プロローグ─③

 四件目の事情聴取後、杉下と塚田は警察署内の休憩室でコーヒーを飲んでいた。

 話題は当然、アザミと名乗る男による連続高校生襲撃事件のことである。


「杉下、これまで四件の事情聴取したお前の所感は?」

「被害者に不審な点は無いかと。現時点では本当に襲われた心当たりがなさそうでしたし、何かを隠そうとしている風にも見えませんでした。犯人の動機が怨恨なら被害者たちが意図しないところで恨みを買うようなことがあった可能性もありますが、彼ら四人の共通点がいまいち……」

「同じ中学の卒業生、くらいか」

「はい。彼らの交友関係をもっと調べてみないことには何とも言えませんが、アザミに狙われるに至る共通の理由が今のところ見当たらないんですよね……。彼らは全員別の高校に進学していますし、中学時代同じグループで過ごすような仲ではなかったそうです」

「アザミ、か」


 そう言って塚田は自身の口元に右手を持って行き黙り込む。

 オーギュスト・ロダンが制作した有名なブロンズ像“考える人”の影響か、まさに塚田のポーズは考え込んでいるように見える。


 しかし、塚田がこのポーズをするときは考えているというよりも、待っていると言った方がよいのかもしれない。

 年齢の割には周りの機微に敏感な杉下は、塚田の下に配属されて一か月程でそのことに気が付いた。

 お前の考えを聞かせてみろ、という塚田の無言の要求を受け取った杉下は四人の被害者の話から描くアザミという人物像を語り出す。


「犯人はアザミと名乗ってますが十中八九偽名でしょう。被害者の関係者、緑山中学の関係者の中にアザミという名の人物はいませんでした。『警察に行くならアザミにやられたって言いな』とか『アザミっていうんだけど知ってる?』とか、アザミは明らかに自分の名前を認識させ、広めようとしていますよね? 承認欲求が強い愉快犯の様にも見えますが、それならターゲットを緑山中の卒業生に絞るようなことはしないでしょう」


 塚田は考え込むようなポーズを崩さず、黙って杉下の言葉を聞いていた。

 強面の容姿のせいか、こうすると若い警官の多くは不安そうな表情を浮かべ、言葉尻が弱くなっていく。

 しかし杉下という男は赴任してきたときから一度も動じることはなかった。

 久しく見ない肝の据わった若者を、塚田は内心気に入っていた。


「亘君には感謝を述べ手加減している一方で、女の子である木部さんにも男子生徒と同じ殴打という選択をしていることから、アザミは自分の中で彼らを裁き、罪の大きさに応じて罰を与えているという印象を受けました。やはり中学時代まで遡って被害者たちの交友関係を洗い直し、アザミが彼らに恨みを抱くきっかけになった出来事を見つける必要があるかと。並行して緑山中地区のパトロールの強化と聞き込みですかね」

「……お前いつも全力だが、今回はやけに気合いが入ってるな」

「俺の妹も彼らと同じ年なんで他人事に思えなくて! アザミはこれまで週一のペースで犯行に及んできました。となれば、すぐに五人目の被害者が出てしまう! 早くアザミにつながる手がかりを見つけて逮捕しましょう!」

「よし、じゃあこの件のメインはお前に任せる。進展があれば些細なことでもすぐに報告するように」


 そう言って塚田は休憩室を出て、警察署内の自席へ戻る。

 後ろから杉下の「承知しました!」というバカでかい声が響いていた。


 杉下が一つの事件のメインを任されるのはこれが初めてだった。

 やる気に満ちた青年は当然燃えた。

 杉下は他の業務の合間を見て聞き込みに行こう、空いた時間はできるだけアザミ事件の情報収集に割こう、と意気込んでいた。

 しかし、木部あかねの一件以降、緑山中学の卒業生が襲われることはなかった。

 そして、アザミも息を潜めるかのように現れなくなった。

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