運命の再会

「あれ、そういえばゴン太君は?」


 そう言って史人ふみひとが辺りを見回した。魔法課に戻ってからというもの慌しく過ごしていたせいですっかりて忘れていたが、またしてもゴン太の気配がない。


「部屋の前まではいたよね? どこへ行ったんだろ」


 首を傾げる史人。朝も突然消えたし、ゴン太にはこの部屋に入りたくない理由でもあるのだろうかと、メグもまた首を傾げた。


 その時ドアをノックする音が聞こえた。あのゴン太がノックするとは思えなかったが、メグは反射的に席を立ってドアを開けた。するとそこには意外な人物が立っていた。


「神宮寺、さん?」


「あれ、君は……」


 見つめ合うふたりの間に、部屋の三人が一斉に割って入る。


天空たかあき君じゃないか!いつ戻ってきたんだい?」


「たかちゃん、久しぶりねえ。相変わらずいい男だこと!」


「神宮寺さん! 僕のこと覚えてますか?」


 みのりに腕を引っ張られ、史人に背中を押されて、半ば強引にソファーに座らされた天空は、矢継ぎ早に繰り出される質問の嵐の中、初めこそ戸惑った様子だったものの、すぐに笑顔に戻ってひとつひとつに丁寧に答えていった。


 その話を総合すると、天空はニューヨークに留学していたときに課長と知り合い親しく交流していたらしい。ここ二年ほどまたニューヨークに行っていて先月帰国したようだ。


 また、みのりは天空の母親と友人関係にあり幼い頃から天空を知っていた。そして、高校生だった史人を魔法学校に導いたのが、当時まだ医学生だった天空であった。


「ほんとに世の中狭いわねえ、たかちゃんがこんなにみんなと関わりがあっただなんて!」


 みのりがそう言うと、その場にいた誰もがウンウンと頷いた。


「それで、今日は何しに来たの?」


「ああ、いや、その前に」


 そう言うと、天空はメグの方を振り向いた。


「ここでまた会えるなんて奇遇だね。その節はどうもありがとう」


「え? たかちゃん、メグちゃんのことも知ってるの?」


「ええまあ、たまたま電車で知り合ったんですよ」


 天空は立ち上がってメグの前まで来た。


「改めまして、神宮寺天空じんぐうじたかあきです。また会えましたね」


「えっと、望月メグです。今日からここに配属になりました」


 差し出された右手を恐る恐る握り返すとメグは首まで真っ赤になった。間近で見る天空はその垢抜けた見た目もさることながら、できる男のオーラを全身から放っており、近くにいるだけで圧倒された。


「望月メグさんね。インプット完了。これからもよろしく」


 天空が両手でメグの手を包んだその瞬間、メグの心臓がぎゅっと鷲掴みにされた。弾かれたように顔を上げると、優しくも涼し気な瞳が間近にあって、メグの心臓のリミッターは簡単に外れてしまったのだった。


 神宮寺天空さん……どうしよう、これってもしかして『運命の再会』ってやつかしら。あの電車での出会いからして神の采配だったりして。私たちは出会うべくして出会っていたのよ、なーんちゃって!


 バンッ!


 メグが妄想に身をくねらせていたその時、

けたたましい音と共に突然入り口のドアが大きく開かれ、真っ白い煙と一緒に強烈な冷気が流れ込んだ。


 その煙の中からひとりの女性が現れた。一条琴音いちじょうことねだ。黒髪を逆立て般若の形相で入り口近くのメグたちをはねのけると、その場で仁王立ちになった。


「かーちょーおーっ! よくもよくもあんな仕事引き受けてくれましたねーっ! 私が必死で資料作ってる間も、呑気に茶しばいてましたよねーっ」


 見る間に課長の顔色が真っ青になり、足元から白化し始めた。凍っているのだ!


「待って、一条さん! 課長が死んじゃう!」


「一条さん、落ち着いて! みのりさん、早く温めて!」


 琴音がフンッと鼻を鳴らすと、逆立った髪がすとんと落ちた。間もなくみのりに両手を預けた課長の頬に赤味が戻り、何とか息を吹き返したようだ。琴音は尚も腹の虫が収まらないのか、課長に食ってかかった。


「英語なら課長だって得意でしょーが! あんのクソ野郎、外国人はハグするのが当たり前だみたいな顔で抱きついてきやがって! だからガイジンは嫌いなんだよっ!」


「い、一条さん、まさか凍らせてないでしょうね!」


「いくら私でも外交問題になるようなことはしませんよ。代わりに課長を氷漬けにしてやろうと思ってたのに」


 その言葉に課長が再び青ざめる。


「い、一条君、すまなかった。英語だけならまだしも、会議資料となると君のようにはいかないんだよ。知事の面子を保ってくれて本当に助かった! 間違いなく特別手当が出るから楽しみに待っててねー」


 震える声の課長を琴音がギロリと睨み返した。


「特別手当ての件、早急に上げてくださいねっ」


「ははあっ」


 遠山の金さんのはずが、これでは裁きを受けた悪人である。


「琴音!」


 不意に天空が琴音を呼んだ。振り返ったその姿にメグは息を飲んだ。


 地味な紺のスーツがオートクチュールに見える九頭身のプロポーション。白い肌、輝く瞳、形のいい鼻とバラ色の唇。上品な顔立ちを縁取る黒髪は絹のように艷やかで、非の打ち所がどこにもない。もし宇宙人が彼女を最初に見たなら、次にメグを見た時に同じ生き物だとは思わないだろう。琴音はそれ程完璧な美女だった。


「天空? 何でここにいるの?」


「何でって、日本に戻ったって言ったじゃないか。いくら連絡しても返信がないから会いに来たんだ」


「大した用もないのに連絡よこすのやめてって言ってるでしょ、めんどくさい」


「大事な話があるって言ってるだろう」


「どうせまたろくでもない魔法道具の話でしょ」


「今度は凄いんだよ! きっと君も驚くと思う」


「だったらデータだけ送ってくればいいじゃない」


「君に直接試してほしいんだ!」


「時給十万で手を打つわ」


「わかった、スケジュールを確認しよう」


 頭上を飛び交う美男美女の不思議なやり取りを、メグはぽかんと口を開けたまま聞いていた。

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