“もどり”と“めざめ”

 史人ふみひとに手伝ってもらって初めての報告書を完成させたこの日の午後、メグはまたソファーでのお茶会に誘われた。そして請われるまま初出動の顛末を身振り手振りを交えて課長たちに披露した。


「見学くらいだなんて送り出して悪かったわね。でも凄いじゃない、メグちゃん。よく頑張ったわ」


「いえ、あんなにたくさんの人の前で大泣きして、今思い出しても恥ずかしいです」


「大丈夫ですよ、メグ君。過程はともかく君はちゃんと結果を出した。社会人に大切なのは過程よりも結果ですからね。そういう意味でも君はよくやったと言えます」


「課長……ありがとうございます」


「みんなちょっとメグを甘やかし過ぎにゃよ」


 ソファーの背もたれの上でくつろいでいたリリアが口を挟んだ。帰ってから史人にたっぷりブラッシングをしてもらって、その毛並みはますます艷やかだ。


「全部史人さんとリリアさんのお陰です!」


 メグは史人とリリアに向かって深々と頭を下げた。リリアがふふんと鼻を鳴らした。


「ま、仕事だし、当然のことをしたまでにゃ。あんたの魔法もまあまあだったにゃよ」


「リリアさんももちろんですけど、史人さんの魔法はほんとにほんとに凄かったです! 草原にいる間、草の匂いや風の冷たさがすごくリアルで、桜の花がブワッて咲いた時は心も体も震えました! そしたらもう体中から気力が湧き上がって、よし、やるぞーって」


 いつの間にか立ち上がり拳を突き上げて力説していたメグは、にこにこと見つめる六つの瞳に気づいて気まずそうにソファーに座り直した。


「ふみ君の優しさが魔法にも出るんでしょうね」


「そういえば」


 メグは史人の言葉を思い出してみのりの指輪を見た。史人の言う通りその石はルビーのように赤く輝いている。


「みのりさんの指輪の石、ほんとに真っ赤なんですね。赤は攻撃系の魔法の色ですよね」


「まあそうとも言えるわね。私が得意なのは破壊と燃焼だし。例えばこれくらいのソファーなら、クシャッと潰してボッと燃やせるわ」


 みのりは穏やかな微笑みをたたえたまま、さらりと恐ろしいことを言ってのけた。


「な、なんかみのりさんの見かけと違い過ぎてちょっと戸惑っちゃいます」


「メグ君、君は勘違いをしているようですね」


「え?」


「みのりさんの石の赤色は攻撃を意味するものではないんですよ」


「どういうことですか?」


 課長はひとつ咳払いをすると、前のめりになって話し始めた。


「いいですか、そもそも指輪の石が表しているのはその魔法使いが扱えるエネルギーです。例えばふみ君の場合、自然界のエネルギー、特に植物のエネルギーを扱うのが得意だということがわかります」


「なるほど」


「みのりさんの場合は、主に熱エネルギーが得意ということです。マグマを想像してもらえるとわかりやすいですかね。圧倒的なパワーと同時に豊かさやおおらかさを感じないですか?」


「確かに。そう言われるとみのりさんの感じと全く矛盾しません。課長のお話、すごくわかりやすいです!」


「そりゃそうよ。金さんはもともと大学の先生ですもの」


「え? そうなんですか?」


「そうよ。五年前まで国際魔法大学ニューヨーク校の講師だったの」


 メグは目を丸くした。国際魔法大学といえば魔法界の頂点に君臨する施設のひとつだ。ニューヨーク校はその中でも最先端の研究が行われており、魔法界の叡智が集結することで知られている。そこに魔法使いではない課長がいたことがどれ程すごいことなのか、世間知らずなメグでも容易に想像できた。


「ええっ! そんなすごい先生がどうしてこんな田舎の県庁なんかに」


「はは、メグ君、自分の職場をそんなふうに言うもんじゃないですよ。まあ、色々あってこうなったということで」


 いろいろ……メグは、それがあまり触れてはいけない話題だと気づき、慌てて話をそらした。


「そ、そういえば、一条さんの姿が見えませんけど、どうしたんですか?」


「ああ、一条さんなら知事と一緒よ。午前中に黙々とやってたのは会議の資料作りなの。直前になって知事が頼んだもんだから大変だったのよ。もちろん彼女はやってのけたけどね。今はアドバイザーとして会議に出てるわ」


 それであんなに殺気立っていたのかと納得しかけたところで、メグはふとみのりの言い方に違和感を覚えた。課長ですら「金さん」と呼ぶみのりが、なぜ琴音にだけは苗字のさん付けなのか……


「あら、どうかした?」


 メグの一瞬の戸惑いを見逃さずにみのりが言った。


「いえ、あの、一条さんとはまだ全然お話してなくて、いったいどんな人なんだろうなあって……そう、石、石の色は何ですか?」


 とってつけたような言い逃れにも、みのりは嫌な顔ひとつしない。


「彼女の石は透明度が高い青色よ。わかりやすく言うとブルーサファイアかしらね。しかも星入り!」


「青系だと水のエネルギーが得意ってことですか? でも星入りって聞いたことないんですけど、教科書に載ってました?」


「教科書か、そうですね、載っていても『星入りの石も存在する』程度の表記でしょうね」


 みのりの代わりに課長が答えた。


「メグ君の言うとおり青は水のエネルギーを象徴します。例えば、彼女ならほんの数分でこの部屋をプールに変えることもできるでしょう」


「ええっ!」


「それとみのりさん風に言うなら『これくらいのソファーなら一瞬で凍らせて粉々にできるわ』だね」


 そう言って史人が笑った。


「みなさん、サラッとおっしゃってますけど、すごい魔法ですよね?」


「それが『星入り』です。一般的には、魔法使いの千人にひとりくらいの割合と言われていますね」


「だから戻ってきたんですものね」


「え?……それってもしかして……」


「そうよ、彼女は俗に言うなの。随分前の話だから知らないかしら、あの人新体操のオリンピック代表だったのよ。二十二歳で引退して、それから飛び級を重ねて僅か三年で大学まで終了したの」


「七年分を三年で? そんなことできるんですか?」


「一条さんなら造作もないわ」


 メグはゴン太の話を思い出していた。琴音は戻るべくして戻った存在と言える。


「驚きついでにもうひとつ言うと、ふみ君はなのよ」


「めざめ?」


「おや、メグ君はを知らないようですね。ふみ君、面倒でなければ説明してあげたらどうですか?」


 史人は少しも嫌な顔をせずに口を開いた。


「僕は高校生の時に雷に打たれてたんだ。突然植物の声が聞こえるようになってノイローゼになりかけた時、それが魔力だと教えてくれる人がいて魔法学校に入ったんだよ」


「ふみ君も優秀だったから二年で卒業したのよね?」


「いやあ、一条さんに比べたら大したことないですよ。そういうみのりさんだって、若い頃は国際的に活躍されてたそうじゃないですか」


「ふみ君、今って言ったわね」


「いやー、今も十分お若いですぅ」


 湧き上がる笑いに調子を合わせつつも、メグは自分の指輪をそっと隠した。


 あたし、とんでもないとこに来ちゃったかも……

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