツバメになった。見る人の頭上を時折宙返りしながら何回か回ると再び空高く舞い上がったが、突然錐揉みで急降下し始めた。悲鳴を上げる者もいる中、あわや激突というタイミングでふわりと浮き上がり子ペンギンとなってステージに降り立った。ひと呼吸置いて歓声と拍手が起こる。カムイも自慢げだ。メグもまた初めて見るカムイの魔法の完成度の高さに口をぽかんと開けたままアナウンスを忘れ、史人ふみひとに肩を叩かれた。


「あ、すみません。素晴らしい魔法でしたね。えっと、次はこれまた珍しい犬のジュニアの変身です」


 紹介されるやいなや、ジュニアはステージ上を素晴らしいスピードで駆け回り中央でバク転をした。すると着地した時にはチワワになっていた。その姿でまた駆け回ると次のバク転ではトイプードルに、次のバク転ではドーベルマンに、そして最後のバク転ではセントバーナードになって同じくやんやの喝采を浴びた。


「では次は、伝統的な使い魔である黒猫のリリアです」


 メグの紹介の声と共にリリアの足元から煙が立ち昇り、その姿を隠すと同時にモクモクと大人の背丈ほどに大きくなった。その頃には白かった煙は色とりどりに輝き始め、一瞬まばゆい光を放ったかと思うとポンっと弾け、中から制服姿の女子高生が飛び出した。黒髪のボブから猫耳がにょきっと生えていること以外は完璧な美少女だ。これには一同から驚きの声と共に割れんばかりの拍手が起こった。中にはヒューヒューと指笛を鳴らす者もいる。


 こんな凄い魔法の後でゴン太は大丈夫なのかと不安がよぎったが、メグはゴン太のリクエスト通りの紹介文を読み上げた。


「最後はいとも簡単に奇跡を起こし、人間界にこの魔猫ありと世界に言わしめた魔界のプリンスです」


 完全メタボ体型のゴン太をプリンス呼びするのはどうかと思っていたが、案の定ギャラリーからはヒソヒソ声が聞こえてくる。そんなことは気にならないのか、ゴン太は堂々とした態度で被っていた山高帽を取り、仰々しくお辞儀をしたかと思うと、その帽子を空高く投げ上げた。いつまで経っても落ちてこない帽子に皆が気を取られている間に、ゴン太の姿が忽然と消えた。


「あれ、消えた?」


「どこへ行ったんだ?」


「あ、帽子が落ちてきたぞ」


 皆が見守る中、漂うようにゆっくりと落ちて来た帽子は、ふわりとステージに着地した途端派手な音と煙を出して弾け飛び、中からストリートファッションに身を包みスケートボードを抱えた超絶美少年が突如として現れた。


 その場にいた全員が呆気にとられて身じろぎもせずにいたが、やがて遠山が拍手をし始めると、それを機に皆が一斉に手を叩いて使い魔たちを褒め称えた。


「いやあ、参りました。うちの課は魔法使いのレベルも群を抜いているが、使い魔の能力もずば抜けていますね。こんなレベルの高い魔法動物ばかりじゃないから、子どもたちが自分の使い魔と出会ったときにがっかりするかもしれませんねえ」


 遠山はそう言うと、実に愉快そうにからからと笑った。

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