のら

「さて」


 遠山はメンテナンスボックスを満足そうにしまうと、メグと史人ふみひとのふたりを自分の机に呼んでこう切り出した。


「今月末に予定されている『職場体験』なんですが、今回は君たちふたりに企画を担当してもらおうと思います」


「え?」


 メグと史人は同時に声を上げた。


 職場体験とは、翌年に魔法使いの道を選ぶか否かの選択をしなければならない中学二年生を集めて、公務員の仕事ぶりや魔法の素晴らしさを知ってもらう自治体主催のイベントだ。近県が交代で担当し、今年は六名の生徒が参加するという。メグもこの体験会で魔法使いへの憧れがぐんと増した覚えがある。


「僕としては全員が魔法使いの道に進んでくれることを願ってるんですが、現実には公務員になりたくないという子どもは年々増えているんです。せっかく魔法使いとして生まれてきたのにその能力を捨ててしまうなんて僕には到底信じられないですがね」


 先進国の多くは少子化によってただでさえ魔法使いの絶対数が減少しているのに加え、近年では公務員の人気が下がったせいで一部の新興国を除き世界的に魔法使い不足に陥りつつあるという。魔法使いの減少は国力の低下にも繋がりかねない深刻な問題なのだと遠山は力説した。


「という訳で、これはとても大切な仕事なんです」


「そんな大切な仕事を僕たちに任せて大丈夫なんですか?」


 史人の疑問は尤もだとメグも思う。


「考えてもみてください。僕のようなおじさんより、君たちのような若い人の考えの方が子どもたちに伝わりやすいと思いませんか? それに、年の近い君たちが生き生きと働いている姿を見てもらうことで、公務員生活の素晴らしさがより伝わると思うんですよ」


「なるほど」


 ふたりは同時に頷いた。遠山は引き出しから大きな茶封筒を取り出すと、それを史人に手渡した。


「ここに当日の大まかなスケジュールがあります。今年は森林公園での植樹祭を予定しているので、それにどう魔法を組み込むかを考えてほしいんです。ここには素晴らしいメンバーが揃っているから、是非子どもたちをあっと言わせてください」


 メグが史人を見上げると、史人もメグを見つめ返した。その目には静かな決意が滲み出ている。メグは小さく頷いた。


「わかりました。全力を尽くします」


「私も精一杯頑張ります!」


「そうですか、良かった。みのりさんや一条君とも相談して、良い企画にしてください」


「はいっ!」


 ふたりが返事をするのと同時にけたたましくドアが開き、みのりが部屋に駆け込んで来た。


「金さん、大変。とうとうこっちにもが出たわ」


「うわ、とうとう来ましたか」


 にわかに慌ただしくなった魔法課でメグだけがポカンと口を開けていると、いつの間にか隣に立っていた天空たかあきが小声で教えてくれた。


というのはマギアリングを持たない、つまりは魔法連盟に属さない魔法使いのことを言うんですよ」


 そう穏やかに話す天空の横顔はとんでもなく凛々しくて、メグはうっかり見とれてしまい慌てて反対の頬を強くつねった。


「マギアリングを持ってないなんて、そんな魔法使いがいるんですか?」


「統計はありませんが意外とたくさんいるようですよ。例えば史人君のように『めざめ』たけれど誰にも気づかれなかったり、または何らかの理由でマギアリングが機能しなくなったりすると協会が管理できなくなります。まあ、おとなしくしていてくれればいいんですが、中には裏社会の連中と組んで悪事を働く者もいます。魔法使いの能力によってはテロのような犯罪が引き起こされる可能性があるので大問題なんですよ」


 メグは衝撃を受けた。悪い魔法使いなんて映画やアニメの中だけの話だと思っていた。


「メグ君も一緒に聞いてください」


 課長はみんなを自分の席に呼び寄せると、引き出しから地図を取り出して状況の説明を始めた。


「年末頃から近県で未確認の魔法がたびたび報告されるようになったんですが、先程この近くでも観測されました。ここ、森林公園の山側の辺りです」


「最初の報告から随分経ってますけど、協会はまだの正体を特定できないんですか?」


 琴音ことねが強い口調で訊いた。


「現時点ではそもそも同じ魔法使いかどうかもわかっていません。不思議なことに複数の使い魔が別方向から急行してもその痕跡を辿れないようです」


「そんな呑気に構えてていんですか。もっと本格的に調査すべきではないんですかっ」


「一条君の言うことは正しい。正しいことはわかるが、協会もあれやこれやでなかなか簡単には……」


「……あの、すみません、お話の内容がよくわからないんですけど……」


 メグは勇気を出して割り込んだ。魔法課の一員として知らないで済む話ではないような気がしたからだ。


 琴音には舌打ちされたが、課長が快く解説してくれた話によると、そもそも市中での魔法は緊急時を除いて禁止されていて、世界中に張り巡らされた使い魔のネットワークが監視を行っている。その役割を担うのは日本では主に魔カラスであり、彼らは魔法を検知するとその発生源を確認し、魔法使いの持つマギアリングによって個体の識別を行い違法性がないか確認する。万一マギアリングを持たない者が魔法を使った場合は、その正体を突き止め連盟に報告しなければならない。今回はその特定に手間どっているという話だった。


「あの、それって使い魔にも適応されるんでしょうか?」


「もちろん魔法動物であっても許可なく魔法を使えば報告の対象となリますよ」


「そうですか、ありがとうございます。お手間を取らせて申し訳ありませんでした」


「いやいや、いい心掛けですよ。わかったふりはいけません。これからも疑問に思ったら何でも質問してください」


 遠山は二重顎の皺を深くしながら微笑んだ。にっこり微笑み返したメグだったが、これまであちこちで魔法を使ってきたゴン太こそがなのではないかと疑い始めていた。

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